第108話
「やぁ、いらっしゃい。ヒビキ君」
俺の前にはウェフベルク領主であるギーレンが笑顔を浮かべて執務室の椅子に座っている。
俺がなにも言わずにじっと見つめると、段々と落ち着きを失ってそわそわしだした。
「な、なにかな? あ、そうだお茶でもどうかな?」
そそくさと部屋の外の使用人にお茶の用意を指示するギーレン。
「ギーレンさん、俺になにか言いたい事ってないですか?」
「い、言いたいこと?良くわからないなぁ?」
アルラウネのウィキーは近くの街から逃げ出したと行っていた。うちの村から一番近いのはもちろんこのウェフベルクだ。
ギーレンが有能な領主ならきっとなにか掴んでいるだろう。
少し、揺さぶりをかけてみる。
「最近、この辺では見かけないモンスターを見つけまして」
ギーレンは少しだけ反応したがすぐにいつもの顔に戻る。
「うちの村の中まで侵入してきて、あろうことか俺の畑に手を出しまして」
「そ、それは災難だったね」
「えぇ、予定が狂ってしまいました。それも大幅に」
もちろん、上方修正なのだが嘘ではない。
「モンスターを問い詰めたところ無理矢理ここに連れてこられたと言っています。俺はこの犯人を探すつもりなんですがなにか知りませんか?」
ギーレンは勢い良く首を横に振っている。
「そうですか。では犯人探しは自分でやります。徹底的に」
「ま、まぁ、待つんだ。慌てても仕方がないさ。勘弁してくれ」
最後は本音混じりに懇願してきた。ようやく腹を割って話せる準備ができた。
「とはいえ私が知っている事は少ないんだ。どうやら、錬金術師ギルドの一部の人間が密売を行っているらしい」
魔王出現による経済効果として、魔法薬や医療品の価格の上昇が始まったらしい。
薬品や素材を大量に扱う錬金術師ギルドでも、横領や横流しをするものがかなりいる。
しかし、ギルドの支部長であるフランクによる正常化対策によって正規の在庫に手を出す事が難しくなり、素材調達に繋がったようだ。
「それならそう言えばいいのに」
「君に弱味を見せるのはなかなか勇気がいるんだよ」
「なんなら、また接待してくれれば気持ち良く働くんだけど?」
おどけて見せるが本心だ。
「いや、やめておくよ。先程から彼女の視線が怖い」
エミィさん怖いです。
ギーレンから事件の大体の事情を聞いたので次は当事者である錬金術師ギルドの支部長であるフランクさんと話してみることにした。
道すがら何度か暴漢に襲われてしまった。
「この街の治安ってこんなに悪かったか?」
「いえ、襲われることがゼロとは言いませんでしたが、ここまでではなかったです」
地面に倒れている本日五度目の襲撃者達を足蹴にしながら会話していると顔見知りが近づいて来た。
「おお、フレイか。元気だったか?」
フレイは魔族に取りつかれた後遺症で意識不明になった貴族の御令嬢の護衛騎士だ。
うちのメンツと仲が良いので忘れがちだが、フレイはお嬢様の身の回りの世話のためにウェフベルクに住んでいる。
「ヒビキ、戻ったなら連絡くらいよこせ。まったく」
このままついてくると言うのでフレイに最近の街の雰囲気を聞いてみる。
「そうだな。冒険者、錬金術師、魔術師の3つのギルドは活気づいてる。人の出入りもすごい。おかげで変な奴等も増えたんだよ」
俺達を襲ってきたのはその新参者達って事か。
「そうだな。お嬢様の事件以前からお前たちを知ってて手を出すバカはこの街にはいないだろ?」
「お前みたいに?」
ウグッ、と変な声を出すフレイ。初対面の時の事を思い出したようだ。
どうもここ最近フレイも暴漢に襲われることが何度かあったらしい。
事態は思ったよりも深刻なのかもしれない。
錬金術師ギルドに到着するとカウンター周辺は2種類の集団が睨みあっていた。
片側の集団にまたも顔見知りを見つける。
冒険者パーティー『灼熱』のリーダー、フェールだ。
