13 妖の実体
次の日曜日には、図書館へと向かった。
この町は妖の町だ。妖に関する本もたくさんある。
まずはこのくらいでいいか…。
俺は5冊ほどの本を手に取るとテーブルについた。
違う。
これも違う。
また5冊ほど本を取りに行くとテーブルへと戻った。その中の一冊に興味を惹くものがあった。
“日々妖と。”
本のタイトルはそう綴られていた。
その本は実話を元に書いたものだと謳っていて、妖との日常が書かれているものだった。
発行されたのは50年前で作者は“田宮咲子”と書かれていた。
その内容はほのぼのとしたものだった。
茉尋が話してくれるような内容が多く書かれていた。川には魚のようなものにわた毛のような触覚が生えた妖がいたり、森に行けば葉っぱに手足が生えた妖がいたりと、そんな感じで妖との日常が書かれていた。
なんだか茉尋の話を聞いているような錯覚に陥り、少し心が温まった。
ところが読み進めていると、内容がガラリと変わった。
人間の姿をした妖と恋に落ちた話。
森に住む妖がこの作者の田宮さんに恋をした。最初はなんとも思っていなかった田宮さんも、その妖と会っているうちに気になりだし、そのうちに2人は恋に落ちたようだった。
それは田宮さんが16歳の頃。多感な年頃だ。
2人は人目を盗んで逢瀬を繰り返した。
でもそのうちにその妖は、このまま一緒に森で住もうと言い始めた。当時の田宮さんはそれもいいかもと思い始めたところで、その田宮さんの親が田宮さんの行動を不審に思うようになったそうだ。
いつも帰りが遅い娘を心配し、田宮さんの親はこっそりあとをつけたようだった。
するとその親が目にしたものは娘がひとりで楽しそうにしている姿だった。親は自分の娘が妖を視えることは知っていたし、妖が悪いものではないことも知っていた。
でも目の前にいる娘はまるで恋をしているように見えた。
このままでは連れて行かれる…なぜだかそう思い、田宮さんは引きずられるようにして家に連れ戻されたようだった。
それでも田宮さんは引き寄せられるようにその後も何度も森に通っては、親に連れ戻されたようだった。そのうちに田宮さんは親から軟禁されるようになったと、そう書かれていた。
そんなある日、親の目を盗んで森へと向かうとその妖は田宮さんの首を絞めてきたそうだ。
「もし…このまま会えなくなるのなら咲子の魂を私にくれ。そうすればずっと一緒にいられるから…」
妖はそう言ってきたそうだ。
その妖は森から出られないらしく、自分からは会いには行けない。田宮さんのことを待つことしかできない。だからその妖はそう言って首を絞めてきたらしい。
田宮さんはそこで恐怖し、死に物狂いでその森から逃げ出したようだ。
俺はそこまで読むと本を閉じた。
心臓がバクバクと激しく波打っていた。
妖が…人を殺す…?
そんな話は今まで聞いたことがなかった。茉尋から聞く話はいつも平和な話ばかりだったから、この本を読んでゾッとした。
そもそも妖が誰かを殺したって警察に捕まることなんてないんだから、変死や未解決事件とかになっているのかもしれない。茉尋みたいに行方不明とか…。今まで誰もそう思わないのはその現場を見ていないから。死人に口なし…。
もしかしたら茉尋も…?
茉尋に恋をした妖がもしいたとしたら?
茉尋に好意を寄せ、茉尋と一緒にいるために命を奪った…
そんなことはないだろうか。
茉尋に好意…まさかチャッピー?
チャッピーは2回、茉尋に命を助けられている。チャッピーが茉尋に好意を持ってもおかしくない。
あの時の波は茉尋を狙っている感じだった。
波を操れるほどの力をチャッピーは持っているのだろうか。
前に茉尋に見せてもらったチャッピーの絵は、魚に羽が生えたもの。とてもキレイでチャッピーがそんなことをするようには思えない。
でも妖が何を考えているかなんてわからない。きっと人間とは常識が違うのだろう。
だって…命を奪って魂を手に入れようと考えるやつだっているのだから。
田宮さんの本を他にも探してみたけど、その1冊のみだった。
俺はスマホを手に取ると田宮咲子さんを探してみた。
…いた。よかった。
すぐに田宮さんを見つけることができた。SNSって便利だな。田宮さんは日々視えている妖について投稿していた。
早速俺は“直接会って話を聞きたい”という旨のDMを送ってみた。するとすぐにいい返事をもらえた。
会えるのは来週の日曜日だ。
俺は田宮さんの本だけを借りると、図書館を後にした。
帰りには海へと向かった。
砂浜に着くと、いつものように座り海を眺めた。
茉尋…
お前は波にではなく、妖に攫われたのか?
