《験厳洞窟 合格者》
験厳洞窟の出口では超長老と教忍頭幸軌が修忍達を待っていた。
その後ろには試練に合格した修忍が五人、一様にほっとした表情だが、若干緊張した面持ちで出口のほうを見つめていた。
しばらくすると山の向こう側から狼煙が上がっているのが見えた。
「終了じゃ」
超長老の一言で、桃は櫂が失格だと悟った。
右隣の団丸はあからさまに悔しそうな顔をし、左隣の叙里はいつものように無表情だが、心の中では相当悔しがっているだろうと桃は分かった。
「整列!」教忍頭がこちらに向かって号令した。
バサッ。一瞬で修忍達は一列に並んだ。
教忍頭は左端の蓮の前まで進みをじっと見つめた。
蓮はハッとして黒の鉢巻を外して教忍頭の目を見つめ返したが教忍頭とは目が合わず、額を見ているようだ。
教忍頭はウンと頷き「おめでとう。」と金色の桜紋様が中央にある鉢金を差し出した。
蓮はそれを受け取り誇らしげに頭に巻いた。
桜紋様の鉢金は戦忍の証だった。
教忍頭は続いて奏の額を見つめ、うっすらと浮かび上がった戦忍の証を確認してから鉢金を手渡した。
続いて叙里の前に教忍頭が立ち「おめでとう。」
団丸の前で「おめでとう。」
とうとう桃の順番になった。
桃は教忍頭から鉢金を受け取ると口を真一文字にしてぐっと握りしめ目を閉じた。
脳裏には木見村での修練から修忍の里での厳しい修行の日々が駆け巡り、呻きだしそうな声は押し殺せたが、涙腺は耐え切れず崩壊した。
四人班のある噂を聞いた時から、四人で励ましあい、支えあい今日までつらい修行に耐えてきた。
「絶対にこの班から戦忍を出そう」
それがいつしか桃達四人の合言葉になっていた。
験厳洞窟の合格基準は長老達でさえはっきりとは分からないらしいが、白組の先輩達から聞いた話では、過去に四人班から験厳洞窟の試練に合格した者はいない。
昨年の白組では七人合格したが、そのうち六人が五人班で一人だけ六人班がいた。
でも四人班からの合格者は一人もいなかったらしい。
それが今日は仲間と一緒に合格できた。
同じ班から三人も合格するなんて・・・ふっと我に返り櫂の事を思った。
出来れば四人一緒に戦忍になりたかった。でもそれは叶わなかった。
「櫂に合ったら。。。」心の声が漏れてしまったようだ。
「素直に喜べばいいですよ」叙里がボソッと言った。
「そうだよ、櫂は一緒に喜んでくれるよ」団丸の遠慮のない大きい地声に「バカっ」桃の心の声はまた漏れってしまったようだ。
十歳の秋に桃は初めて櫂に出会った。
あと一山超えれば修忍里に着く見晴らしのいい峠で、ほっと一息ついて休憩をしていると、夙川村の一団がやって来た。
桃は尿意を催し奥の茂みに入っていった。
しゃがんでジャーっとオシッコをしながら「はぁ~」とため息を吐いた。
とうとうここまで来たんだな。
松吉はもう里に着いてるかなぁ~。
放尿と共に緊張も和らいだのか、松吉の心配まで出来るようになってきた。
長めのオシッコが終わり忍袴をたくし上げようとした時、ガサガサッと急に茂みから音がした。「キャッ」臆病な桃は声を上げた。
「ウワッ」ビックリした顔の少年は、あわてておちんちんを隠そうとするが勢いよくほとばしるオシッコは止められないようで、アワアワとしながら背を向けたが、用を足しながらもちょっとずつ前進で離れていったその少年が櫂だった。
その後、里でのキジ引きで偶然にもその櫂と一緒の班になった時はお互いに恥ずかしくて、目を合わさず言葉も交わさない。
同じ四人班の団丸と叙里はそんな二人を不思議そうに見ていた。
小屋は班ごとに与えられるので、いつまでも気まずいままではいられない。
空気が読めない団丸が
「何で桃と櫂は避けてるの。何だか怪しいな~」と言うと
「一目ぼれというものもあるし、恋愛は個人の自由ですよ」
と妄想癖がある叙里が知ったかぶりで言うものだから、桃は櫂のオシッコを見てしまったこと、もしかしたら自分も見られたかもしれないことを正直に話した。
「僕は見てないよ、だってぼんやりしか見えないんだよ!」櫂がすかさず否定した。
「じゃあぼんやりは見たのかよ」団丸の言葉に
「やだ~」桃が真っ赤になり外に飛び出し。
