第4話 最初のループ
仲間たちと話を終えたことで、ノアはようやく今の状況に少しずつ慣れ始めていた。
《グラン・クボ・ボジェーロ》。
《生命の書》。
第五階層。
数々の試練。
まだ理解できないことは山ほどあった。
それでも、少なくとも進むべき道だけは見えていた。
今、彼はキューブの通路へと続く巨大な木製の扉の前に立っていた。
その瞳は期待に輝き、手はわずかに震えている。
(ここから、俺の物語が始まる……)
そう思いながら、ノアは拳を強く握り締めた。
(俺だけの、大きな物語が)
彼は目を閉じ、頭の中でその光景を思い描く。
魔物。
冒険。
激しい戦い。
秘宝。
子どもの頃から夢見てきたものが、その先には待っている気がした。
「ノア、何してるの?」
不意に背後から声が聞こえた。
「うわあっ!?」
ノアは大げさなくらい飛び上がり、危うく扉にぶつかりそうになる。
慌てて振り返ると、そこにはレベッカが立っていた。
彼女は不思議そうな表情でノアを見つめている。
「び、びっくりしたよ、レベッカ……」
ノアはぎこちなく笑いながら頭をかいた。
「急に声をかけないでくれよ。」
しかし、レベッカは何も言わない。
笑いもしない。
ただ、じっとノアを見つめ続けていた。
その視線を受け、ノアの笑顔は少しずつ消えていった。
「あっ……」
ノアは頭をかいた。
「なあ、レベッカ。」
「何?」
「どうして君だけここに残ったんだ?」
ほかの仲間たちは、数分前に部屋を出ていった。
説明によれば、第四階層へ進むために必要な試練へ挑戦しに行ったらしい。
記憶を失ったノアを連れて行くのは危険だと判断し、彼だけをここに残したのだ。
そして、レベッカが彼のそばに残ると言い出した。
「はぁ……」
レベッカは長いため息をついた。
ゆっくりと顔を上げる。
そして、一歩前へ踏み出した。
ノアは瞬きをする。
レベッカはもう一歩。
さらに、もう一歩。
気づけば、彼女は目の前まで来ていた。
近い。
あまりにも近い。
ノアは思わず後ずさったが、背中は木製の扉にぶつかった。
「お、おい……」
レベッカは腕を組み、青い瞳でまっすぐノアを見つめる。
その視線は一瞬たりとも逸れなかった。
「ねえ、ノア。」
「え?」
「何を隠してるの?」
その一言に、ノアの背筋を冷たいものが走る。
「隠す……?」
「昔から、あなたは嘘をつくのが下手だった。」
レベッカの表情は真剣そのものだった。
「記憶喪失なんて話は、もうやめて。」
「でも、俺は……」
「本当のことを話して。」
ノアは静かに唾を飲み込む。
レベッカはさらに一歩近づいた。
「第四階層の試練を突破する方法、知ってるんでしょう?」
「……え?」
「あなたは、いつだって答えを見つけてくれた。」
その声は少しずつ震え始める。
「いつも、何をすればいいのか知ってた。」
「レベッカ、俺は……」
「秘密は守る。」
彼女は拳をゆっくりと握り締めた。
「誰にも言わない。」
「レベッカ……」
「だから、教えて。」
ノアは視線を落とした。
何を答えればいいのか分からなかった。
隠していることなど何もない。
本当に、何も思い出せないのだから。
「……ごめん。」
レベッカは奥歯を強く噛み締める。
「ノア……」
「全部、忘れたんだ。」
「ノア。」
「本当に、何も覚えてない。」
「言ってよ、ノア!!」
彼女の叫びが部屋中に響き渡った。
ノアはその場で固まる。
そして初めて気づく。
苦しみ。
恐怖。
絶望。
そのすべてが、レベッカの表情に刻まれていた。
まるで最後の希望にすがりつくように。
「お願い……」
震える声で彼女は呟く。
「私のことまで忘れたなんて……言わないで。」
その言葉は、ノアの胸を強く打った。
レベッカはゆっくりとうつむく。
肩が小さく震えていた。
