《京 六波羅館》
「合掌」群暮の号令で櫂たちは死体に手を合わせた。
京の手前にある大きな橋の上には沢山の死体が無造作に転がっている。
大勢の武士に混じり忍者らしき死体も一人二人と倒れている。
それは櫂の目には氣が全く出ていない黒い物体にしか映らなかった。
「偵察、乙忍イ組。」
群暮の指示に乙種戦忍のイ組五人は橋の上と下の二手に分かれて京に入っていった。
その間に櫂達は三手に分かれて少し下がった林の中で待機した。
桃、団丸、叙里、四人はすぐ近くにいるのに誰一人言葉を交わさない。
ドクドク ドクドク
長い沈黙が高鳴る鼓動を一層に際立たせる。
ドクドク ドクドク
どのくらいの時が経ったのだろうか。
ドクドク ドクドク
「ピッ」小さく呼び笛が一回鳴った。
その安全確認の合図に櫂達は三手に分かれたまま無言で橋を進み京に入った。
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朝もやに包まれた京の町は静かだった。
いつもならこの時間には出店が並び始める大通りは閑散として、大通りに面した大店は全て戸がガッチリと閉まっていた。
一本入った通りの小さい商店でもそれは同じだった。
ただ無慈悲な寒風だけが我が物顔で京の通りを縦横無尽に駆け回っている。
京に入った後は作戦通り正面と裏手の二手に分かれて進んだ。
櫂は教忍有慈に続き忍者駆けしながら昨夜の作戦会議を思い出していた。
六波羅館に捉えられている信頼の息子信親の救出が今回の目的だ。
平家軍は源氏の残党狩りに出払って今日は警備が手薄になっている。
まず群暮が率いる乙種戦忍二十五人が正面から侵入し、手薄ではあるが五十人以上はいるであろう守備隊を引き付ける。
その隙に裏手から侵入した丙種戦忍二十五人と黄白黒組戦忍見習いは一気に裏門を制圧する。
教忍有慈と黄白黒組戦忍見習いは教忍章允が館に突入して信親を救出するまで、そのまま裏門を確保する。
もうすぐ櫂にとってはじめての実戦がはじまる。
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櫂達は教忍有慈に従い裏手から六波羅館に忍び込み息を潜めてその時を待った。
間もなく「ガチーン、ジャキーン」忍刀や手裏剣のブツカル音が正門の方から聞こえてきた。
四人は固まり息を潜めながら教忍有慈の合図を待っていると。
「罠だ~」
誰かの叫び声が聞こえてきた。
「待て」
有慈は小さくは号令し、櫂達はその場で身を隠した。
しばらくすると群暮がこちらへ這う這うの体で逃げてきたので、
「ピッ」章允は小さく笛をふき合図をした。
グンバは助かったという表情で章允に近づいてきて「グサッ」忍刀で心臓を貫き、「ピッピーッ」笛を大きく鳴らしながら、丙種戦忍達を襲っていった。
目の前では続々と集まる平家守備隊と椛忍者を群暮が指揮して丙種戦忍達を襲っている。
いったい何が起きているのだろう、状況が把握できずただ茫然と眺めていると
「お前もか!」
突然教忍有慈が忍刀を抜いて櫂の喉元に突き立て、鬼のような形相で見つめている。
「やっぱりお前は、」
次の瞬間、有慈の背後から椛忍者が襲ってきた。
ガチーン、グサッ、
櫂は忍刀を抜き有慈の頭上に襲いかかる椛忍者の刀を弾き返したが、櫂の喉には有慈の忍刀が深々と突き刺さっていた。
慌てた有慈は咄嗟に刀を引いたが、櫂の喉からは
ピュ~っと勢いよく血が吹き出し気が遠くなっていく。
薄れゆく意識の中で、
「カイ~」桃の叫び声が聞こえた。
ふと気付くと何度も見た光景が目の前に広がっていた。
まったく音がなく匂いもない。
いつもより沢山の星がはっきりと輝いている。
目の前には青く綺麗なお月様が浮かんでいる。
「櫂・・・」
やっぱり誰かに呼ばれている。
「櫂・・・・・」
見回しても誰もいない。
「櫂」
「誰かいるの?」
「カイ」
「誰なの?」
喉元がジンワリと暖かくなってきた。
なんだろうこの暖かさは、
喉を触ると紫色のドロッと半分凝固した液体が手に着いた。
これは何だろう。
