《平清盛》
「何だと、それは本当か!」
一際大きな声が宿場町の一番大きな宿中に轟いた。
早馬の知らせにより京で信西が討たれたことを知った清盛一行は重大な決断に迫られていた。
切部の宿では五十騎程の厳つい武者達が宿の前でいつでも動けるように待機している。
「どうするべきだ、戻るか、大宰府か、熊野か。」
右に左に天井を見て床を見て、清盛は落ち着かないようで部屋中を動きながら、何やらブツブツ呟いている。
このまま熊野に行くべきか、京に戻るか、はては大宰府で立て直すか、清盛は人生最大の岐路に立ち思案に暮れているようだ。
「一旦、大宰府までいき立て直しましょう」
基盛は安全策を進言する。
「いや京に戻りましょう。」
宗盛は積極策のようだ。
実際に平清盛の立場は微妙だった。
早馬の知らせでは藤原信頼が源義朝等と結んで藤原信西を捕らえて既に斬首したらしい。
その信頼から息子の信親を婿に迎えていたが、その信頼に殺された信西により今の地位まで引き上げてもらった恩もある。
しかも後白河上皇と二条天皇は信頼の手にあり、その上情報も錯綜している。
更に信頼にはあの桜忍者が付いていると噂されている。
普段忍者は隠れて暮らしており、一般にはその規模や能力は全く知らていない。
龍と同じく想像上の生き物だという者たちもいる。しかし清盛は権力の中枢に近づくにつれて、嫌でもその脅威を感じるようになってきた。
ある時、信西の館で椛灸忍者を見た。
その時に信西は椛忍者は自分の手駒の一つだと自慢していた。
信西に椛忍者が付いている以上、信頼と源義朝達だけであれば、このように見事な手際で事は進まなかった筈だ。
日ノ本には組織的な活動ができる忍者集団が五つあるが、その中でも最強と言われていたのが桜忍者だ。
平氏や源氏等の新興勢力である武士は表だって武力を誇示して朝廷に取り入ったが、元来朝廷では力を見せつけるような武威や暗殺などの野蛮な行為は蔑まれており、藤原氏は密かに忍者を雇い権力を守ってきた。
その中で最大勢力だった北家は、最強と言われていた桜忍者を代々雇っているが、近年は信西と共に椛忍者が急速に台頭し、その力は拮抗かやや椛忍に分があるようにも見え始めていた。
しかし北家とあの桜忍者がついに本気で動いたに違いない。
ここは恩を返す為に危険を犯すより暫く様子を見る方が得策かもしれないと決意した清盛は大宰府行きを下知しようとした時、
ピ~~ピョロ~
突然に聞き慣れない龍笛が外から聞こえてきた。
清盛が窓を開け外を見ると。
「フギャ~・ウギャ~・ドギャ~」
奇声をあげながら仮面を付けた忍者のような集団が眼下の鎧武者に襲い掛かってくる。
あっという間に五十騎の鎧武者は打ち倒された。
信じられない目の前の光景に、呆然とし振り返ると基盛、宗盛と数名の近衛武者が何者かに音もなく組み伏されている。
-いったい何が起きているのだろうー
屈強な平家の精鋭武者達が手も足も出ない。
状況が把握できないまま清盛はただ立ち尽くしている。
「力を貸してやる。」
いつの間に現れたのか頭巾で顔をすっぽり覆った黒ずくめの大男が清盛の耳元で囁く。
「手伝ってやると言ってるんだ。」
声は小さいが威圧的な態度で平清盛に迫る。
「誰だ!」
清盛は横に飛び退き聞き返した直後、グサッ近衛武者が死んだ。
「何が目的だ」
清盛が問いかけると、グサッグサッ近衛武者が二人死んだ。
「出会え!」
清盛は大声で次の部屋に数十人は控えているであろう近衛武者を呼んだが何も起こらない。
すると音もなくスーッと自動で襖が開き、次の間には金縛りにあったように直立不動の近衛武者達がいた。
「力を貸してやる。」
黒ずくめの男は頭巾の口元を開き威圧的な態度で迫る。
「だから、何が目的だ。」
平清盛もひるまず再度問い返したが、
「ハ~」
と吐き出した疑心の黒い息が清盛を包み込み体が徐々に宙に浮き始めた。
その黒い霧のようなものに包まれると息ができないようだ。
「ウゥ~・・・」
清盛は苦しさから右手を喉に入れて気道を確保しようとするが、金縛りにあったように、手足が思うように動かない。
その様子を不気味な薄ら笑いで見下ろしながら、大男はいつの間にか異形の左手に持っていた大きな水晶玉を目の前に差し出した。
その水晶にはまだ幼い娘の徳子と盛子が仮面の忍者に抱えられ喉元に小刀突きつけられている姿が映っていた。
「・・・ったった、わかった、ちっちから、かっかしてくれ」
黒ずくめの男がサッと清盛の喉元を手で拭い、右手の指で天を指さしグルグルと回した。
するとドサッと清盛は地面に崩れ落ち、徳子と盛子も同時に仮面の忍者の手から解放され、床に横たわった姿が煙水晶に映っていた。