「お願い……」
一粒の涙が床へ落ちる。
そして、また一粒。
さらに、もう一粒。
「……あの約束まで、忘れたなんて言わないで。」
ノアが反応するより早く、レベッカが彼にしがみついた。
ぎゅっと強く抱きしめる。
まるで、もう二度と失いたくないと願うかのように。
ノアはその場で固まった。
何も分からなかった。
どんな約束を交わしたのかも。
二人の間に何があったのかも。
レベッカの知る「ノア」がどんな人間だったのかも。
それでも――
目を覚まして以来、初めて思った。
記憶を失った自分が、心の底から嫌になった。
レベッカの悲しみだけは、はっきりと伝わってきたからだ。
なのに、自分には彼女へ返せる答えが何一つなかった。
レベッカはなおもノアを抱きしめたまま、肩を小さく震わせて涙をこらえていた。
ノアは動くこともできない。
何をすればいいのか分からない。
何を言えばいいのかも分からない。
そして、彼女が口にした「あの約束」が何なのかも知らなかった。
それでも、その声に宿る痛みだけは伝わってくる。
それだけで、胸が締めつけられるような罪悪感を覚えた。
そのときだった。
扉がゆっくりと開く。
「おーい!」
明るい声が、重苦しい空気を一瞬で吹き飛ばした。
二人は慌てて体を離す。
部屋へ入ってきたのは、黒髪の少女――メインだった。
彼女はいつものように気楽な笑みを浮かべている。
「ロクシーが、もうみんなのところに来ていいって。」
ノアは軽く咳払いをする。
レベッカも急いで目元をぬぐった。
数秒の間、誰も口を開かない。
ノアは横を向き、
レベッカは反対側へ視線を逸らす。
気まずい空気が部屋いっぱいに漂っていた。
メインは一度瞬きをする。
もう一度瞬きをする。
そして二人を交互に見比べ、首をかしげた。
「……どうしたの?」
沈黙。
「何かあった?」
「な、何でもない!」
ノアがあまりにも早口で答えた。
メインは片眉を上げる。
「本当に?」
「本当に何もない。」
「すっごく怪しいんだけど。」
「怪しくない。」
「いや、怪しい。」
「怪しくない。」
「怪しい。」
「怪しくない。」
レベッカは二人のやり取りを眺めていた。
そして、ここ数分で初めて、小さく笑みを浮かべた。
メインは腕を組み、じっと二人を見る。
「うん、絶対に何かあったね。」
「何もなかった。」
ノアとレベッカは、ぴったり同じタイミングで答えた。
メインはしばらく二人を見つめる。
やがて肩をすくめた。
「まあ、いいけど。」
そう言って扉のほうへ向き直る。
「ロクシーが待ってるよ。」
レベッカは静かに息を吐いた。
「……行こう。」
ノアは黙ってうなずいた。
そして、三人は部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
《グラン・クボ・ボジェーロ》の広大な石造りの回廊を、ノア、レベッカ、そしてメインの三人が歩いていた。
壁に埋め込まれた照明が薄暗く通路を照らし、三人の足音だけが静かな空間に響く。
どこまでも続く石の迷宮。
ノアにとって、その光景はいまだに現実味がなかった。
時折、自分が地上一万メートル以上の高さにいることすら忘れてしまうほどだった。
「そういえば。」
レベッカがふと口を開く。
「ロクシーは、どうして私たちを呼んだの?」
「うーん……実は私もよく知らないんだよね。」
メインは両手を頭の後ろで組みながら答えた。
「ノアの記憶喪失と、第四階層の試練について話したいって言ってただけ。」
「そうなんだ……」
レベッカは小さくうなずき、考え込むように視線を落とした。
一方、その隣を歩くノアは、まったく別のことを考えていた。
(今しかない。)
彼は後ろを見る。
前を見る。
そして意を決して口を開いた。
「あのさ……」
