《襲われた修忍の里》
百合は霜のおりた街道を夙川村に向かっている。
何でこんな事になったんだろう。
昨日、夕食の準備をしに裏山へキノコを採りに行ったら。
カンカンカンカン・カンカンカンカン・・・
緊急事態を知らせる鐘が修忍の里中に響き渡った。
里へ通じる一本道の先にある見張り一の塔から襲撃の合図である赤い狼煙が上がっているのが見えた。
急いで山を下りている途中で、見張り二の塔から赤に続いて青い狼煙も上がっているのが見える。
百合は初めて見る赤と青の狼煙に驚きと緊張で体が硬直した。
十歳の秋に最初に習うのが里のしきたりや緊急時の対処方法だった。
赤に続く青い狼煙は緊急事態の合図で急いで集会所に集まれという意味だ。
とにかく急いで集会所に行かなくちゃと忍者駆けを始めてしばらくすると、黄色い煙が続いた。
赤の後に青で黄色は何だったろう、集会所じゃなくて龍神の祠だったっけ、極度の緊張で合図の意味を思い出せない、百合の鼓膜に凄まじい大音量の鐘の音が響いた。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
こんなに大きな鐘の音も初めて聞いたが、それより止む事のない音に事態の緊迫感が感じ取られた。
逃げ惑う里人達の中で百合は呆然と立ち尽くしていた。
「百合、集会所だ。」
誰かの声に我に返り集会所に走り出すと、
「ピ~~ピョロ~ピ~~ピョロロ~。」
何処からともなく笛の音が聞こえてきた、次の瞬間
「フギャ~・ウギャ~」
奇声発しながら里の周りアチコチから黒ずくめの集団が襲ってくる。
「こっちだ」
その声に導かれ女子浴場裏の林に隠れようとすると、
フギャ~!奇声を発し仮面の忍者が襲ってくる。
「いや~」
しゃがみこんだ百合の頭上ではポワッと小さい炎が上がり、仮面忍者はそのまま崩れ落ちた。
「何ボーっとしとるんじゃ。」
そこには伝説の忍者嘉仁と硬悸がいた。
「ところでこいつ、ここで何してたと思う。」
と硬悸を小突きながら百合に聞いてきた。
恥ずかしそうにモジモジする硬悸
「儂が覗きに来たら先客がいたのじゃよ。ホホホホホ~」
ブギャ~仮面忍者が硬悸に襲い掛かってきた。
ボワッとまた小さい炎が上がり仮面忍者はその場に倒れた。
「感覚修行で壁を越えて女子浴場を透視しようとしてたんじゃ。」
この状況でこの人は楽しげに何を話しているのだろう、
「前回はくの一を覗いて見つかったので、今回は常忍を覗きに来たらしいが、きっと目当てはあの留萌じゃろ~。」
と硬悸の頭を撫でながら。
「お前の好みは儂と一緒じゃな~、あいつの儚い色気はたまらんよのう。ははは~。」
ボギョ~と突然、嘉仁の背後から仮面忍者が飛び掛かってきた。
すると嘉仁は何かを後ろ手で投げつけ瞬時に火遁を繰り出した。
額がポワッと燃えて仮面忍者は気を失ったように倒れこむ。
「こいつは見所があるが透視術はまだまだじゃな。ホホホ~」
と硬悸の背中をポンと叩く。
「ところで、お前も忍刀は持ってないのか。」
頷く百合に、ポリポリと頭をカキながら、仕方ないといった表情で懐から竹筒を取り出した。
その竹筒には灸に使う艾が入っていた。
「まぁ足止めにしかならんが、仕方ないのう。では行くか。」
と女子浴場裏の林を出て表通りを堂々と歩いていく嘉仁。
百合と硬悸は身を屈めながら後からピッタリ着いていく。
ウキャ~ドキャ~!
