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にん~行雲流水~  作者: 石原に太郎Ver.15y-o
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《逃走 櫂》

京の外れにあるポツンと佇む一軒家の裏手で櫂は夜空を見上げていた。

そこは夢の中で空を飛んでいる時に何故か気になった屋敷に違いない。


追っ手の気配はしないが、念のために周囲を見て回ってから軒下に潜り込み寝転がった。

今日一日の出来事が頭の中を駆け巡っている。六波羅館への突入から群暮の裏切り、空を飛んでいる自分、喉には忍刀が突き刺さった感覚が残っているが、首の左側の皮が一枚切れているだけだ。首回りを触っていると指先がチクッとした。

何だろうと思い左手で摘まんでみると、変わった引っ付き虫だった。

京の引っ付き虫は修忍里のとはずいぶん違うんだな~と百合の襟元にある引っ付き虫を取ってあげたことを思い出した。


百合は今どうしてるかな~

修忍里は大丈夫かな~

僕はどうすれば。。。


目の前の床裏にはヤモリが張り付いてジッこちらを見ている。

自分も床下でジッと身を隠している。


かすかに風が通る音や虫の動く気配が感じられる。

眼を閉じて大きく深呼吸をした。


古びた木材の湿った匂いが体に充満した。


湿った息をふ~っと吐き出すと、体はずし~んと地面に沈み込んだように重くなった。


相当肉体を酷使したようで、気が緩むと一気に体中の力が抜けて鉛のように重くなった。


脳だけはまだ微かに動いている。


今日は本当にいっぱい遁術を使った。


木遁、火遁、土遁、金遁、水遁。


蓮は生きているのかな。

夙川村の皆は元気かな。

霧は何をしているのかな。


急に孤独感に襲われ、はっと目を開けた。

さっき床下に潜り込んだ右側は月明りでほんのり明るい。

左側を見ると徐々に暗くなっていき、三間程先からは漆黒の空間が広がっている。

奥に行けば行くほどに黒くなるその空間に妙に引き込まれ、体をよじり匍匐(ほふく)で奥へ進んでいった。

進めど進めど反対側に辿り着かない。

軒下に潜り込む前に周囲を見回った時にはこんなに大きい家には思えなかったのに、ふと後ろを振り返ると真っ暗で月の籠れ明かりも全く見えない。


そういえば、さっきまで聞こえていた風の音や虫の気配も全く感じない。

僕はどこにいるんだろう、徐々に不安になり心臓の鼓動が大きくなっていく。


ドクンドクン

漆黒の闇の中で


ドクンドクン

心臓の音だけが鼓膜に張り付く


ドクンドクン

出口はどこだろう


ドクンドクン

これはきっと夢だ


ピシィッ!