二人の少女が同時に振り向く。
「ん?」
メインが首をかしげる。
「その……」
ノアは首の後ろをかいた。
「忘れ物しちゃった。」
レベッカが眉をひそめる。
「忘れ物?」
「うん。」
「何を?」
「えっと……」
ノアは目に見えて焦り始めた。
「大事なもの。」
レベッカは納得していない様子だった。
「取ってきたら、そのままみんなのところへ行くよ。」
彼女はさらに眉を寄せる。
「道は分かるの?」
ノアは口を開き――
「……」
「もちろん。」
嘘だった。
道なんて、まったく覚えていない。
メインは通路の奥を指差した。
「オッケー。そのまま真っすぐ行けばいいよ。あの扉の向こうでみんな待ってるから。」
「助かった。」
「迷子にならないでね。」
「ならないよ。」
「なる。」
「ならない。」
「絶対なる。」
「ならないって。」
メインはくすっと笑った。
「じゃあ、頑張ってね。」
「Thank you――」
ノアは思わず英語で返しかけ、
すぐに固まった。
静寂が流れる。
レベッカとメインもその場で動きを止めた。
「「え?」」
二人の声がぴったり重なる。
ノアの顔から血の気が引いた。
(……しまった。)
(……やばい。)
「ち、違う違う!」
慌てて咳払いをする。
「ありがとう!」
レベッカはじっと目を細める。
メインは不思議そうに首を傾げた。
二人とも何も言わなかった。
だが、その瞬間――
二人の頭には、まったく同じ感想が浮かんでいた。
(今の、なんか変だった。)
◇ ◇ ◇
ノアは《グラン・クボ・ボジェーロ》の果てしなく続く石造りの回廊を歩いていた。
壁に埋め込まれた明かりが淡く通路を照らし、静寂だけが辺りを包み込んでいる。
レベッカたちの姿が完全に見えなくなったことを確認すると、彼は大きく息を吐いた。
「ふぅ……」
胸に手を当てる。
「危なかった。」
左右を見渡す。
誰もいない。
本当に、誰一人として。
その瞬間、ノアの口元ににやりと笑みが浮かんだ。
「もう少しでバレるところだった。」
もう一度、周囲を確認する。
「でも、もう大丈夫。」
自信満々に胸を叩く。
「今の俺は完全に一人だ。」
鼓動が速くなる。
目を覚ました瞬間から、ずっとこの時を待っていた。
「よし……」
ごくり、と唾を飲み込む。
「いくぞ。」
一歩下がる。
さらにもう一歩。
そして片手を前へ突き出した。
指を大きく広げる。
真剣な表情。
鋭い眼差し。
「ファイアボールッ!!」
叫び声が回廊中に響き渡る。
返ってきたのは――静寂だけだった。
「……」
「……」
「……」
何も起こらない。
本当に、何一つ起こらなかった。
ノアは瞬きをする。
「なるほど。」
ゆっくりとうなずいた。
「集中が足りなかったんだな。」
当然だ。
アニメではいつもそういうものだった。
彼は目を閉じる。
深く息を吸い込む。
再び腕を突き出した。
今度は何かを感じようと意識を集中させる。
魔法。
マナ。
力。
何でもいい。
数秒が過ぎる。
そして――
「おっ!」
ノアの目がぱっと開いた。
「きたかも!」
嬉しそうに笑う。
「なんかピリピリする!」
大きく息を吸い込み、
これ以上ないほど格好いい構えを決める。
そして、全力で叫んだ。
「ファイアボールッ!!」
……。
静寂。
またしても。
火花一つ散らない。
煙も出ない。
小さな火種すら現れない。
何も。
本当に何も起こらなかった。
「くぅぅっ……!」
ノアの額に青筋が浮かんだ。
「くそっ!!」
ノアは半ばやけになりながら、次々と試し始めた。
「ウォーター!」
……何も起こらない。
「ライトニング!」
……何も起こらない。
「ウィンド!」
……何も起こらない。
「アイス!」
……何も起こらない。
「魔法!」
……何も起こらない。
「お願いだから魔法出てくれぇぇぇ!!」