「ヒビキ、帰ってたのかい?こっちに来なよ」
なかば強引に片側の集団に取り込まれてしまった。
「フェール。これはなんだ?俺はフランクさんに話があるんだよ」
「良かった。やっぱりヒビキは支部長派だったね」
向かいの集団を確認するとお世辞にもお上品とは言えない男達がこちらを威嚇してくる。
フェールに聞くとあいつらは、副支部長派らしい。
「副支部長なんていたのか?」
「いたらしいよ。この街に長くいるやつらに聞いても知らないやつの方が多かったけどね」
今まで全く表に出てこなかった副支部長が急に力をつけ、勝手に冒険者達と繋がってさらに利益と権力を得ている状態のようだ。
これはしばらく村で大人しくしてた方がいいかな。
そんな考えを実行不能にしてくれる爆弾発言をフェールが放った。
「聞け、お前ら!!この男は『悪夢の一夜』を終わらせた男だ!!」
ザワッと集団に動揺が走る。フェールはさらに畳み掛ける。
「さらには『すすり泣きの封印石』を造り出した人物でもある」
まあ、造ったと言えないこともないが。先程より大きなざわめきが走る。
どうやら、『すすり泣きの封印石』の噂が完全に独り歩きしているようだ。
この街の冒険者で『すすり泣きの封印石』を粗雑に扱える奴は居ない。とフェールに太鼓判を押された。
「さらにこいつは『加護』持ちでもある」
個人情報の大盤振る舞いだ。これからはフェールには大切な情報を漏らさないようにしよう。
犠牲は払ったが、効果はあったようだ。副支部長派は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
フェールに礼を言われたが本当に何もしていないので返事に困る。
とりあえず、フランクさんに取り次いでもらうようにお願いすると、5分ほどで奥に呼ばれた。
「やぁ、ヒビキ君。いらっしゃい。エミィさんもようこそ」
応接室にはややヤツれた印象のフランクが力無く笑っている。
「どうされたんですか?受付でも副支部長派とか言う奴等に絡まれそうになりましたけど、それと関係がありますか?」
エミィが心配そうに話を聞いた。
あまり深入りしたくは無いんだが、フランクは『白磁器』の取引で世話になっている。
ここで倒れられるのはこちらも困る。
「身内の恥でお恥ずかしいが。今、この街の錬金術師ギルドは2つの派閥に別れて争っているんだ」
もちろん、殺し合いではなく錬金術師としてだが、と続けるフランク。
そもそも、副支部長とはどんな奴なのか?
社交的なフランクとは違い、生粋の錬金術師との事だ。偏屈で利己的。ついでに対人恐怖症でヒキコモリ。
「何でそんな奴が副支部長なんです?」
「錬金術師としての才能はピカイチだったからさ」
この支部の上位の魔法薬の作成はすべて副支部長が行っていたらしい。
そんな世間知らずをそそのかした奴がいたらしい。
『なぜ支部で一番の実力を持つあなたが副支部長なのですか?』と、
その言葉でその気になった副支部長はそそのかされるままに横領、横流しを始めた。
多くの資金と無視できない実績を持って支部長となるために。
その為の行動が激化しており、仕方なくフランクも護衛と言う形でフェール達を雇っているとの事だ。
「無視できない実績?」
「彼は、ある『アイテム』を作成しようとしているみたいなんだ」
そのために密売の品にまで手を出し始めた。ということらしい。
「どんなアイテムか、と言うのは掴めていないんですか?」
「ああ、今では作ることの出来なくなっている品らしいんだけどね」
錬金術師の作ることの出来るアイテムは、魔法薬や特殊な効果のついた装飾品。
フランクの言い方だと、装飾品のように思えるが。
準備した品が、魔法薬の素材を産み出すアルラウネとはなんともちぐはぐな感じではある。
「あれ?」
そこまで聞いて気がついた。フランクは何故ここまで詳しい事情を俺に教えるのか?