指でその液体を擦り合せるとジュワ~ンと蒸発した。
蒸発した液体は暖かい霧になって櫂を包み込んだ。
まるであの霧に抱っこされているような暖かさと安心感だ。
どのくらい経っただろうか、
その気持ちよさにうつらうつらしていると、
青く綺麗なお月様が徐々に大きくなってきた。
うわ~ぶつかる~
いつもならこの辺りで目を覚ますのだが今回は違った。
更にグングン大きくなってくる。
もう端が全く見えない。
大きな青いお月様が目の前一面に広がっている。
しばらく眺めていると青い部分が遠ざかり、
緑と茶色の方にグングンと引き寄せられていく。
「何だこれは」
細い道や畑や小さな建物が見えてきた。
おもちゃの様に小さいけどとても精巧に作られている。
よく見ると人らしきものが本当に生きているように動いている。
夙川村に似ているようで何だか懐かしい気持ちになってきた。
と次の瞬間にグワ~ンと体が横方向に引っ張られた。
引っ張られながら見る景色は本物の日ノ本の様だ。
まるで空を飛んでいるような感覚だ。
森が深い山の上を飛んでいると、
小さい人影が見えた。
「蓮」
櫂は思わず叫んだ。
あの人影は蓮だ。
その人影は米粒の様に小さく木々が邪魔をしてよく見えないが、
櫂には蓮だとはっきり分かった。
深い森の中を蓮たちは山頂へ向かっていた。
引っ張られるままに飛んでいると、一軒の屋敷が目に飛び込んできた。
他の景色と明らかに違い、その屋敷だけ半透明で、
大きな目に向こう側から見られているようだ。
その不思議な屋敷に引き寄せられそうになったが、
またグワ~ンと体が横に引っ張られて大きな街の上で急に止まった。
真下には作戦図面で見た六波羅館と全く同じ作りの建物がある。
そこでは平家の旗がたなびき忍者達が慌ただしく動いている。
あっあれは椛忍者だ。
しかもさっき教忍有慈の頭上から忍刀を振り下ろした椛忍者だ。
またも有慈の背後から襲いかかろうとしている。
櫂がそれを止めようと手を伸ばすと、
グワァ~ンと地面に引き寄せられる。
ぶつかる~っと思って目を閉じた。
ガチ~ン・カチ~ン
所々で刀がぶつかありあう音がする。
パッと目を開けると教忍有慈の背後から椛忍者が襲ってきた。
ガチーン、キ~ン、
櫂は忍刀を抜き有慈の頭上に襲いかかる椛忍者の刀を弾き返し、喉元に突き付けられた有慈の忍刀は櫂の小手で軌道が変わり首の皮一枚だけを削り取っていた。
「カイ~」
桃の悲鳴が聞こえた。
「櫂~」
更に馬鹿でかい団丸の声。
「かっかっかっ。」
言葉にならない叙里。
どうやら真横から見ていた桃達には、忍刀が櫂の首を貫いているように見えたようだ。
有慈は櫂の喉元に突き立てていた忍刀が微かに逸れていた事に安どの表情を見せたが、直ぐに状況を把握して背後の椛忍者を後ろ向きのまま突き刺すと
「逃げるぞ」
その声で櫂達四人は我に返った。
震える桃、忍刀を力強く握りしめる団丸、何かを考えている叙里。
「ピ~~ピョロ~」
不思議な笛の音に振り返ると見たこともない仮面の忍者集団が一斉に黄組達に襲い掛かっていた。
「お前達は逃げろ、長老に群暮の裏切りを伝えろ」有慈はそういうと、白組を集め黄組の救出に向かおうとする。櫂達も白組と有慈に加勢しようとするが、
「命令だ、里に報告しろ!白組付いて来い!」
仮面忍者に飛び掛かっていく有慈と白組。
櫂はそれでも助けに行こうとするが、右手を叙里にがっちりと掴まれていた。
それを左手で振り払おうとするがガシッと馬鹿力で団丸が止める。
それでも両足に力を入れ前に踏み出そうとするが、
「ダメ」
目に涙を溜めた桃が両手を突出し櫂の胸をおさえ、口を真一文字に噛みしめて見つめてくる。
「櫂」
「カイ」
叙里と団丸は掴んでいる両手に力を籠め櫂を諭すように見つめる。
櫂は唇を震わせながら眼に溜る涙が零れないように天を仰ぎ深呼吸すると黙って頷いた。
その頷きを合図に四人はそれぞれ違う方向へ分かれて走り出した。
後ろでは刀がぶつかる音がするが、もう振り返る余裕もない。
悔しいが今の自分に何ができるだろうか。命令通り急いで里に戻り長老達に報告するしかない。




