《逃走 蓮その二》
ジャキーン・グサッ・ジャキーン・ジャバッ
愛宕山の深い森には鉄がぶつかる音と時々肉が裂ける鈍い音だけが響いている。
手練れの忍者同士の戦いでは、いつもこの音だけだのはずが、時折不思議な風切音も聞こえてくる。
ヒュルヒューンザクグサッ。ヒュルヒューングサザクッ。
蓮は両手に阿修羅刀を持ち回転しながら、まるで練習用の藁束を切るよう椛忍者達を次々に倒していく。
奥の岩陰には深手を負った戦忍と姫達が身を隠していた。
「追っ手は倒しました。しばらくは大丈夫でしょう。」
蓮はそう言って教忍頭幸軌の前にへたり込んだ。
ドサッ、その隣には今の戦で足に重傷を負った濱納もへたり込んだ。
「傷を見せろ。」
と左手に深い刀傷を負って布きれと紐で固定している寛兎は濱納の傷を確認をすると、右手と口を使い手際よく処置していく。
蓮は戦忍頭実那から託された阿修羅刀を何とか使えるようになっていたが、一度使うとその疲労感が半端ではない。
体力にも精神力にも自信がある方だったが、これを使いこなすには今の倍以上の忍力が必要だろう。
「蓮、上達したな。」
幸軌が蓮に語りかけた。
「まだまだ、です、続けては、使えない。」
肩で息をしながら答える。
「阿修羅刀をまともに使える戦忍が何人いると思う。」
「わ、わかりません。」
「そうか、」
幸軌は息を深く吸い込むと夕空を見上げて、
「蓮、俺達はここに残る。」
唖然とする蓮に
「俺の足を見ろ、寛兎、濱納に慶亮と秖尼はどうだ。」
残っている戦忍は七人、蓮と奏以外は皆満身創痍だった。
「お前と奏で姫を逃がせ。」
蓮は向こうで姫に寄り添う奏を見た。
「これ以上は逆に俺たちが足手まといになる。」
決心できない蓮の阿修羅刀を取り上げ、目の前に差し出すと
「これは実那がお前に託したんだ。」
と足を引きづりながら立ち上がり。
阿修羅刀で蓮の頭を押さえながら、みんなに聞こえる声で
「蓮、お前を桜忍者の臨時戦忍頭に任ずる。」
オオ~っと小さい歓声が上がる。
寛兎、濱納、慶亮、秖尼は横たわりながらも笑顔でその光景を見ている。
と教忍頭幸軌は命令口調になり、
「姫を修忍里まで送り届けろ。」
と阿修羅刀を蓮に握らせた。
蓮はもう何も言えなかった。
「もし仮面の忍者たちが襲ってきたらなるべく戦わずに逃げろ。」
「彼らは何者かに操られている上に、忍術が全く聞かない。」
それから奏と姫には聞こえないようにボソソボと蓮に耳打ちした。
櫂は一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに決意したようにキッと顔を引き締め、だまって頷き残った戦忍を見回した。
満身創痍の甲種戦忍達は皆重傷だったが、目には殿戦の覚悟を決めた潔さと鋭さが満ちていた。