「フランクさん、なぜ私たちにそこまで教えていただけるのですか?」
エミィも同じ疑問に行き着いたようだ。俺もフランクの顔をじっと見つめる。
「恥の上塗りで申し訳ないのだが、他に頼れる人がいなくてね。フェールくん達は良くやってくれているが、いかんせん錬金術師の知識がない」
その点、俺達ならエミィがいる。
「俺達に何をしろって言うんです?」
「さっきも言った通り、うちの副支部長が自分だけであんなことを始めるとは思えないんだ。どこかに黒幕がいるんじゃないかと思うんだよ」
つまり、それを探せと。
「もちろん、謝礼はするよ」
この通り、と頭を下げてお願いしてくるフランク。
ちらりとエミィの方を確認すると目があった。エミィはニコリと笑顔を浮かべながら小さく頷く。
「わかりました。俺達に出来る事なら協力します」
「おお、そうか。ありがとう、ありがとう」
フランクに両手を握られてブンブンと上下に振られる。
フランクとはそのまま依頼の条件について話し合うことにした。
折角の機会なので、うちの新人達にも仕事を与えようと考えている。
「と、言うわけで戻って早々だけど早速お仕事の話です」
フランクとの擦り合わせも済み、村でみんなとミーティングを始める。
参加メンバーは、アイラ、エミィ、ジル、サイ、とその膝の上にいるヤクゥ、面白そうと着いてきてヤクゥの真似をして俺の膝の上にいるリーラン。
そして、ケンタウルスの夫婦であるシロンとホロン、奴隷戦士のジーナ。すでに居眠りを始めたビルギット。
最後にお客様扱いのはずのリザードマン、ゲルブ族の姫ピノと従者のヤテルコである。
台所ではついてきたフレイが半魔族メイドのラティアを手伝って夕食の準備をしている。
「とりあえず、冒険者ギルドによって最近この街に来た奴等の事を聞いてみた」
俺の世界ほどの個人情報保護の意識が無いのはフェールの振る舞いでよーく分かったので遠慮無く聞いた。
新参者達をまとめているのが3人。
パーティー『暴れ牛』のリーダー、ジム・ダッシュブル。
はぐれ者のまとめ役、ジョン。
『元勇者候補』、『惨殺セロ』。
この辺りが怪しいだろう。
「なんだよ、最後の『元勇者候補』って?」
サイが真剣な顔で質問してくるが、膝の上のヤクゥのせいでシュールだ。
「勇者候補になったけど、教会関係者ごとモンスターぶっ殺してすぐクビになったんだとさ」
セロはそれを武勇伝のように自ら語っていたらしい。
「もう、そいつで決まりでいいんじゃないか?」
うんざりした顔でシロンが言う。俺もそう思うが調査は大事だ。
それに、『暴れ牛』のジムも名前のわりに頭が切れるやつみたいだし。
実質、最も多くの部下を持つのはジョンらしいのだ。
セロはほとんど1人でなんでもこなすらしい。
「人間にはいろんな方がいるんですね」
ピノが感心したように頷いている。
リザードマンにもいろんな(種類、種族の)奴がいるだろう、と聞くと納得してくれたみたいだ。
「とにかく、新人連中には初仕事だ。気合い入れて当たるように」
俺は3人の監視役を割り振って解散を告げる。
「主は意地悪じゃのぅ」
解散しても残ったジルから笑みがこぼれる。
「どうせ、わらわのゴーストで二重監視するつもりじゃろ?」
「ジル、ご主人様はみんなに経験を積ませた上で安全にも配慮してくださっているのよ」
エミィがジルをたしなめる。
「その通りです。ご主人様は家族に優しいです」
アイラもエミィに加勢する。
「そんな事は分かっておるわぃ」
きゃいきゃいとまさしく姦しい状況になってしまった。
まぁまぁと3人をなだめようとしたが、『いつもは優しいが、ベッドの中では優しくない』という結論を出され、あまつさえ夕食前に実演させられてしまった。
ならば、優しくしてやろう、と3人を相手にソフトなタッチを心がけると3人で口を揃えて『やっぱり優しくない』と不満顔だった。
どうやら夕食の後にも検証は続くようだ。
ラティアに頼んで夕食にスタミナのつく物を追加してもらった。
すみません。又新キャラ増えました。
某アニメのエンドテロップに登場人物二人!!
のようないさぎ良い事がしてみたいです。




