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06

最果ての冷気が満ちる夜。静まり返った厨房で、リゼットが手際よく片付けをこなしていると、背後から音もなく、温かい湯気を立てる茶器を手にした、執事のヴァルカンが立っていた。


「リゼット様。先程は、美味しいお料理ありがとうございました。」


「いえ、ヴァルカンさん。こちらこそ、こんなに素晴らしい厨房を使わせていただいて……。」


ヴァルカンは優しく微笑み、お茶をそっと差し出しながら、どこか遠くを見るような目を向けた。


「……改めてお聞きしますが、リゼット様。アルヴィス様の黒い傷や、不気味な森について、恐怖を感じてはおられませんか?」


「恐怖だなんて、とんでもないです。王都を追い出された私に、こんなに温かい居場所をくださり感謝しています。」


リゼットは小さく首を振った。そして、胸に仕舞い込んでいた思いを、ぽつりと言葉にする。


「……ただ、アルヴィス様の痛々しいお怪我は気になっています。何か……。私に出来ることはないかって。」


「さようですか……。リゼット様、ここはかつて、魔王軍との戦いの最前線でした。戦いの末、魔族が放った強力な壊死の魔毒が大地に染み付き、春が来ても何も実らない死の森と化したのです。」


「魔王軍との戦い……。では、アルヴィス様の傷も……。」


ヴァルカンは静かに俯いた。その表情には、深い主への忠誠が滲んでいる。


「ええ。当時のアルヴィス様は王国最強の騎士。しかし、魔王軍幹部と相打ちになった際、全身に呪毒を受けられたのです。そのせいで、王都の者からは、不気味な呪われた怪物と恐れられ、体よくこの最果てに押し付けられたのです。」


「そんな……!国を守った英雄なのに。あまりにも酷すぎます!」


リゼットはぎゅっと拳を握りしめた。自分を虐げた王宮の者たちの顔が思い浮かび、胸が震える。するとヴァルカンは目を細め答えた。


「ですが、そんなアルヴィス様が、リゼット様の料理を美味しいと仰った。……貴女様はあの御方の凍てついた心を溶かす、唯一の光かもしれません。」


「私には……そんな、大それた力なんてありません……。」


「ふふふ。最後のは私の独り言です。気にしないでください。どうぞ、リゼット様はあるがままにお過ごしくださいね。」


翌日の、夜更けのことだった。ヴァルカンから聞いた話を思い返していたリゼットは、アルヴィスのために何か少しでも出来ることはないかと考え、厨房に籠っていた。じっくりと時間をかけて、魔獣の肉のクセと毒素を抜き、極上の旨味へと変えるための仕込みだ。


「……こんな夜更けまで、何をしている。」


背後から響いた低い声にリゼットは肩を跳ね上がらせた。入口には、寝衣の上に上着を羽織っただけのアルヴィスが佇んでいた。


「アルヴィス様!すみません、明日の煮込み用のお肉の仕込みをしていて……。お休み中を、起こしてしまいましたか?」


「いや、違う。……最近は、夜が来るのが苦ではないのだ。いつもなら呪いの激痛で目が覚めるのだが。」


「痛みが……?」


リゼットは思わず動きを止めると、アルヴィスは静かに厨房の中へと歩み寄ってくる。


「お前の料理を食べるようになってから、不思議と深く眠れる。」


「本当ですか……っ?よかった……。お役に立てて嬉しいです!」


パッと顔を輝かせたリゼットを見て、彼女がここへ来たばかりの日に口にしていた言葉を思い出す。


「……お前は王都で、聖女の毒見をしていたと言ったな。」


「はい。その時は毒の痛みまで無効化出来ず……。その……。」


かつての苦痛を思い出し、リゼットは自嘲気味に微笑んだ。すると、アルヴィスはふっ、と酷く優しく、切なげに唇を綻ばせた。


「……同じだったのだな。」


「え……?」


アルヴィスがそっと手を伸ばし、リゼットの白い頬に大きな指を添えた。


「あ、あの、アルヴィス様。その、お顔が、近いです……。」


至近距離で見つめられる彼の美しい瞳に吸い込まれそうになり、リゼットの心臓がうるさいほどに鳴り響く。


「……すまん。」


アルヴィスは少しだけ耳を赤くして指を離したが、その瞳には熱い情熱が宿ったままだった。


「明日の食事も、楽しみにしている。」


「は、はい……っ!」


首まで真っ赤に染まったリゼットは、小さく俯くのが精一杯だった。パチパチと薪が爆ぜる音だけが響く厨房で、リゼットは高鳴る胸を抑えながら、彼のために世界で一番美味しい料理を作ろうと、強く心に誓うのだった。

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