いつも抱える心 3-2
幾らか歩いて、立ち止まる。
鈴も違和感を覚えたのか、不思議そうに首を傾げた。
「なんか、人がいないね」
「そうだな。 ……足音がないわけではないが」
「もしかして……サプライズでボクたちのおかえりパーティーを……!」
「それはないね」
「ないな」
利優のキラキラとした笑顔に向かって吐き捨ててから聞き耳を立てる。 鈴も能力によって探知していくが、大した情報が得られるわけでもなかった。
「んー、まぁこういうことも時々あるよね。 なんか妙に慌ただしいのに人がいないとき」
「あるな。 なんなんだろうな。 毎年この時期になるとひとが減っているような気がする」
それほど関わりがあるわけではないけれど、こうも人がいないというのは気になる。
何かしらの組織内活動でもあるのだろうか。
「あっ、あれじゃない? この季節に流行る病気があるとか」
「夏場に流行る病なんてあったか?」
「んー、海に行きたいとかそういうのは?」
「海か。 ……なるほど」
海、すなわち水着だ。 水着か、水着である。 誘ったら一緒に行けるかと思ったが、利優がそういう格好をするとも思えない。 俺も武装を解くのも不安なので水着にはならないだろう。
鈴も俺と利優が水着にならなければ水着にはならないだろう。
三人で神林が一人はしゃいでいる姿を見て座っている様子を幻視し、溜息と共に誘おうとした口を閉じた。
「えっ、二人とも本気で言ってるんですか?」
「海の話か? いや、別に行く必要もないが」
「いえ……そうではなく」
「病気?」
「そうでもなくて、今……お盆ですよ?」
ああ、なるほど。 と鈴が手を叩いて頷くけれど、お盆とはなんだ?
何かの祭りがあるのかと思い率直に利優に尋ねると、幼いかんばせが歪むのを見せられた。
「……先輩って、時々とんでもないほど常識ないですよね」
「ほら、蒼って帰国子女だしさ。 仕方ないところあるよ」
「あ、ボクも家に帰らないと怒られるかもですね……。 バタバタしてたり、暇をしてたのですっかり忘れてました」
「それ、普通に忘れてるよね。 ……私も帰らないとなぁ……。 ママのお説教が怖い……」
二人で話しているが、何のことを言っているのか分からずに戸惑っていると、利優がやれやれと説明を始める。
「お盆は先祖の供養みたいなのをする日本の文化ですね。 まぁ、今ではまとまった休みがもらえることから実家に帰ったりするのが基本的な感じです」
「なるほどな。 ……実家ないから関係ないか。 利優たちも帰るのか?」
「私は帰るかな……。 怒られるし」
「ボクはいつも通り、ずらすつもりですよ。 お盆でもお父さんはお休みもらえませんし、お母さんはいつでもお家にいますから。 先輩のお世話を焼く人が一人はいないとですから」
気を使う必要はないと利優に言うと、小さく……独り言のように男が呟いた。
「ずいぶん、人のような生活をしているな」
まともに話せたのか、ある種当然のことなのに若干驚き、警戒している鈴の横で、少しだけ警戒を解く。
「ああ、ここは悪くないところだ」
頷いた男に、続ける。
「少し休めばいい。 考える時間もあるだろうから」
また、すこし歩く。 白兼は今はいないらしく、男の引渡しはスムーズに終えることが出来た。
なんとなく、昔の組織にいたときを思い出し、ぼうっと歩く。
「……珍しいね」
「何がだ?」
「蒼が、ああいうこと言うの」
「……別に」
「何か思うことでもあったの?」
「いや、特にない。 恨まれないように親しくするフリをしただけだ」
「まぁ、蒼がそういうことにしたいなら、そういうことにしてあげるけど」
微笑む二人を見て、からかわれているようで顔をしかめる。
「あと、俺は一人でも問題ないから、利優も鈴も一度実家に帰れよ」
