ブックハンター登場 1-2
水が気管に入り、えづく。 息を吐き出している時に、後ろ手に縛られて脚と胴体を椅子に縛られていることに気がつく。
目の前に見えるのは、先ほどの二人だ。 少女の手にはバケツが握られており、ニヤリと笑みを浮かべている。
「何故こう縛られているか分かるか、侵入者」
俺は気絶する直前のことを思い出す。 シドと呼ばれていた男の方を見て、背筋が震える。
「その男が、緊縛に対して興味があるからか」
「それもある」
「ねえよ!」
ないのか。 少し安心する。 身を改められていないのか、服は濡れていることを除けば特に変わった様子はない。
ミミミという人物に会うのにこんなことをしている場合ではないので、手を縛られている縄を引きちぎり椅子の脚ごと壊して立ち上がる。
「うわあ化け物。 違うんだよ、ボクじゃなくて全部この男が指示をしたんだ」
「ちょっ、待てっ、僕が仲間を裏切るはずがないだろ!? 一緒に巨乳ちゃんの着替えに心をときめかせたことを思い出すんだ!」
「引くわ」
怯えているのかいないのか。 まだくっ付いている縄を解いて、髪を掻く。
「いや、別に怒ってもいないが」
「嘘だ! 顔面ぶん殴って気絶させて、全身を縛って油性ペンで肉って書いて眼鏡も描いて、水ぶっかけて怒らない人がいるはずがないっ!」
「いや、ほんとすみません。 こいつには僕からみっちり言っておくんで」
油性ペンで落書きされたのか……。 手を顔に寄せて、イデアルジーンにより、インクを剥がし、濡れた床に投げ捨てる。
その光景を見て目をパチクリと動かした男子生徒の割に、女子生徒の方はどこか冷静のままに見えた。
にへらと現金な笑みを浮かべて、女子生徒は口を開いた。
「シド。 この人は今回の依頼人だ。 他に人が見てないか確認よろしく」
「……あの、なんか僕も巻き込まれる感じになってない?」
「それで、依頼人代理、水元 蒼であってるのかな」
「無視かよ」
少し驚いて目を開ける。 凄腕と聞いており、依頼料も安くない。
何より信用出来るとされている、本専門のハンター、ブックハンターが……普通の学生だとは思わなかった。
「お前が、ブックハンター……ミミミ」
「いえす、あいあむブックハンターミミミ! そしてこっちが痴漢もの好きなシド!」
「初対面の人にどんな紹介してるんだ! ……僕はシド、こっちの性格悪そうなのはミミミ。 一応、腕は不確かで行き当たりばったりでクソ野郎だ」
……何の信用も出来ないな。 というか、こっちの男は何者だ。
気になるが、これ以上話は拗れさせたくないので、妙な話になる前に本題に入ろうとする。
濡れた上着を脱ぎながら口を開けると、遮るようにミミミが声を発した。
「まず金銭の話からで悪いんだけど、その本ってタイニーランドにあるんだよね?」
「ああ」
「こっちのシドも助手に使うから、タイニーランドへの入場料に移動費も加えたらこっちとしては馬鹿になんないんだよね」
「こいつ割りのいい仕事だって言ってたのにまだたかるか……」
「黙れ変態。 あとさ、普通に遊びにきた人を装う必要もあるし、それを考えると使う時間の割に儲けが少ないというか、何日もかかったらヨユーで、赤字だから。 簡単に「引き受けます」とは言えないんだよ」
その言葉を聞いて軽く頷く。 尤もな指摘だ。
経費で落ちることは間違いないが、それを確かに確かめておくことは、雇われる側としては必要なことだろう。
侮っていたわけではないが、ミミミへの評価を改めながら返事をする。
「経費で落ちるはずだ」
「落ちるはずじゃダメだよ。 こっちもプロなんだしさ、口約束の適当なものじゃ動けないね」
現状、異端者管理班は指示系統がはっきりしておらず、経理的にもやり方を決めている最中だ。 例えば遊びにきた人を装うための土産物などなら経費で落ちるかどうかは判断の付きにくいが、まぁ必要なことではある。
