《鍼忍の里》
やっと辿り着いた鍼忍里には勇雅が話していた通りの立派な銅像があり、そこには「鍼聖和一賢晰翁命之霊」と神代文字で書かれていた。
勇雅はどうしているのだろう。
修忍里が襲われた時から行方不明になっているらしい。
もしかしたらここに来てるかもと思ったがやはりここにも居なかった。
櫂は勇雅のくしゃっと顔を崩す満面の笑みを思い出し寂しくなった。
鍼忍の里は勇雅が言っていた通りの場所で沢山の鍼忍見習いが鍼術の修行をしている。
鍼術は元々唐から伝わってきたが、日ノ本で改良され今の管を使う鍼術になったらしい
管を使うことでツボを正確に捉えられるのと、鍼を刺す時の痛みが軽減する。
櫂が最初に鍼治療を受けたのは忘れもしない八歳の大怪我の時だったが。初めて見たのは五歳の時に溺れた後だった。
櫂はピンピンしていたが心配した霧に、当時は夙川村に来ていた鍼忍様の治療を受けに連れて行かれた。
そこには先に鍼治療を受けている戦忍がいた。
うつぶせで顔はこちらを向いて終始にこやか微笑んでいるが、その筋骨隆々とした背中には無数の鍼が刺さっていた。
その姿に冬至の前に行われる鍼供養の日にゆでた芋に無数に刺されている鍼を思い出した。
僕もあんなに沢山刺されたらどうしようと、その時は恐怖で下腹部が縮み上がったものだが、実際に八歳の時に刺されてみると、確かに痛みはほとんどなく、場所によっては寧ろ心地いい位だった。
しかも戦忍と違い僕には鍼を一本か二本刺すだけで、あとは変わった鍼で体中をコチョコチョされた。
あのコチョコチョは小児鍼というものらしい。
先を急いではいたが、姫が疲労で限界なのと、連日の戦闘で蓮と奏の体も悲鳴を上げているようだったのでしばらく鍼忍里で養生させてもらった。
その間に櫂達は叙里の強烈な勧めで鍼忍長老から五行論等の座学を受けた。
鍼忍里にもここ数日は連日緊急報告が入り、十日ほど前の桜忍者甲種戦忍の全滅から数日前の修忍里の襲撃まで深刻な報告が続いていた。
その中でまだ幼い子供達が修忍里最後の戦忍者として懸命に闘い続けているという噂を耳にした。
その噂に鍼忍長老はもし自分に出来る事があれば何でもしてあげたいと思っていた。
特殊な治療技術のみ追求してきた鍼忍達には戦闘は難しい、また全盲の自分も含めてここには視覚に障害のある者が多数おり非難するだけでも容易ではない。
その子達が今、目の前で自分に教えを請うている。
この状況下でもう規則はどうでもいい、自分に出来る事でこの子達が求めるもの全てを叶えてあげようと心底思った。
ここでは五行論を深めた陰陽五行論を中心に鍼忍達に教えている。
まずは求めに応じてその陰陽五行論の講義からはじめた。
太極が陰陽に分離し、陰の中で特に冷たい部分が北に移動して水行を生じ、次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた。
さらに残った陽気は東に移動し風となって散って木行を生じ、残った陰気が西に移動して金行を生じた。
そして四方の各行から余った気が中央に集まって土行が生じた。
櫂には何の事だかさっぱり分からなかったが、叙里だけは嬉しそうに目を輝かせながら座学を受けている。
三日が経ち姫の体力が回復し蓮と奏の応急処置も終わり、海丹村へ出発する日の朝、鍼忍里の全員が櫂達の見送りに来てくれた。
「儂等に出来る事はただ君達の求めに応じ知識を伝え傷を癒す事だけだった。」
「悔しいが儂等に戦は出来ん。却って足手まといにになるだけだ。」
「ここ鍼忍里で君達の武運を祈り続けているよ。」
「戦が終ったらまた訪ねて来るんだよ。」
鍼忍長老はそう言って一人一人の手をガッシリと握っていった。
それは大きくて思いやりに満ちたとても暖かい手だった。
櫂は鍼忍長老の優しい言葉と暖かい手に涙が出そうになった。
「よ~し、海丹村に出発だ~!。」
団丸の泣きながら上げた気勢に
「オオ~」と全員が続いた。
傷が癒え英氣を養った七人は遂に目的の海丹村目指して出発した。




