いつも抱える心 1-5
纏まらない言葉。 前提として、自分の内ですら纏まっていないそれを、誤魔化しながら外に発しようとして、分かりやすい言葉になるはずもない。
困らせるばかりで……結局、何も変わっていない。
「……出て行って、ください。 上手く、伝えられないので」
「……そうは言っても、鍵開かないからな」
先輩のその言葉を不思議に思ったら、ボクの鍵を操る能力が上手く発動していないことに気がつく。 いつもは息を吸うように開け閉め出来ていたはずの錠が認識は出来るけど開けることは出来ない。
呼吸の仕方を忘れたかのような違和感と以上な気持ちの悪さ、けれど、この妙な感覚には覚えがあった。
幼い時分の不幸の原因がそれであることを知っている。
「能力の暴走か?」
扉の向こう先輩の声が小さくなる。
小さい頃に、能力の扱い方は学び、暴走なんてあり得ないはずなのに……。
視界がぼやけるように、能力による観測が不安定に歪み、ボクと先輩を隔てている扉と、玄関の扉だけが明瞭に見える。
制御が効かず、親すら殺しかけた能力。 ボクが親元を離れる不幸の元凶。 閉じ込める、拒絶する反する二つの側面を持つ能力。 監禁者。
「あ……」
分かる。 理解する。 これは、解けない。 自分ではもちろんのこと、この能力の力の入り様は尋常ではなく、先輩の対心であっても打ち破ることは不可能だ。
それこそ、この前の空間移動だとか、そういった系統の能力でもなければ、閉じ込め続けてしまうだろう。
「……大丈夫か?」
先輩が、気遣った様な言葉をかけるが、頷くことは到底出来ない。
「……大丈夫じゃ、ないです」
能力の暴走は意識ではなく無意識のうちに行っている。 無意識であれば、眠っていたとしても弱化することはなく、むしろイデアに近づくせいでより強固なものになってしまう。
とん、と座り込む。 また迷惑を掛けている。
「……なんで先輩は、迷惑ばかりのボクのこと、好きなんですか」
「迷惑かけられたら、嫌いになるものでもないだろう」
「普通、嫌になると思うんです」
「利優は……俺のことが嫌いか」
「そんなことはないです」
「迷惑、散々かけてるだろ」
迷惑と感じたことがない。 何をされたかと思えば……押し倒されたり、えっちなことを言われるのはちょっと嫌だけど、それぐらいだ。
それもそんなに多いわけではないので、よく分からない。
「かけられて、ないです」
「……いや、色々あるだろ。 ……まぁ、何か頼まれるのも頼られるのも悪い気はしない」
「先輩は、変わってます」
「普通だ。 頼まれごとをしたら、関われるから、嫌にならない」
「ボクのこと、なんでそんなに好きなんですか」
言っていて、すごく恥ずかしくなる。 自惚れているみたいではないか。
先輩が返事をしないこともあり、どんどんと顔に血液が集まって、見ずにでも真っ赤になっていることが分かるぐらいだ。
「……初めは、すごく可愛らしいと思った」
「……鈴ちゃんの方が可愛いですよ」
「純朴そうで、汚いことを知らなさそうで……すごく、欲しいと思った」
「そんなことないですよ」
「実際その通りだった」
「そんなことないですよ」
ボクだって色々知っているつもりだ。 葵ちゃんとかのクラスの女の子に人には言えないようなことを色々教えられたのだ。
恥ずかしがってるのを面白がっていて、すごく悔しいて思いをした。
「優しくされてより好きになって……今は、よく分からなくなっている」
「……はい」
「いや、好きじゃなくなってるわけではなく。
……こんな例えはあまり気分良くないかもしれないが、例えば利優の顔が、何かの怪我で今と変わっても変わらず好きだろう。
俺のことを嫌いになり、優しく接することを止めたとしても好意が揺らぐことはない」
「……なんで好きなんですか?」
「分からないな」
好かれている。 大切に思われているという感覚だけ、酷く肌を刺すように強く感じる。
諦めがつかない。
「……鈴ちゃんの方がいいんじゃないですか? 可愛いですよ、見た目も。 先輩にも優しいですし」
「いい奴だと思うけれど、俺は利優が好きだ」
「……ボクは、先輩の気持ちに応えませんよ」
「片想いなのは、理解している」
理解してない。 何も。
大好きだと言いたくなる。 言えるはずもないけれど。
「……全然、分かってませんよ先輩は。 自分の気持ちに、気づいていないんです」
「何の話をしている?」
言えるはずないけど、言わずに進めるとも思えない。別のことを言って誤魔化そうとするけど、上手い言葉が見つからない。
「……じ、実は、先輩は鈴ちゃんに惹かれていたんです!」
「いや、それはないな。 可愛らしいとは思うが……」
先輩が扉に手を付けてガタガタと動かしたり、アンチイデアルを使って鍵を開けようとしているが、開かない。
「利優、少し離れていろ」
何だろうと思いながら下がったら、何かが爆発したような音が部屋に響き、目の前に扉が倒れてきた。
「よし、開いた」
「いえ、これは開いたというか……」
少なくとも、ボクの知識の中では、扉をぶっ飛ばすことを開けるとは言わない。
「ああ、壊してはない。 留め具を外してアンチイデアルを使いながら蹴っただけだから、またあとで取り付けることは出来る」
「……そういう問題では」
先輩は困ったような表情をしながら、ボクの近くに寄る。
手を伸ばし、ボクの髪をさらさらと指先で梳かすように動かした。
「心配なんだよ。 利優のことが」
優しい。 本気でそう思っているのだろう。 けれど、その言葉が、ボクにはあまりにも腹立たしかった。
頭に血が上り、口がひとりでに動く。
「……どの口が、言うんです。 ボクの方が、よっぽど先輩のことを心配してますよ!
いっつも、いっつも、いつもいつも! ほうっておけばご飯も食べない、必要ないのに仕事仕事で寝もしない、自分が傷だらけなのに人を庇う。
挙句の果てに……せっかく生きててくれたのに! 死にたかった、みたいな顔をする! あんまりですよ!」
歯止めが効かず口から声が溢れ出る。 閉じられた部屋の中、先輩の傷だらけの顔に手を伸ばして、顔を顰める。
どの怪我も、ボクのせいでついたものだ。
先輩は傷だらけの顔を苦そうに歪ませながら言う。
「そんな顔をしていたのか」
ボクが頷くと、先輩は小さく頭を下げた。
「……ごめん」
「否定してくれた方が、嬉しかったです」
「……少し、死ぬことを期待していた」
あまりにも辛い言葉だ。 正直に思えば、そんな真実は聞きたくなかった。 少なくとも先輩の口からは。
「……先輩が死んだら、ボクは泣きますよ」
「悪い、それは少し嬉しい」
「……歪んでます」
彼を救いたい。 救えない。
けれど、言いたいことも、ほんの少しだけ分かるところもあった。
自分がいなくなったら悲しむ人がいるのは、嬉しいことだろう。
自分がそうでも、先輩にはそうであってほしくなく、涙が出る。 先輩がボクを見るので、先輩の鳩尾の辺りに顔を押し付けて涙を拭く。
先輩には、生きたがってほしい。