もしかしたらすぐにでも、茉尋が戻って来るのではないかと期待して海に来たが、この日は結局茉尋は姿を現さなかった。
田宮さんと会う日が来た。
車に乗り込み3時間ほど運転すると、やっと目的地に着いた。早る気持ちを抑え、待ち合わせ場所へと向かうと、田宮さんらしき人と、俺と同じくらいの年代の人が立っていた。
俺はその人たちに近づき声をかけてみると、田宮さんと、お孫さんだった。田宮さんは80代くらいだろうか。でもそんな年には見えないくらいにとてもハキハキと話していた。
近くの喫茶店に入ると俺は図書館で借りてきた田宮さんの本を手に取りながら色々と話を聞いた。概ね本に書いてある内容であっていたようだった。
「あの時私は確かに恐怖を覚えたの。だって首を絞められたからね。しかも愛した人に。でもね、今でもふと思うの…」
田宮さんは当時を思い出しているかのように、遠い目をしていた。
「ああ…あの人は今でもひとりぼっちなのかしら…って…そう思うとね、あの時逃げ出さない方が良かったんじゃないかって、未だに思うことがあるのよ」
そんなに愛していたのか。
俺はそれを聞いて胸が痛んだ。
「それで愛する人と、永遠に一緒にいられるならそれでも良かったんじゃないかってね。でも私は逃げ出した。それから数年後、お見合い結婚をして、子どもにも孫にも恵まれたから、そのうちにあの人のことを思い出すことは少なくなっていったんだけど、それでもやっぱりね、たまに思い出しちゃうのよ」
俺は返す言葉が見つからなかった。
「それにね、私の好みの顔してたの。ふふふっ。あんな美男子、今まで見たことなかったわ」
そう言う田宮さんは今度は恋する少女のような表情になった。
「おばあちゃんってばもうっ」
お孫さんがそう言っていた。
それからも田宮さんは当時のことを色々と教えてくれた。それは本にも書かれていない甘酸っぱい恋の話だった。
初めてその妖とキスをした時のこと、初めて体を重ね合わせたこと、そういうことまで赤裸々に教えてくれた。
俺はひと通り話を聞くと質問をした。
「妻が波に攫われたんです。その時の波が妻だけを狙っているように見えました。妖の仕業の可能性はありますか?」
DMを送った時点で軽くそのことは伝えていた。田宮さんは俺の質問にこう答えた。
「あり得ると思います。それが情愛なのか恨みなのかはわからないけど、なんかしらの想いがあって連れ去った可能性はあると思う」
恨み…俺はそんなことは一切考えていなかったから意表をつかれた。
そっか…でも、茉尋が妖から恨まれるようなことをしてるとは、とても思えなかった。
「言葉の話せない小さい妖が、そんなことをする可能性はありますか?」
俺はチャッピーの姿を思い浮かべそう聞いた。
「自然を操れるほどに力を持っているのならまず、人の言葉は話せるはず」
田宮さんはそう言った。
チャッピーは意思疎通はできるけど話すことはできない。じゃあ…チャッピーじゃないんだな。それを聞いて俺は安心した。
それから思い出したことがあった。そういえば桜の妖が生み出した妖は、生まれたばかりなのにすぐに茉尋と話してたよな…。
俺はそのことについても聞いてみた。
どうやら力の強いモノから生まれた妖は、最初から力を持って生まれるモノもいると言っていた。
「死んだ人が実体化して現れることは、あると思いますか?または妖が故人の姿になりすますことはあり得るものですか?」と、そう聞いてみた。
「それはわからない…でもあり得なくはないと思う、どちらも…私もこの年になるまでたくさんの妖を視てきました。でも未だにわからないことや初めてのことがあるんです」
ああ…あり得ることなのか…。
それなら俺が見ている茉尋は妖が作り出しているのかも知れないのか…。
そう思うと俺はガッカリとした。それならまだ俺が作り出してるほうがマシだった。
でもやっぱり納得できない。
俺が見ている茉尋は…いや、俺たちが見ている茉尋は茉尋そのものなのに。
俺はそのことも話した。すると田宮さんはこう言った。
「…それなら…茉尋さんの魂が一ノ瀬さんの元に帰りたがってるのかも。それで何らかの力が働いて実体化している…とか…」
茉尋の魂が…
そう思うと胸が切り裂かれるような思いになった。
茉尋…
俺が必ず見つけてやるからな。




