いつも抱える心 1-4
戸惑ったような表情。 困らせていることは分かるけれど、あまりの痛みに泣くことを止めることは出来ない。
先輩がボクの頰に手を触れる。 親指を撫でるように動かして涙を拭った。
「ごめん。 俺、守ろうと思って。 怪我したのか? 痛いのか? ……大丈夫か?」
首を横に振る。 優しくされるほどに申し訳なさが強くなり、どうしようもないほどの自己嫌悪に襲われる。
上手く言葉に出来ず、途切れ途切れの声が続いて出るだけだ。
「ごめん、なさい」
やっと出た言葉、小さな謝罪の声を先輩に向かって発し……耐えられなくなって、立ち上がる。 扉が開いて、鈴ちゃんが中に入った瞬間に、鈴ちゃんの脇を走って部屋から出る。 先輩が動こうするけれど、それよりも先に能力を発動して、鍵を閉じる。
十分ほど閉じていれば、追ってくるのも無理だろう。
走って外に出る。 もう息が切れている。 夕方になっていて、夕陽が目に染みる。
けれど、早く逃げたくて走る。 どこに走ったらいいのか分からずに、走り回っていたら、見知った道に出た。
「塀無……? 大丈夫か?」
名前が呼ばれてそちらを見たら、昔はよくお世話になっていた人で、先輩と一緒にいるようになってからは話すこともほとんどなくなった人だ。
先輩のことが嫌いなのだ。 この人も。
返事すら、したくない。 何で先輩はあんなにいい人で、頑張っているのに、嫌う人ばかりなんだ。 理不尽だ。 もっと見て。 見れていないのは、ボクもそうだけれど。
手間がかかっても人のためになろうとして、辛くても頑張って、痛くても守ろうとして……なのに、嫌う人がいる。
そんな人、嫌いだ。 先輩を嫌いになる人も、虐める人も、大嫌いだ。
返事なんてしてやるものか。 袖で涙を拭って、乱れた息のまま駆けて、組織のマンションに向かう。 自分の部屋に入って、鍵を閉めて、能力を発動して、誰にも入ってこれないように、誰からも干渉されないように、部屋に閉じこもる。
「うぁ……ああ……」
息が整わないまま、涙と声が漏れ出す。
「うわぁぁ……ん。 うぁーん」
考えが纏まらない。 先輩には、辛いことばかりだ。
何であんなにいい人が、辛い思いをしないといけないんだ。
「先輩、蒼くん……先輩、先輩……」
彼の名前を呼ぶ。 何度も呼ぶ。 いつものように頭を撫でてくれるように思ったけれど、ボク以外がここにいるはずがなく、ただ名前を呼ぶだけだ。
ボクじゃあ幸せに出来ない。 傷つけてばかりだ。 だから、鈴ちゃんと仲良くさせないと。
辛くない、はずがない。 諦めきれない。 泣く、涙を流して、だだをこねるように手足を動かして床を叩く。
こういうときに、鍵の能力はいい。 誰からも入られることはないし、能力を発動していれば揺れが別のところに伝わることもない。
だから、好きなだけ喚ける。 鬱屈した気持ちを吐き出すように大声で泣いて、一人の寂しさに身体が冷えるような感覚がする。
「……もっと、上手く、やれたのでしょうか」
自分の友達とはまた違う好意に気が付いていたら、先輩の気持ちに応えてあげれて……交際とかしていたら、先輩があんな顔を、生きていたことにガッカリとすることはなかったのか。
それは……たぶん、違う。 ボクが何を思おうと、先輩にとっては……死んだお母さんよりも下だ。
どうせ、ボクなんて先輩にとってはその程度の存在でしかない。 好きだ好きだと言われても、結局……好かれているだけで、先輩に影響を与えられる存在ではない。
恋愛感情なんて、その程度のものなのだろう。
泣き疲れたまま、床の上で目を閉じる。 少し落ち着いたらベッドの上に移動しようと思うけど、今は動きにくい。
目を閉じていたら、いつの間にか寝ていた。
◇◆◇◆◇◆◇
