ブックハンター登場 2-1
ブックハンター美海実。 先日の無茶苦茶さから不安に思っていたが、集合予定時刻には遅れなく来ており、服装も言っていた通りに目立つようなものではない。 二つに結ばれた髪は年齢の割に少し珍しいように思うが、違和感はなく街を歩いていても気になるほどでもない。 連れのシドはまあ普通である。
「来たか」
「おう」
何故か男らしい挨拶と共に、ミミミは軽く手を上げる。 シドも仕方なさげな表情をしているが、それほど嫌がっている様子はなく、アミューズメント施設に行くとしてもそれほどおかしくはないだろう。
立ち話をする仲ではないので事前に購入しておいた電車と新幹線の切符を手渡す。
「自由席なのか……しけてやがるね」
「座れるだろうからいいだろ」
指定席は遅刻されると困まるから買わなかったとは言えない。
「まぁべつにいいけどさ。 じゃあ行くぞ、シド、水元!」
ミミミについていき、新幹線のホームで待つ。 車などがあればもっとスムーズだっただろうが、あいにく免許を持っていないので仕方がない。
終わったら取りに行くべきかを考えていると、ミミミが口を開いて俺の方を見る。
「男二人に女一人でタイニーランドって、ちょっと変だと思うんだよ」
「そうなのか?」
「なんで僕に聞くんだ。 ……まぁ珍しいんじゃないか。
主な客層は家族連れ、カップル、女友達、男女混合の友人グループ、部活とかのメンバー……とかだと思うけど」
「友人グループがいるならおかしくはないんじゃないか?」
「もう少し人数が多かったらそんなに変でもないけどな」
ミミミは自信満々な笑みを浮かべながら、指先をピンと立てる。
「そこで、だ。 一応ボク達の設定を決めておこうと思うんだ」
「設定?」
「うん。 普通に遊ぶ客を装うにしても、どういう関係性なのか決めてた方がやりやすいと思うんだ。
現在のボクとシドは普通に楽しむ客が目立たないように出来るけど、水元はそうじゃないから、ある程度決めてた方がいいんじゃないかな」
「いや、お前が目立たなかったことはないけどな」
「それはシドちーがボクのこと大好きだからボクを注目してるだけだよ……言わせんな、この野郎っ」
確かに一理あると頷く。 今の二人もはしゃいでいる学生らしさがあるが、俺はあまり面識がないこともあって一定の距離がある。
友人グループというにしては俺一人だけ浮いてるようになってしまう可能性は高い。
俺にはない視点に関心をして頷くと、ミミミはシドを指先で頰を突き刺しながら設定を話す。
「まずボクらは同じ部活動のメンバーだ」
「なるほど」
「部長であるボク、ミミミ。 一部員であるシド。 パシリの水元」
「パシリか」
「間違えた。 財布だ」
まぁ俺が金を出すことを前提にするならそちらの方が手間がないのだろうか。
一番俺がガタイがいいことを思うと若干設定に不安が残るが、それほど突っ込んでくるやつはいないだろう。
「何の部活なんだ?」
「一応、会話のフリも必要だからね、三人が共通した趣味みたいなのがあったらいいんだけど……シドちーはなんかある?」
「本とかはどうだろ? 水元もそういう組織に所属しているんだろ」
新幹線の走る轟音に話が中断し、ミミミが顎をクイっと近くの自販機に向ける。 仕方なく小銭を投入するとミミミがボタンを押して飲み物を手に取る。
「まぁ、読書ぐらいはするが」
「へー、何の本を読んでいるんだ。 これでも本屋の倅だから詳しいぞ」
「教科書とかだな」
「お前って人生つまんなさそうだな」
シドに罵られながらやってきた新幹線に乗り込む。 夏のうだるような暑さから解放されて一息吐き出し、一列に座る。
暑さに耐えかねてか、ミミミが服の襟をパタパタと動かしているのが見える。
見えそうになる胸元を気にしていたらミミミはドン引きしたような目を俺に向けた。
「……それで、共通の趣味か」
「水元は何か好きなものはないのか? 僕は結構語れる物は人より多いぞ」