団丸と叙里は大爆笑だった。
同じ班で寝食を共にして四人は徐々に打ち解けていき、お互いの生い立ちから戦忍にかける思い等を毎夜語り合っていた。
そして昨日、本当に四人の気持ちが一体になった。
今日自分が合格したのも、みんなの想いに後押しされたからだと思う。
桃は櫂の誰よりも戦忍になりたい強い気持ちを思うと、どうしても自分の合格を素直に喜べなかった。
「里に帰る前に、龍神様に合格の報告と今後のご加護のお祈りに行く。」
教忍頭の言葉に一瞬で我に返った。
龍神の祠、以前に里外研修で行ったところだが、その時に祠の前で聞いた龍神の神話が妙にリアルで、今でも桃は時々怖い夢を見る。
~はるか昔、まだ京に都が遷るずっと前に国中の忍者同士で戦が起きた。普段忍者はその時々の権力者に雇われて諜報や暗殺など裏仕事をして、見返りとしてその庇護のもとに暮らしてきた。忍者同士が大規模に直接争うことなど一切無かった。今でも偶発的な戦闘や雇い主を守る時など比較的小規模な争いだけだ。忍者の集団がお互いに全力で戦えば双方共に相当の深手を覚悟しなければならない。その教訓にもなっているのが、龍神の怒りだ。二派に分かれて大規模な戦を始めた忍者に龍神が怒り、戦場は火の海と化した。そして各里の戦忍はすべて死に絶え、戦を先導した津島忍者は一人残らず龍神に焼き殺された。龍は空を飛び火を吐き、手裏剣でも弓矢でもその固い鱗で弾き飛ばす。不死身とも言われた伝説の津島忍者達でもなす術がなく、ただ逃げまどい恐怖の中で女子供まで焼かれていった。~
津島忍者は万能型の伝説の忍者で、海を自由に行き来して日ノ本の忍者をまとめていたらしい。
今では青赤黄白黒と五色の忍者がいて、お互いに相生相克関係にあるが、津島忍者はそれを超越した存在で、五色とは違う色に分類されていた。
桃はその伝説の津島忍者でさえ一瞬で焼き尽くしたという龍神が怖かった。
ただの神話だと思えなかった。
龍神の話を聞いた夜は何かが心の奥で警鐘を鳴らしているようにガンガン響いて眠れなかった。
それから時々龍神の怖い夢を見るようになった。
龍神の祠に着くと、
「龍神の話の前にお前たち戦忍見習いに大切な話があるからよく聞きなさい。」
超長老はきっと目を凝らして戦忍見習い達にゆっくりと語りかけた。
「よいか、これからお前達の額の紋様には段々色がついてくるはずじゃ。」
「その色は他人に見せたらダメじゃ、またこれからは出身村も他人に明かさないように。」
「理由はそのうちに分かるじゃろう。」
そう言って、蓮、奏、叙里、団丸、桃、一人一人と目線で約束の契りを交わしていく。
それから超長老は以前に聞いた伝説の続きを話し始めた。
~~はるか昔、まだ京に都が遷るずっと前に津島忍者と戦忍を焼き尽くした龍神は、生き残った忍者達に語りかけた、「お前達が二度と戦を起こさないように忍者にも色を付けた。青は赤を監視しろ。赤は黄を、黄は白を、白は黒を、黒は青をお互いに監視して戦が起きないようにしろ。それでも、もし戦が起きたら、またワシが全てを焼き尽くす・・・
「グオ~ン!」
長老の話の最中に祠の中から突然大きな音がした。桃達は一斉に木や岩の陰に飛び退いた。
「グオ~ン!!」
また祠から音がした。
桃は岩陰から恐る恐る祠を覗いた。
「グオ~~~ン!!!」
更に大きな音が鳴り響き、ギ~っと祠が開くとバサッと何かが祠から飛び出した。
「キャーッ」
桃は悲鳴を上げて頭を抱えてしゃがみこんだ。
龍神が飛び出してきたのかと思い怖くて体が動かない。
ザワザワと木々のこすれる音と、ザパ~ンザパ~ンと波の音だけが木霊する。
恐る恐る頭を上げると、一間ほど先の岩陰に身を隠している超長老と目があった。
超長老は口に人差し指を当て、静かにという合図を桃に送った。
しばらく緊張した空気が当たりに立ち込めた・・・
「カイ~!」
団丸は大きな声を発しながら、祠から飛び出した何かの方へ突進した。
そこには団丸に押しつぶされた櫂がいた。何が何だか全く分からないが、正真正銘、本物の櫂がそこにいた。
櫂も団丸に気付くと、
「痛~な、団丸」
脇腹を擦りながらも、状況が分からないという感じでこちらを見回した。




