《老法師と安倍泰親》
五芒星が随所にあしらわれた大きな館の庭一面には無数の死体が転がっていた。
朱塗りの豪勢な館は血しぶきで床まで赤くなっていた。
館中央の一番大きな部屋で大男が両手を天井に向けて何やら呪文を唱えている。
「ハァ~~~。」
吐息のような掛け声とともに外五鈷印を結んだ両手を前に突出した。
すると四体のナメクジが飛びだして安倍泰親の両手足に杭のように突き刺さり、吐息は黒い霧となり泰親の顔を覆った。
苦痛にゆがむ泰親の傍に、どこからともなく黒頭巾の老法師が降り立った。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ~、ほひゃひゃひゃひゃ~」
法師は顔をクチャクチャにして、子供の様に無邪気に笑っている。
「嬉しいにゃ~、ほひゃほひゃほ~」
磔状態の安倍泰親を隅々まで嘗め回し。
「こいつは儂の最高傑作じゃ。」
と大男を指さし耳元で囁いた。
「安倍晴明の再来のお前と、この芦屋道満が愛弟子の疑心と。」
泰親の顔に触れんばかりの距離で右耳から左耳へ移動すると。
「ズルがなければあの時も儂が勝っていたはずじゃ!」
囁く声の語尾だけが急に荒々しく強くなった。
「あれはまだ儂が若く上京したての頃じゃった。」
「あまりにも帝も藤原道長も晴明ばかりチヤホヤするから気に食わんかった。」
「しかもアイツは儂のことが好きじゃった茶屋のお加世を誑かして、ヌヌグワ~。」、
芦屋道満と名乗る法師は興奮して安倍泰親の左手に刺さっている杭をグリグリ動かし始めた。
「あの呪術勝負の日、晴明は大臣と公卿と結託して儂を陥れたのじゃ。」
話しながら感情が高ぶる度に、杭を捩じり込むように動かす。
「帝が長持ちの中を答えよと言った時は本当に〈みかん〉一五個じゃった。」
「晴明は〈ネズミ〉一五匹と答えた。その時も中身は確かに〈みかん〉じゃった。」
杭を動かす手は一層激しくなり。
「じゃが儂が勝ちを確信して観衆に手を振っている間にアイツは中身をすり替えたのじゃ!」
「みんなは帝も大臣も公卿もすり替えを見ていたのに誰もそれを言わんかった。」
「それから儂は思念の入った首輪で繋がれ、奴隷のように使われ、蔑まれ、晴明は加世とまぐわり、ウンギャラギャ!」
杭をグリグリ動かす手はさらに激しくなり、頭巾の口元がはだけ左頬の大きい痣が浮かび上がる。
「あれからワシの屈辱の日々は始まったんじゃ!」
「この頬の痣はいつ出来たか知っとるか。何で出来たかは知っとるかー!!」
法師の声は更に荒々しくなり安倍泰親の首を絞めはじめた。
徐々に力がこもっていき泰親の顔は赤黒くなってくる。
「法師。」
疑心は異形の左手で法師の手を掴むと泰親の首から引き離し木管を手渡した。
「ほほほ~そうじゃったそうじゃった。」
「清明もお前も道長も子孫も憎いが今すぐ殺しはしない、でも少し血だけはいただくよ~」
ブスッと尖った木管を泰親の下腹部に突き刺した、
管の先から滴り落ちるその血を指先で拭い、パクッと口いっぱいに味わうと、ブルブルと老法師の深い皺が踊りだし、ピクピクと生気が流れるように皺が小刻みに痙攣する。
見る見るうちに皺が消えていき、五十歳は若返ったように引き締まっだ。
「美味い、実に美味、晴明からいい霊力を授かったの~、ひゃひゃひゃひゃひゃ~」
老法師の薄気味悪い笑い声が人気のない屋敷にこだました。




