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寄せては返す波のように〜妻は目の前から消えては何度もまた現れる〜  作者: ことり おと


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最終話 じゃんけん


 茉尋と海に行こうと言っていた日曜日が来た。


「茉尋、海に行ってみる?」

「…」

「茉尋?」

「…ごめん。この前はああ言ったけど…」


 茉尋は不安そうな顔をした。

 

 …怖いんだ。

 

 それもそうだよな。また消えてしまうかもって不安に思うよな。俺もまだ不安だ。


「今日は寒いし、2人でコタツムリするか」

「…いいの?」

「なにがだめなんだよ。俺寒いの嫌いだし。海に行くならもう少し暖かくなってからでも別にいいだろ」

「…うん…」

「ほらほら、茉尋はお菓子用意して?俺はあっついお茶を淹れてくるから」

「…わかった…」

「違うだろ?いつもの元気はどうした?」

「…」


 別にいい…それでもいい…

 元気があろうがなかろうが、茉尋は茉尋だ。

 俺は茉尋の頭を撫でた。


「ごめんな。別に無理しなくていい。無理に元気を出さなくてもいいし、元気なふりもしなくていい」

「…ふふっ。まったくもう…千明くんは私に甘いんだから」


 茉尋は静かに笑うとそう言った。


「あ、交換日記書きたいな」

「これ続ける?」

「あったり前田のクラッカーっ」


 …あー…俺がシンちゃんに注意する前に、すでにもう茉尋にはインプットされていたのか…

 言い方までシンちゃんにそっくりだ。

 

 茉尋はノートを手に取ると、ページをめくり笑い出した。


「あははっ。何これっ。もしかしてチャッピー描いたの?」


 あ、それ、茉尋に見てもらいたかった俺のヘタクソな絵だ。


「おう。上手く描けてるだろ?」

「ははっ。どこがっ。チャッピーはこんなぶちゃいくじゃありませーん。ほらっこれを見てっ。チャッピーはとっても美しいのですっ」


 茉尋はそう言うと、自分が描いたチャッピーの絵を見せてきた。

 

 知ってる。知ってるよ茉尋。


 俺は茉尋が消えてしまうたびに、何度も何度も茉尋の描いた絵を見ていたんだから。

 

「だって俺は見たことないもーん」

「千明くんにも視えればよかったのにね。チャッピーだけでも」

「そうだな」


 茉尋はコタツの上にノートを広げると、色鉛筆を手に取った。


「んでんで?守り神はどういう顔してた?」


 お茶を手にリビングに戻ると、茉尋がそう聞いてきた。


 どうやら茉尋は守り神の絵を描こうとしているらしかった。


「優しそうな顔してた。あと……すげぇイケメン」

「イケメンっ?」


 茉尋の目が輝いた。


「んだよ。興味あんのかよ」

「そりゃあるに決まってるでしょ。なんたって命を与えてくれた人なんだもん。それにチャッピーの生みの親」

「お前今、“イケメン”って言葉に反応しただろ?」

「えー?そお?」


 あからさまに茉尋は誤魔化していた。


「そーだぞ。イケメンなら目の前にいるんだから、それで十分だろ」

「ははっ。それ自分で言う?」

「言う言う」


 俺はそんなことを言いながらも、守り神の特徴を茉尋に伝えた。


「これどう?」


 茉尋が見せてきた絵は、守り神にそっくりだった。


「すごっ。まさにそんな感じだったよ。お前すごいな」

「千明くんの説明がよかったんだよ。それにしてもイケメンだぁねぇ」

「……惚れんなよ」


 俺がそう言うと、茉尋はニヤニヤとしていた。


「ニヤニヤすんな」

「だってぇ…へへっ」

「気持ち悪い笑い方すんな」

「んふふっ」


 茉尋はなんだか嬉しそうにしていた。


 それから俺たちの穏やかな日常が始まった。

 

 次の休みの日には、茉尋が見たがっていた、エトピリカのいる水族館に行ってみた。

 茉尋は移動中、具合が悪くなることもなく無事に水族館につき、お目当てのエトピリカを見ることもできた。

 