……何も起こらなかった。
数分後。
ノアは両膝に手をつき、肩で大きく息をしていた。
完全に力尽きている。
「なんだよ、この世界……」
天井を見上げる。
「俺、能力ゼロなのか?」
そのとき、不意に動きが止まった。
「……あ。」
「待てよ。」
「もしかして……」
瞳が再び輝く。
「ステータス!」
待つ。
……何も起こらない。
「状態!」
……何も起こらない。
「ステータスウィンドウ!」
……何も起こらない。
「メニューオープン!」
……何も起こらない。
「システム!」
……何も起こらない。
「キャラクター画面!」
……何も起こらない。
返ってくるのは、静寂だけだった。
「ああああっ……!」
ノアは頭を抱える。
「この世界、本当にクソじゃないかぁ!!」
苛立ちのまま足元にあった小石を思い切り蹴り飛ばした。
小石は石畳の上を何度も跳ねながら、回廊の奥へ転がっていく。
「……もう、みんなのところに戻ろう。」
そう呟き、ノアは再び歩き始めた。
「もしかしたら、みんななら俺の能力を知ってるかもしれない。」
あのノアは第三階層までたどり着いていた。
だとすれば、何か特別な力を持っていたはずだ。
……そうだよな?
……そう、だよな?
ノアは走り出した。
しかし、いくつもの回廊を走り抜けて数分が過ぎたころ、不安が胸をよぎる。
景色が変わらない。
石。
また石。
そして、どこまでも石。
同じ照明。
同じ通路。
同じ角。
ノアは少しずつ足を緩めた。
やがて完全に立ち止まる。
「……やばい。」
左を見る。
右を見る。
そして後ろを振り返る。
「迷ったかも。」
冷たいものが背筋を走った。
そのとき――
数メートル先にある巨大な穴が目に入る。
壁が大きく崩れ落ちたような場所だった。
かつては扉でもあったのだろう。
しかし今は、何もない。
ただ、大きな空間が口を開けているだけだった。
ノアはゆっくりと近づいていく。
そして――目にした。
雲。
どこまでも広がる、果てしない白い雲海。
風が勢いよく頬を打つ。
髪が激しく揺れた。
そこで初めて、ノアは《グラン・クボ・ボジェーロ》の外の世界を目にする。
思わず目を見開いた。
その穴の向こうには――
地面など存在しなかった。
足元には、どこまでも続く底知れない奈落だけが広がっている。
ノアはゆっくりと崩れた壁際まで歩み寄る。
近づくほど、風はさらに強くなっていく。
そして縁に立った瞬間――
「……うわぁ。」
思わず息を呑んだ。
そこには、息をのむほど壮大な景色が広がっていた。
白い雲の海は地平線の彼方まで続き、
空を満たす光は、これまで見たどんな景色よりも美しく輝いている。
雲の下には、巨大な岩塊がいくつも宙に浮かんでいた。
あるものは建物ほどの大きさ。
あるものは、小さな浮遊島のように静かに漂っている。
まるで《グラン・クボ・ボジェーロ》が長い年月の中で欠片を失い、
その残骸が今なお巨大な立方体の周囲を漂い続けているかのようだった。
強い風がノアの髪を揺らす。
しばらくの間、彼はただ景色を見つめていた。
何も考えず。
何も心配せず。
「……きれいだな。」
自然と笑みがこぼれる。
「迷ったのも悪くなかったか。」
彼はその幻想的な景色を、静かに眺め続けた。
目を覚ましてからというもの――
これほど心が落ち着いたのは初めてだった。
「でも……」
ノアは半歩だけ後ろへ下がる。
「これ以上は近づかないほうがいいな。」
足元を見下ろした瞬間、
膝が小さく震えた。
「あと一歩で落ちそうだ。」
乾いた笑いが漏れる。
「ははは……」
もう一度だけ、壮大な景色を目に焼きつける。
「よし。」
踵を返した。
「みんなを探しに――」
そこで、不意に動きが止まる。
「……え?」
何かに引っ張られた。