「えっ、そんなのしたら蒼くん死んじゃうじゃないですか」
「入院中は飯ももらえる」
「寂しくて」
「俺は兎ではない」
軽く頰を掻く。 利優の小さな身体を抱き上げて、脚をはしごに掛ける。腕に掛かる負担に軽く息を吐き出す。
触ることが出来るのは嬉しいが、今のような身体の調子が悪いときだと少し辛いものがある。 いや、でもやっぱり利優の身体は柔らかくて良いものだ。 胸はないが、全身が華奢で柔らかく、俺と同じ生き物であることを疑問に思ってしまう。
「ん、どうかしたんですか?」
「あー、そろそろ身体を鍛え直しておこうかと思っただけだ」
「まだ完治はしていませんよね」
「次の仕事があるからな。 筋力は無理としても、可能な限り体力を戻しておきたい」
腕の中の利優が不満そうに俺を見上げ、服の裾を引っ張る。
「聞いて、ないです」
「言ってないからな。 利優はしばらく別の部署の手伝いをすることになっている。 暦史書の管理の手伝いだから、かなり安全だ」
「……なんで先輩の方がボクよりも早くボクの情報が……」
「俺が有栖川に頼んだからだ」
「後輩である先輩がボクの人事を……」
ややこしい言葉である。 そもそも、利優が俺を先輩と呼んでいるのがおかしいのだが、まぁどうでもいいことか。
利優は不満げな顔を隠すことなく、俺の目を見る。
「……なんで勝手に決めたんですか?」
「始めから、俺一人で利優を守るのは無理だ。 だから、俺がいなくても安全な場所に」
「そうじゃなくて、相談とか、なかったことです。 話すタイミングはいくらでもあったと思うんですけど」
「どちらにせよ、それしか道がないから一緒だろ」
「相談あるかないかで、全然違いますよ」
「何がだよ」
「気分とかですよ」
気分の問題かよ。 子供が親の決めたことに反対するの似たようなものだろうか。 はしごを登りきり、疲れた息を吐き出す。
すぐに鈴も中から出てきて、同じように疲れた顔を見せる。
「なんでこういうところはアナログなんだろ」
「エレベーターになっているところも多いな」
「……つまり、利優ちゃんを抱きたいからわざとここを選んだと」
「……違う。 一番近い出入り口がここだっただけだ」
「その間が悲しいよ……。 多分、私、近いうちに実家に帰るから、利優ちゃんに蒼を任せるよ」
利優は不満げに口を尖らせながらも頷く。
「まぁ、先輩はボクがいないとダメダメですからね。 本当、子供で大変ですよ」
「ここぞとばかりに利優ちゃんが反撃してる……」
軽く埃を払ってから、扉を開けて外に出る。 すぐにマンションに着くのでそこまで送ってから病院に戻るか。
「あ、電話かかってたみたいだから掛け直してくるね」
鈴が携帯電話を片手に少し離れて操作を始めたので立ち止まって電話を終えるのを待つ。
「利優も帰った方がいい」
「変に押してきますね」
「……帰らさないと、利優の父に怒られそうだ」
「何故先輩がお父さんの味方を……。 会ったことないですよね?」
そういえば、利優の父と話をしたことは利優に伝えていなかったか。 少し迷ってから口を開ける。
「一応、少しだけ話した。 挨拶程度だけどな」
「んぅ……先輩がボクと結婚したくて外堀を埋めようとしている……」
「違う」
「まったく、先輩ったらボクのことが大好きなんですから」
「話を聞けよ」
利優はわざとらしい口振りで「やれやれ、先輩ったら困った人なんですから」と言いながら、大袈裟な身振りでアメリカ人のように首を横になって振る。
コロコロと表情の変わる利優に見惚れていると、鈴が戻ってきたので二人をマンションに送った。
そろそろつぎの任務かと思うと、なんとなく寂しく感じるのは……。 利優の言う通りだから、なのだろうか。