 次の休みの日には森の妖に会いに行った。

 茉尋が戻ってきたことを報告し、ちょっとしたお菓子と、キレイなシーグラスをお土産として持って行った。


「いやぁ、森の妖もイケメンですなぁ。田宮さんが惚れてまうのも、そりゃわかりますわぁ」


 などと茉尋は言っていた。


「帰ったら描いて?」

「ははっ。千明くんがやきもち焼いちゃうレベルだよ?」

「いいから描け」


 俺はまだ見ぬイケメンに対して、すでに嫉妬していた。


「シーグラス、すごく喜んでたよ。太陽の光にかざしながら、うっとりとした表情で眺めてた」


 …章司さんも似たようなこと言ってたな…。

 ここの妖はきっと、キラキラとしたものが好きなんだろうな…。


 家に帰ると、茉尋は早速絵を描いた。

 森の妖は本当に美形で鼻についた。


 なんだよ…こんなにカッコいいなら茉尋を連れて行かなきゃよかった。


 そう思うほどイケメンだった。


 さすが、田宮さんが一度は魂を売ってもいいと思った相手だ。俺が女だったら同じことを思っていたかもしれない。それほどカッコよかった。


「惚れんなよ」


 俺はまたいつか言った言葉を言った。


「惚れるわけないでしょ?」

「なんで?」


 俺は茉尋からのハッキリとした気持ちを聞きたくてわざとそう聞いた。


「命懸けで私を守ってくれた人がこんなにも近くにいるんだから」

「その理由じゃなんか嫌だな」

「どうして?」

「だって、この先俺以外にそんな奴が現れたら、お前はそいつに惚れるかもしれないってことだろ?」


 俺がそう言うと、茉尋は笑いだした。


「千明くんってそんなやきもち焼きだったっけ?」

「うるせぇ」

「あーおっかしいっ。私からしたら千明くん以外はみんな、じゃがいもとかピーマンだよーっ」

「ははっ。なんだよそれっ」


 茉尋は、俺が欲しい言葉以上のことを、茉尋らしく言ってくれた。



 今までお世話になった人たちにも報告をし、お礼を言った。



 春が近づいた。


 桜が少しずつ咲き始めた。

 

 その頃には俺たち2人は、決心がついていた。 

 

 海へ向かうために2人で商店街を歩いていた。それから小百合さんの店へ向かった。

 小百合さんの店で花を買うと、俺たちはゆっくりと海へ向かった。


 到着するとまず、海に向かって深く礼をした。

 顔を上げると、俺は口に出してお礼を言った。


「守り神様。元気になった茉尋を連れて来ました。本当はもっと早くここへ来て、あなたにお礼を言うつもりでした」


 ここで俺は言葉を止めた。

 当時のことを思い出し、胸が詰まってしまった。それでもなんとか自分を奮い立たせ、話を続けた。


「怖くて…なかなか海に来れなかった…」


 俺がそう言うと、茉尋が俺の背中を撫でてくれた。


「今…とても幸せです。茉尋が消えることなく毎日一緒にいてくれて、茉尋の笑い声を聞いたり、茉尋の笑顔を見たり…俺…すごく幸せです」

「…千明くん…」

「本当にありがとうございました」


 俺はまた頭を下げた。

 茉尋も一緒に頭を下げていた。


「あっ、チャッピーっ」


 茉尋はそう言うと、波打ち際に近づいた。

 俺はすぐに茉尋の手を取った。


「待ってっ。まだ俺の心の準備ができてない」

「…ごめん…つい…」


 大丈夫だと思っていながらも、俺は茉尋が海に触れることが怖くて仕方がなかった。


「茉尋…茉尋もお礼を言って」

「…はい。助けてくださって…ありがとうございますっ…」


 茉尋は海に向かってまた頭を下げると、そのまま何も言わず止まったままだった。


「茉尋?」

「……それに…千明くんを…助けてくださって、ありがとございますっ」


 茉尋…

 

 それから茉尋はしっかりと海を見つめた。


「私は…千明くんがそばにいてくれるから、だから、私らしくいられますっ…」

「なんだよ…どうしたんだよ急に…」

「ちょっと千明くんは黙ってて。

…なので、私を助けてくれたのもありがとうなんですけど…千明くんを守ってくれて、ありがとうございますっ」


 茉尋はそう言うと、また深々と海に向かって頭を下げた。


 すると海が一瞬、柔らかく光ったように見えた。


「茉尋…今の見たか…?」

「…見た…」

「きっと海の守り神だよ…」


 俺がそう言うと、茉尋は海に近づき、大きく手を振った。


「ありがとーっ。チャッピーのお父さんっ、ありがとーっ」


 守り神に向かって“チャッピーのお父さん”か…

 茉尋らしいな。


 茉尋がそう言うと、波が大きく…でも緩やかに1回だけうねった。

 偶然かもしれないけど、まるで守り神が返事をしてくれたように感じた。

 

「…海に入ってみようか」

「…うん…」


 俺たちは靴と靴下を脱ぎ、海に入る準備をした。

 それから互いに手を取り、ゆっくりと海へ向かった。


「茉尋…いいか…?」

「…うん…大丈夫」


 茉尋のその返事を聞き、俺たちは海へと向かった。

 春が来る前の海は、まだ肌を刺すように冷たかった。

 

 茉尋を見てみると、茉尋はまだ砂浜にいた。


「怖い?」

 

