《平治の乱その一》
藤原信頼と桜忍者は薄雪が積もる鷲峰山で待機していた。
信頼は北家の再興を父に託され幼いころから遊ぶ時間も寝る時間も削り鍛えられてきた。
そして昨日までは信西の横暴にも我慢に我慢を重ねてきた。
朝廷内を上手く渡り上皇にも重用され、信西との力を徐々に縮めていく日々。
その上皇と深い信頼関係を築き、信西を蹴落とす綿密な計画を詰めていく日々。
あの清盛に京を留守にさせる為、入れ込んでいる悠子の父が熊野に居るというニセ情報を二重三重に仕込んで信じさせた。
全てが完璧に仕上がり遂に報われる。
とうとう機が熟したのだ。
予てからの打ち合わせ通りに源義朝が警備の薄い三条殿を襲撃した。
抵抗する信西の配下数十人を打ち取り、後白河上皇と上西門院の身柄を確保すると、護送を源光基らに任せて自らは信西の別邸がある田原荘に向かった。
大江家仲と平康忠は後白河上皇を乗せた御車が内裏方面に走り去るのを確認すると、手筈通りに使用人や女官らを逃がしてから、三条殿に火をかける準備をしていた。
女官達は引っ越しでもするかのようにキャッキャと騒ぎながら準備をしているので、予想以上に時間がかかっている。
その間に館の要所要所に油を撒き女官の脱出を待っていたが、ボワッと突然東の館から火の手が上がった。
「誰じゃー、まだ火を付けるな。」大江家仲が大声で止めるが、
ヒューン、ヒューンあちこちから火矢が飛んでくる。
「やめろー」
平康忠も飛んでくる火矢の方に叫ぶが、火矢は止まる気配がないどころか。
ヒューン、ヒューン、ヒューン、ヒューン、と更に多くの火矢が飛んできた。
油を撒いていた三条殿は一瞬で業火に包まれる。全ての門には火の手が上がっており、もう逃げ場がない業火の中で大混乱の女官達と共に大江家仲と平康忠も焼かれていった。
その頃、後白河上皇は藤原惟方の手引きで大内裏に入場した。
源光基らは付近一帯を掌握しすると、二条天皇が一本御書所に居るのを確認して大内裏の各門を固く閉ざした。
三条殿の炎を確認すると如意ヶ嶽、音羽山、大峰山と次々に合図の狼煙が上がった。
「よし、成功だ。中納言様」
教忍頭幸軌は隣の藤原信頼の指示をまった。
信頼は目を細めて自分で狼煙を確認しようとするが、近目なのでよく見えない。
「幸軌、本当に煙が上がったのだな。」
「はい、確かに上がっております。」
それを聞くと目を閉じ大きく深呼吸をした。
二度、三度、息を吸うたびに鼓動が早くなってくる。
近目で見えない筈の狼煙を心で見ているのだろうか感慨深げに遠くを見つめる。
教忍頭幸軌の後ろには蓮と奏も控えて信頼の合図を待っている。
「よし、突撃じゃ」大きくはないが胆力の籠った最高の命令だ。
その合図で桜忍者は足音もない鹿走りで一斉に田原荘に攻め入った。
桜忍者が出払った鷲峰山の陣地には信頼の他に数名の供回りがいるだけだ。
信頼はこれに全てを掛けていた。
一方、三条殿が見下ろせる小高い丘の上では、別の黒づくめの集団と大男が燃え盛る炎を見つめている。