目が覚める。 暑さで苦しい布団を退けて、目の痛さに違和を覚える。 ああ、昨日は泣き疲れて寝てしまったのか。
床の上で寝たから全身痛いだろうと思って、起き上がるの嫌だなぁと思っていると、目の周り以外はあまり痛くない。
「布団?」
ベッドの上に寝ていて、見覚えのある天井に、隣に人の感じ……。
先輩かと思って逃げるようにベッドから飛び起きて離れると、ベッドの上に寝ていたのは小柄な女の子……鈴ちゃんだった。
「ん、あ、起きた?」
「何で……いるんですか」
目の周りが乾いた涙でボロボロになっていて、目が充血していることが鏡で見ずにでも分かる。 それが見られたくなくて顔を隠しながら尋ねると、鈴ちゃんがポリポリと頰を掻く。
「まぁ……突然泣きながら逃げてたから……。 初めは蒼に悪戯されたのかと思ったけど」
「……先輩はそんなことしませんよ」
頷いた鈴ちゃんを見る。
「何で泣いてたの? 蒼の話だと、よく分からなくて……」
「……その、先輩が悪いのでは、ないです」
「それは分かるんだけど……」
「あまり、言いたくないです。 鈴ちゃんには」
俯いていたら、鈴ちゃんがベッドから立ち上がる。
「なら、私は出て行くね。 ……あとはお若い二人にお任せして、おほほほ」
少し落ち込んだ声色で、鈴ちゃんは謝るように頭を下げながら外に出て行く。 頭を下げた先はボクではなくて、ボクの後ろで……。 お若い二人? と思って振り返ると、包帯でグルグル巻きの男の人が立っていた。
「利優」
声を掛けられて、びくりと肩が震える。
何で能力を使っていたのに入ってこれたのだろうかと思ったら、鈴ちゃんがいない間に部屋が埃まみれにならないように掃除してくれるって言ってくれたので、合鍵を渡していた。 先輩がボクの能力を無効化して、鈴ちゃんの鍵で開けたら普通に入れるだろう。
着の身のまま着たらしく、病院でよくある簡素な寝巻き姿で動いて大丈夫なのか不安に思ってしまう。
瞬きしたら目が痛くて、今の自分の格好を思い出し、急いでベッドから布団を取ってそれをかぶって顔を隠す。
「せ、先輩! 出てってください!」
「……あ、あぁ」
落ち込んだような暗い声が聞こえたので、急いで否定する。
「先輩が嫌なのではなくて、その……昨日、お風呂入ってないですし、服もしわくちゃになってますし……目も酷いことになってて……」
「気にしないが」
「ボクが気にしてるんです!」
渋々といった様子で先輩は寝室の外に出ていく。 扉越しに先輩がいることが何となく分かり、着替えたり髪を溶かしたりする音が聞かれることが何となく気恥ずかしくて、ボクも扉を背にして座る。
「……なんで泣いてたんだ」
扉越しに先輩の声が聞こえる。
「……なんでもないです」
「なんでもないはないだろ。 あれを見て、心配しないわけ、ないだろう」
どの口が言うのだろうか。 ボクよりも、よほど先輩の方が酷いだろう。
「……先輩に心配されたく、ないです」
「心配するのは仕方ないだろ」
まるで自分の怪我や傷がないように、自分の心が傷ついておらず、ボクだけが辛い思いをしているかのように先輩は話す。 酷いと思う、なんでボクを優先する。 先輩を優しくするべきだ。
みんなも、ボクも、先輩も、先輩に優しくしてあげて欲しい。
先輩ばかり辛い思いをするのなんて、認めたくない。
「……ボクが心配されるようなことじゃないですよ」
「なら、何なのか教えてくれよ」
貴方が死にたそうにしていたのが辛かった。 なんて言えるはずもない。 言ってしまえば、臆面もなく「貴方が好きだから、一緒にいたい」と言ってしまい、鈴ちゃんとくっつける作戦を放棄してしまいそうだった。
ボクと一緒にいたら、また今みたいになると思う。 だから、ボクは諦めないとダメだ。
それに、先輩を好きになったのは、鈴ちゃんが先だ。