 俺がそう聞くと、茉尋は頷いた。


「それじゃあ今日はやめておこうか」

「…ううん」

「でも怖いんだろ?無理しなくていいから」

「…試したい…」


 茉尋は自分の中で戦っているようだった。


「俺も一緒だから」

「うん…私…消えちゃわないよね…?」

「…大丈夫だって」


 俺もまだ不安はあったが、ただ茉尋を安心させたくてそう言った。

 大丈夫なはずだ。茉尋の体は戻ってきたんだから。それにあいつが石になったのを、俺はこの目ではっきりと見た。


 だから大丈夫…。


「…ふう…行くよ…」


 茉尋の片足が砂浜から浮いた。

 それを見た瞬間、俺は握っていた手に力が入った


「ちょっと待ってっ」


 茉尋の足が海に触れる前に、俺は思わず茉尋を抱き上げた。


「びっくりしたなぁ、もう…」

「ごめん…」

「…もしかして怖い?」

「…怖い…」

「ははっ。千明くん、私より怖がってんじゃん」

「悪いかよ」


 俺がそう言うと、茉尋は俺を抱きしめるようにした。


「ううん。大切にされてるなって思うよ」

「…何あたりまえなこと言ってんだよ」


 茉尋はまた笑いだした。


「なんか私よりも怖がってる千明くんを見たら、逆に怖くなくなっちゃった」


 楽しそうな声で茉尋はそう言っていた。


「もう大丈夫。千明くん、下ろして?」

「…わかった。海冷たいからな。びっくりすんなよ?」

「うん」


 ゆっくり、ゆっくりと茉尋をおろした。


「ははっ。冷たぁっ」

「だから言っただろ?」


 大丈夫だ…


 海に浸かった茉尋の足元を俺は見ていた。

 茉尋は海の中にいるのに、ちゃん消えずに存在してる。


「あははっ」

「どうしたの?」

「チャッピーが、私の脚の周りをくるくる泳いでてくすぐったいっ」


 確かに茉尋の足首らへんが渦を巻くような水の動きになっていた。

 チャッピーもきっと、喜んでいるのだろう。


「ははっ。そっかそっか。チャッピーも久しぶりだもんな」

 

 俺がそう言うと、水面がちゃぷんと跳ねた。


 あ……


 今一瞬だけチャッピーの姿が見えた気がした…

 

 尾がヒラヒラと長く、蝶のような透明な羽…

色も鮮やかで、太陽の光が反射し、とても美しかった。


 もしかしたら守り神が俺にも見せてくれたのかもしれない。


 しばらく浅瀬で遊ぶと、俺は忘れていたことを思い出した。


「茉尋、お花」

「あ、そうだった」


 俺たちは一旦海から上がると、花を手に取り、また海へと戻った。

 守り神へのお礼として、その花を海に浮かばせた。花は押し戻されることなく、沖へ沖へと流れていった。

 

 前に俺がそうした時には、ちょっとしか沖に流れていかなかったのに…。


「ふふっ」

「なに?なんで笑ったの?」

「今ね、チャッピーと、チャッピーのきょうだいたちが私たちの花を運んでくれてるよ。きっとお父さんのところに届けようとしてくれてるんだね」


 そっか。茉尋にはそれがちゃんと見えてるんだな。

 チャッピーも、きょうだいたちもありがとな。


 もしかしたら…前に俺がそうした時に少しだけ沖に流れていったのは、チャッピーが運んでくれていたのかもしれない。


 海から上がると、俺たちは砂浜に座った。


「ねぇ、今日のごはん、どっちが作るかじゃんけんしよ?」

「どうせお前はチョキを出すんだろ?」

「そんで千明くんはパーを出す」

「いんや、俺はグーを出す」

「とか言いながら結局、千明くんはパーを出して負けるのでした。めでたしめでたし」

「勝手にめでたしすんな」


 この日の海はとても穏やかだった。

 さっきのチャッピーのように、海は太陽の光を反射させ、宝石を散りばめたかのようにキラキラとしていた。

 さざ波立つたびに、そのキラキラが静かに瞬いていた。


「今日の海、すごくキレイだな」

「うん。キレイ…」


 茉尋を見てみると、海を見ながら微笑んでいた。そんな俺に気がつき、茉尋もこちらを向いた。


「なに?」

「茉尋だ」

「そうだよ?茉尋ちゃんだよ?」

「ちゃんといるな」

「いるねぇ。泣き虫な誰かさんが、助けてくれたからねぇ」


 茉尋はからかうようにそう言った。

 その表情はニヤニヤとしていた。


「なんとでも言え」

「千明くんは私のこと大好きだもんねぇ?なんたって、私に20回も告白してきたもんねぇ?」

「それ言うたんびに回数増やすなよ。7回だ、7回」

「あははっ。そうだっけ?」


 しばらくそうやって会話を楽しんでいると、体が冷えてきた。

 俺たちは立ち上がると、また海に向かって一礼した。


 商店街を歩いていると、茉尋がまた“夕飯じゃんけんをしよう”と言ってきた。


「たまには負けろよ」

「千明くんがグーを出せばいいだけなんだよ?」

「よし、じゃあじゃんけんするか」

「受けて立つ」


「「最初はグー、じゃんけんーーー」」


最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


感謝の気持ちでいっぱいです。


この話の登場人物である“千明”、“茉尋”のことを、少しでも応援しながら読んでくださっていたら、とても嬉しいです。


本当に、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。


(*'▽'*)

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