と飛び掛かってくる仮面忍者にその艾を捻って飛ばすと瞬時に火遁で火をつける。
ポッポッと額に付いた艾が燃えると、
ドサッドサッと仮面隠者が倒れていく。
「まさかこんな使い方するとは、灸神様に叱られるのう。」
ポッポッ、ドサッドサッ
「走らないんですか。」
「ん~走ると疲れるしのう。」
ポッポッ、ドサッドサッ
「御嬢さん出身はどこの村じゃ。」
「えっ言ってもいいんですか。」
ポッポッポッ、ドサッドサッドサッ
「何を気にしとるわしは敵じゃないから心配いらん」
「え~っと夙川村だけど・・・」
ポッポッポッ、ドサッドサッドサッ
「あちゃっ水じゃったか。こいつは金だし使えんな」
と硬悸の頭を叩きながら肩を落とす嘉仁を見て
「なんで水と金じゃダメなの。」
「これから疲れそうだから代わりに火を付けてもらおうと思ってのう。」
逃げ遅れた里人達がいつの間にかすがる様に嘉仁の周りに集まっていた。
「こんなに沢山来たら狙われちゃうのう。ホホホホホ~」
その状況にも嘉仁は呑気に笑いながら艾を捻っている。
ポッポッポッ、ドサッドサッドサッ
「誰か火遁を使える者は居らんかのう。」
初めて里が襲われている異様な光景の中で嘉仁の周りだけはいつもと変わらない穏やかな空気が流れている。
その嘉仁と里人達の周りには続々と仮面忍者が集まってきた。
「仕方ないのう。お嬢ちゃんこれ持ってて」
と竹筒を百合に渡してパーンと両手で頬を張りポキポキ指を鳴らすと、体から湯気の様な物が湧き上がり明らかに顔つきが変わった。
その直後「フギャ~、ウギャ~」とうとう数十人の仮面忍者が一斉に襲い掛かってきた。
嘉仁は百合から竹筒を取り上げると、
パパパパパパパパパパパパーッ
米粒大の艾を素早く額にある印堂というツボ目がけて投げつける
ポポポポポポポポポポポポーッ
正確にツボを捉えた艾は一斉にポワッと燃えた。
パタリと倒れて動きの止まった仮面忍者達を横目に百合と里人達はゆうゆうと集会所前の広場にたどり着いた。
そこでは先に着いていた里人達が藁と木を集めて、長老を囲む輪になるよう九か所に置いていた。準備が終わると長老頭が火遁の術で一斉に火を付ける。
徐々に勢いを増して燃えていく藁束の炎がある程度の大きさになると、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・周・え~いっ!」
長老九人が升状にならび、印を結びながら四方に向けて結界を張っていく。
逃げ遅れた村人達も続々と結界の中に避難してきた。
結界の中は里とは別世界のようで、全てがボンヤリした感覚に覆われている。
周りに見える里の景色が何だかいつも違うと感じで、結界の外に群がっている仮面忍者の動きはムクドリの羽ばたきのようにとても早く見える。
どうやら結界の中と外では流れている時間の速さが違うようだ。
長老たちは必死に結界を維持しているが、周りは仮面忍者だらけでこのままどうすればいいのだろう。
百合が少し不安になった時、里の四方から瞬く間に渦巻く炎が上がった。
まるでゴゴ~っと音が聞こえてくるような凄まじい火炎の渦だ。
東の青龍神社、南の朱雀神社、西の白虎神社、北の玄武神社から上がっているようだが、よく見ると西の方角だけ渦巻いていない普通に火の手が上がっている。
「白虎が無い」
動揺する超長老に
「もしや石像が破壊されたのか。」
長老浪尾が答える。
「よし、儂が行こう」
嘉仁が飛び出そうとするが、
「待て、外は危険じゃ。それにお前の足では。。。」
超長老が止める。
嘉仁はニヤリと笑うと制止を聞かずに飛び出していった。
「やめろ嘉仁~」
嘉仁が飛び出した瞬間に一瞬結界が空くと数人がなだれ込んできた。
グサグサッ
長老浪尾は串刺しになりながらも最後の力を振り絞るように印を結び声を張り上げると再び結界が閉じていく。
すると中に入ってきた仮面忍者は急に思考が停止したように、パタッと動かなくなった。
直ぐに白虎神社からも火炎の渦が上がり、長老たちの呪文も一段と激しさを増した。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・周」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・周」
バゴ~ン!
と大きな音がして、中央にある古井戸の蓋が天高く飛び上がり、ピカッと光って粉々に砕け散った。
するとキラキラした粉のようになって降り注ぎ結界を覆い尽くした。
「百合、急いで中の巻物を集めるのじゃ」
超長老の命令に訳が分からず中にある十巻ほどの巻物を取り出すと、長老たちの呪文が激しく荒々しいものから静かで力強い口調に変わった。
するととても不思議な光景が現れた。井戸から溢れ出た炎は冷たい霧のように、井戸の淵を下に下にと伸びて地面を這うように広がってくる。
その炎が足元に来たが熱くないむしろ冷たいくらいだ。結界中の地面にその冷たい炎が広がってくると、徐々に濃い霧が足元から発生した。
その濃い霧はそのまま竜巻のようにグルグルと渦巻き里人達を包み込む。
「キャ~~~ン」
甲高い音と共に古井戸から、牛の尾と馬の蹄を持った黄色い龍のような物体(麒麟)が飛び出した。
濃い霧に包まれ麒麟と一緒に修忍里の人々が空高く舞い上がっていく。
次の瞬間、結界が崩れ中の炎が一斉に里中に広がり全ての物を燃やし尽くした。