しばらく考えるが、利優以外に思いつかない。
「……暇なときとかは?」
利優の写真を眺める。 訓練をする。 銃火器について学ぶ。 勉強する。 どれも趣味にはしていなさそうだ。
「まぁ、銃とか、そういうのなら……」
「……ライフル射撃部とかにするか?」
「えー、このライフルかーわーいーいーってなる? 部活はそれでもいいけどさ、会話にはならないじゃん。 本当シドってセンスないよね。 世が世でボクが殿様なら打ち首獄門だよ?」
「その設定なら誰でも打ち首に出来るわ」
「水元はボクの胸元を覗き込んだから市中引き回しからの磔獄門な」
理不尽だ。 そう思っているうちに新幹線が発車する。 遠くもないのですぐに着くだろう。 早めに設定を煮詰める必要がありそうだ。
「つまりさ、共通の趣味は痴漢もののAV鑑賞だけなわけか」
「いや、俺はそういうものは見ない」
「うるせえ今更可愛子ぶんじゃねえぞ童貞ブラザーズ」
「何故僕を巻き込んだ」
そう言われても、事実として見ていない。 電子機器が苦手なこともあるが、そういった類のものがあれば勝手に入ってくる利優や何かと掃除をしたがる鈴に見つかってしまう。
「じゃあ、AV鑑賞部でいいな。 痴漢、緊縛」
「緊縛……?」
「コードネームだよ、緊縛」
「なるほど」
「ちょっと待て、その流れだと僕が痴漢になるじゃねえか!」
「それがどうした痴漢」
「痴漢、何か問題があるのか?」
「問題以外の部分が見つからねえよっ! というか、新幹線内で痴漢は止めろ、ガチで捕まるから!」
「前科の一つや二つで気にするなよ」
「気にするわ! 人生終わるだろ!」
「別の国に行けば犯罪歴は案外問題ない」
「かなり聞き捨てならない発言してんじゃねえよ!」
息を切らしているシドを余所に、ミミミは思いついたように手をポンと叩く。 その後に先ほど買ったジュースを口に含み嚥下してから自信満々に言う。
「逆転の発想だよ。 共通の趣味じゃなくて、共通に知らない話をしたらいいんだ」
「共通に知らない? 妙な会話だと変に思われないか?」
「それは話をして盗み聞きされたときにその人が会話内容がおかしいことに気づくからだよね。 おかしいと気づくにはある程度の知識があってこそなわけだ」
「今更だけど、大量に客がいるのにそんなに気にする必要があるか?」
「お前は黙ってろシド。 それで、知らないことなら聞いてもおかしいとは思わないわけだ」
考えてみれば確かにその通りだ。 間違った内容の話を誰も訂正せずに進めていたら、暦史書を管理する人間に不自然に思われるかもしれないが、その人間も知らないようなことであれば気にしないはずだ。
「確かにそうだな」
「というわけで、ボク達はインディーズバンドの追っかけをしている中で仲良くなったって設定にしようか。 そういうサブカルみたいなの好きなのだったら、男二人に超絶美少女一人でもおかしくないし、あいつらだいたいそんな感じで性の乱れを引き起こしてるし」
「誰が超絶美少女だ」
「えっ、ボクだけど……? もしかして、シドちーって水元が超絶美少女に見えるの? それとも自分を超絶美少女だと思っちゃってるタイプ? こわい」
シドは苛立った表情をしたあと、気にしないことにしたのかため息を吐いてから口を開けた。
「それで、僕達はなにを追っかけてるんだ?」
「白柳鉄子のコピーバンドのHAI柳アイアンメイデン、通称灰鉄の追っかけってことで」
「鉄子の何をコピーしたらバンドが出来上がるんだ」
「鉄子の部屋の音楽だよ。 ほら、あるじゃん、ルールル、ルルル、ルールルって。 あれをエンドレスだよ」
「脳が破壊されるわ!」
話がまとまり始めているが、どうにも理解出来ない。
「……すまない、白柳徹子って誰だ」
「……それすらもか。 違うの考えないと」
「水元の常識のなさに助けられたよ。 ありがとう水元。 フォーエバー水元」