デコピンした


・・・まだ真っ暗だ


ドクン・ドクン・・・

ドクン・ドクン・・・ドクン・ドクッン

強まる鼓動を鎮めるように櫂は印を結んだ


オン・アビラウンケン・バザラダトバン

オン・アビラウンケン・バザラダトバン

オン・アビラウンケン・・・・


目の前がフワァ~っと明るくなってきた。

徐々に周りの景色が変わってきた。

どうやら櫂は屋内にいるようだ。

フカフカの敷物の上に寝ている、天井は思ったより低い。


「気が付きましたか。」

振り向くと透き通るような綺麗な氣を発する女性が座ってこちらを見ていた。


「桜忍者さんですね。」

涼やかな笑顔で聞いてくる。


「六波羅では大変でしたね。」

櫂は脇の忍刀に手を伸ばした。

品の良い女性は目を閉じて首を横に振り、櫂の殺気をいなすと


「こちらへ」涼やかな声で、櫂を隣の部屋へ誘導しているようた。

何故か女性の促すまま後について行った。

そこは沢山の古い書物の匂いで充満している。

手に取ってみると漢字だらけで目まいがしてきた。

せめて仮名字を使ってくれれば読めるのに・・・


はっ僕は何を考えているんだろう・・・

何で漢字って分かったんだろう・・・

文字は八歳の秋から全く読めなくなった。

しかも神代字しか見たことがないのに。

そういえば、さっきも女の顔が見えたような錯覚がした。


グ~とおなかが鳴った。


「お食事を用意しましょう。」

不思議な女性は部屋を出ていった。


開け放たれている障子戸の外には綺麗な庭が広がっている。

庭の木々は優しい風に楽しげに揺れ、手入れされた草木は朝露で輝いている。

美しい庭だが、何とも不思議な感じがする。

まるで草木が生きているように会話しているように揺れている。


その光景に見入られじっと見ていると、何だか眠くなりうとうとしだした。

気持ちよく風に乗ってプカプカ空に浮かんでいるようだ。


これは夢でも見てるのかな・・・

しばらく雲や空気と戯れながら空を漂っていると。


ギャ~、カチーン、ジャキ~ン。

物々しい音が聞こえてきた。


ここはどこだろう。。

さっきまでのプカプカと違い、鳥のように飛んでいる。


ヒュ~ン、グルグル、ヒュ~ン、グルグルと旋回しながら赤茶色の地面を見ている。

少し近寄ってみると何やら忍者同士の戦闘のようだ。

初めて見る少数の紫忍者が多数の薄茶や紺色の忍者を圧倒している。


「津島忍者だ!」

櫂は見た事もないのに何故かそう思った。

中くらいの川の河原を逃げ惑う薄茶や紺色の忍者達。

戦意を失っている者たちも見境なく殺しまくる。

逃げる者の両足を一振りで真横に切り裂く。

命乞いする者の両目を尖った指で突く。

しかも津島忍者は笑いながら殺していく。

容赦ない殺戮に櫂は恐怖を覚え目を背けようとしが、


その津島忍者の一人と目が合ってしまった。


その忍者はニヤリとするとグングンこっちに近づいてくる。


忍者にしては珍しくキラキラと首から沢山の宝飾品をぶら下げている。

逃げようにもどうすることも出来ずに怖くて目を閉じた。

懐かしい子守唄が聞こえてきた。


「カイ・・・


「カイ・・イ・・ロ・・・」


優しい父の声が聞こえる。


その優しい声に安心して目を開けると。

目の前にはさっきの恐ろしい津島忍者の顔がある。

その顔は半分焼けただれているが、溶けながら口を開き、


「櫂、生きろ。」


はっとした次の瞬間、急に体が重くなり空から落ちていく。


ウワァ~ぶつかる~っと目を閉じた。


気持ちいい風が頬を撫でる。

ゆっくり目を開けると、綺麗な庭の真ん中に座っていた。


真っ青な空には風に舞った木の葉がユラユラと舞い上がっている。

ただ木の葉が舞っているだけなのに何でこんなに美しいんだろう。


「さぁ召し上がれ。」

目の前には食事が用意されていた。


グ~とおなかが鳴った。


「さぁ遠慮せずに、どうぞ。」

優しく微笑みながら食事を勧めてくれる。


「いただきます。」

櫂は相当にお腹が空いていたようで黙々と食べていると。


「櫂君、まだ印は未熟なようですね。」

「うん、もっと鍛えなきゃ。」

あれっ櫂君っていつ僕の名前を教えたのかな。


「あまり深く考えなくてもいいのですよ。」

「えっ。」

僕の考えていることが分かるのかな。


「ほら、また考えてる。」

とクスクス笑っている。


「あの~悠子さん、」

あれっ何で悠子さんの名前を知っているんだろう。


「そういう事よ。世の中には必然と偶然しかないの。」

あの戦闘からたった一日、これほど近くにまるで別世界がある。

朝日に輝く美しい庭に揺れる木々、青空に舞い上がる木の葉。


「さっき風に舞う木の葉に見入っていましたね。」

「うん、でも何て言えばいいんだろう、言葉だと表現が難しいね。」

櫂は美しいと綺麗と懐かしいと清々しいと生命を感じる、色んな物が混じった感情を表現しようとしたが、その言葉を何て言うのか知らなかった。


「それでいいのよ、言葉は心の後よ。」

よく分からないけど悠子さんが言うなら、きっとそうなのかもしれない。


「では、櫂君に質問です。」

「えっ」

喉の芋が詰まりそうになったが、ゴクンと飲み込んだ。


「さっきの木の葉だけど、風が動いているのかな、木の葉が動いているのかな。」

何だか変な謎かけだなあ、


「ん~両方じゃだめなの。」

悠子はただ微笑んで櫂を見つめている。

何て答えればいいんだろう。

動いているのは木の葉だけど、

風がなければ木の葉は動かない。

木の葉がなくても風は動いている、

でも木の葉がなければ動いている風は見えない。


「ん~木の葉、じゃなくて風、かな~、」

櫂の答えに悠子は優しく微笑みながら。


「動いていたのは貴方の心ですよ。」

櫂はハッとして悠子を見て空を見た。


「私はただきっかけを伝えただけです。」

「あなたは心で物を見る宿命だったのです。」

「この先で迷うことがあれば、怖がらずに自分を信じて進みなさい。」


美しい庭の中で淡く優しい光が櫂の体を包み込んでいるようだ。


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