《寂れた寺》
愛宕山を出てからは海丹村に向かうため進路を西に向けた。
警戒しながら姫の歩調に合わせているので桜忍者にとっては食後の散歩よりも遅い歩みだ。
姫を警護しながらこの速度で追手を掻い潜ってきたとは、櫂は蓮の凄さを改めて実感していた。
こう遅いと逆に集中力が散漫になる、その中で緊張感を切らさずに逃走を続けるのは本当に大変だっただろう。
そして姫の体力を考えると適度に小休止を入れなければならない。
街道を進めるなら籠も使えるが山岳森林では両手が使えないと危険なのでそれも出来ない。
難関の桂川を超えてしばらく進むと姫の体力も限界に近づいてきた。
前方に寂れたお寺が見えたのでそこで小休止を取ることにした。
境内には小さな滝があり、みんな予備の竹筒にも水を詰めている。
蓮の予測通り夕顔が居なくなってからは一度も追手に遭遇していない。
よく考えれば椛忍者が桜忍者と同等の規模だとしたら駆り出せる忍者は多くても百五十忍から二百忍が最大だろう。
その人数であの嵐山から愛宕山にかけての広大な山岳森林地帯で的確に居場所を見つけ出すのは例え忍者でも至難の業だ。
竹筒の新鮮な水を飲みフーッと一息つくと叙里が話し出した。
「あれから追手は来ませんね。」
蓮は当然だろと言うようにフンと息を吐き出すと、岩に寄りかかり忍刀を研ぎ始めた。
「姫様こちらへ。」
奏は少し奥に在った腰かけるには丁度いい高さの小さな岩に姫を誘導する。
姫をその小岩に座ると肩で大きく息をしている。
「姫様、お水をどうぞ。」
桃は姫に竹筒を差し出すが、息が整うまでは飲めないようだ。
団丸は予備の竹筒を何本持っているのだろう、まだ竹筒に水を入れている。
櫂は叙里の横に腰かけ、
「ねぇ叙里、海丹村って播磨だっけ。」
「そうです。」
「丹波を回ってもそんなに遠くならないよね。」
「どこに行きたいのですか。」
こういう時の叙里は鋭い。
「ん、え~っと、鍼忍の里に、、、」
と叙里は櫂を睨み
「場所は知ってるのですか。」
「うん、だいたいの所は勇雅に聞いた。」
「だいたいって丹波のどこですか。」
「えっとね虚空蔵山の麓だって。」
「虚空蔵山がどこにあるのか知ってますか。」
「えっと、丹波の~。。。」
叙里は話にならないと言う顔で横を向く。
「知ってるよ。」
団丸が水を汲み終わったらしく、ジャラジャラと竹筒をぶら下げながら歩いてくる。
「オイラの村の隣だよ。小さいころ父ちゃんの鍼治療に付いて行った事があるよ。」
櫂は驚いた顔で団丸を見つめる。
「そんなの初めて聞いたよ。」
「だって聞かれてないもん。」
腰の竹筒を一つ外すとガブガブと水を飲み始める。
「それはどの辺りですか。」
と叙里は地面に地図を描く。
「え~とね、この辺かな。」
団丸は鍼忍里の場所に丸を書く。
叙里は今の位置から海丹村まで直線を引く。
「ん~そんなに外れてはいないですね。」
「じゃあ行こうよ。」
「しかし、これは完全に山道ですよ。」
と三人は姫の様子を窺う。
「櫂は何で鍼忍の里に行きたいのですか。」
叙里のその言葉に櫂は勇雅が行方不明でもしかしたら鍼忍の里に居るかもしれない事、鍼忍の長老は凄い知識を持っていて何か良い知恵が貰えるかもしれない事、そして姫の体力は限界でそれにも増して蓮はああしているけど、本当は誰より体が悲鳴を上げているだろうことを叙里に伝えた。
「おそらく勇雅はいないでしょうが、長老の知識と蓮の体の方は重要ですね。」
「櫂っていいやつだよな。」
何故か隣で団丸が涙目だ。
「あ~!」
桃の大声に何事かと全員が身構えた。桃はみんなの視線を感じると照れくさそうに
「本堂に背負子がある。」
「何だ桃ビックリしたよ~、何か背負いたいの。」
団丸の涙は引っ込んだようだ。
「あ~っ。」
今度は叙里、蓮、櫂が同時に声を上げた。
三人は目を合わせ何やら真面目な顔で話しはじめた。
「強度はどうかな。」
「木材はもう古そうですね。」
「でも芯はいけそうだよ。」
「補強材ですか~。」
と空を見上げた叙里は何やら閃いたようだ。
懐から変わった棒手裏剣を取出しくの字にカチンと曲げた。
「こんな使い方もあったのですね~。」
自分に感心しているようで手際よく背負子を改良していく。
しばらくして、
「はい、姫様、座ってみて下さい。」
と団丸の背に掛けた。
「えっオイラ~っ。」
と言いながらも背負う団丸。
「そんな事できません。自分で歩きます。」
と言って立ち上がる姫の足は疲労でブルブルと痙攣していた。
それからは団丸、櫂、団丸、蓮の順に交代で背負い、山道での移動速度は格段に向上した。