「……分かった。 依頼の間の金銭はすべて俺が負担する。 これなら経費が落ちなくとも、そちらに負担が発生しないだろう」
「よし、シド、タイニーランドの土産物のカタログを用意するんだ! あ、ボク今喉乾いたんだけど、ジュース買ってきて、依頼発生してるし、依頼の話の最中だしこれも経費で落ちるよね」
「お前本当最低だな。 あ、僕は炭酸系で」
「……とりあえず依頼は引き受けるんだな」
ミミミが頷いてシドの方を向く。
「書類の作成よろしく」
「あっちが作るだろ」
どうにもやりにくさを感じる。 だが、俺の年齢とかについて尋ねて来ないのは助かる。 単に興味がないだけだろうが、詮索されると少し面倒だった。
「それで本題だけどさ、どんな本な訳?」
「それについては答えられない。 中身を改めることも許さない」
「それじゃあ探しようないな。 どうやって探せ、と」
「黒い表紙に白い文字だ、ローマ字か英語の「名詞」「:」「年号」の三つが並んでいるタイトルの本だ」
「……コロン? 中身を見てはいけない?」
ミミミは合点が行ったという様子で頷く。 今の説明だけで理解されたというのは驚きだが、様子を見るに何か心当たりがあるらしい。
「あと、細かい条件はその場に応じてでいいが、俺も同行させてもらう」
「うーん、ボクはこれでもプロだからさ、トーシローがいてもやりにくいんだけど」
「侮っているわけではなく、戦闘になる可能性がある。 護衛とでも思っていてくれ」
一番の理由としては、持ち逃げの防止だがそれは言わない方がいいだろう。
「戦闘? タイニーランドで?」
「タイニーランドで」
「遊園地だよね」
「ああ」
「水元……遊園地行ったことないの?」
「実地に行ったことはないが、事前知識はある」
「どんな?」
ミミミに尋ねられたので、事前に読んでいた資料と伝聞で聞いた遊園地の姿を照らし合せながら答える。
「千葉にあるタイニーのキャラクターと触れ合え、タイニーに纏わるアトラクション……言わば乗り物に乗ることが出来る場所だな。
戦闘になる可能性もあるということも含めると、妨害を許されたカーレースをタイニーキャラとするサーキットのようなところだろう」
「マリコカートじゃねえか」
シドパーティつまらなさそうな顔をしながら、窓を開けて部屋の換気をしている。
夏らしい暑い風に顔を歪めるが、まだ風があるだけ心地よさもある。 乾いた汗が熱を奪って風下に逃げる。
「違うのか?」
「まぁ似たようなもんだよ。 人生なんて常にレースみたいなもんだからね」
「面倒だからって話を纏めるなよ。 ……普通にテレビのCMとかで出てるだろ」
「テレビはあまり見ないな」
俺がそう答えると、ミミミとシドは顔を突き合わせて俺をチラチラと見ながら相談を始める。
「……シド、こいつ大丈夫なのか?」
「いや、僕に聞くなよ。 長い間日本にいなかったとか、そんなのだろ」
「いや、違うだろ。 なんか日本語しか使えそーにないじゃん」
「見た目で判断するなよ、大丈夫だろ。 タイニーランドを知らない人間ぐらいいるさ。 頑張れミミミ、僕は家に帰って勉強するんだ」
「いや、お前も行くんだよ」
「絶対嫌だよ。 学校で無茶苦茶するならまだしも外でそんなのしてたら捕まるだろ。 ニックを突き落とすのは一人でしてくれ」
「さっき覗きをしてたことをバラすぞ」
「ばっ、あれはお前のせいで……!」
ウダウダとしている間に、うだるような暑さもあり、上着が乾いていることに気がつく。
「……とりあえず、明後日に駅の前で待ち合わせだ。 潜入でもあるのだから、目立たない服にしろよ」
「あっ、そんな服ないから経費ちょーだい!」
「……終わったら領収書を出してくれ」
「げへへ、まいどー」