普通の感覚ではない。
まるで見えない何かが、全身を強引につかんだようだった。
「え?」
「え?」
「えぇっ!?」
次の瞬間。
足元から世界が消えた。
「うわああああああああっ!?」
景色が激しく回転する。
空。
雲。
岩。
闇。
そして、また空。
落ちているのか。
飛んでいるのか。
それとも何かに引きずられているのか。
ノアには何一つ分からなかった。
胃の中が激しくかき回される。
あまりの衝撃に、目を開けることさえできない。
「何が起きてるんだああああっ!?」
轟く風の音。
雲が信じられない速度で流れていく。
身体は何度も何度も回転し続ける。
脳が現実を理解することを拒んでいた。
やがて――
猛烈な吐き気が襲う。
「うっ……!」
とっさに口を押さえる。
だが、間に合わなかった。
「ぶっ……!」
ノアは激しく嘔吐した。
息を吸おうとする。
しかし、吐しゃ物の一部が喉に入り込んでしまう。
「がっ……!」
目が大きく見開かれた。
咳き込もうとする。
息を吸おうとする。
何とかしようともがく。
だが、恐怖がすべてを支配していた。
酸素が足りない。
意識が急速に遠のいていく。
視界はぼやけ、
身体から力が抜けていく。
そして、ゆっくりと――
すべてが闇に沈んだ。
最後に感じたのは、
何かにぶつかる衝撃だった。
動かない何か。
硬い何か。
そして――
途方もなく巨大な何かだった。
◇ ◇ ◇
「……ノア。ノア……」
遠くから声が聞こえる。
深い霧の向こうから届くような、かすかな声だった。
「ノア、起きて。ノア。」
ノアはゆっくりと目を開ける。
視界はぼやけていた。
映像が現れては消え、
色の染み。
影。
光。
闇。
「……ここは?」
喉はひどく渇いていた。
「俺は……どこに……?」
少しずつ視界が鮮明になっていく。
植物。
岩。
色とりどりの花。
まるで小さな庭園のような部屋。
「よかった! やっと目を覚ましたのね、ノア!」
少女が嬉しそうに声を上げた。
「本当に心配したんだから……もう二度と目を覚まさないんじゃないかって思ったよ。」
その瞬間――
ノアの呼吸が止まった。
心臓が大きく跳ねる。
その声。
その部屋。
その言葉。
知っている。
聞いたことがある。
まったく同じだった。
身体が小刻みに震え始める。
ゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは――
銀髪のエルフ。
同じ表情。
同じ立ち姿。
同じ言葉。
まるで何も起きていなかったかのように。
まるで自分があの部屋を出たことなど一度もなかったかのように。
回廊を歩いたことも。
空を見たことも。
すべてが最初から存在しなかったかのように。
ノアは目を見開いた。
記憶が一気によみがえる。
雲。
闇。
そして――
「ノア……大丈夫?」
エルフの少女が心配そうに尋ねる。
その隣にはダリウスが立っていた。
記憶の通りの場所に。
寸分違わぬ姿で。
ノアは床を這うように後ずさる。
呼吸が乱れる。
「い、いや……」
世界がぐらりと揺れた。
「そんな……」
エルフを見る。
ダリウスを見る。
花を見る。
そして、自分の手を見る。
何もかも同じだった。
すべてが。
「ノア?」
ダリウスが眉をひそめる。
「な……」
背筋を冷たいものが駆け抜けた。
「な、なんで……?」
震える声が漏れる。
「なんでだよ!?」
エルフとダリウスは顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべる。
だが、ノアにはもう二人の姿など映っていなかった。
頭の中を支配していたのは、
たった一つの考えだけ。
あり得ないはずの、一つの事実。
――彼は、もう一度目を覚ましてしまったのだった。




