千年に一度のチャンス
終業ミーティングを終え、工場から俺達の住む男子寮へ帰る途中、また野神先輩に声を掛けられた。
「おい、古河。お前、今度の土曜の夜って暇だろ?」
暇だろって誘われるのが……なんか腹が立つ。その通りだから……。
「なんでですか?」
「へへ、実は合コンやるんだけど、一人ドタキャンがでたから代わりにどうかって思ってな」
「誘われているのではなく、ドタキャンの代役ってのが……なんか引っ掛かりますけど。それに、どうせ男は高いんでしょ」
「そんなの今の世の中当たり前、先行投資ってやつだ。会社で言えばテストプラントに金を掛けるのと一緒さ。だが、それをやらなくちゃ何もならない」
「……いくらですか」
「男五千円の女二千円。足りない分は男割り」
「男割りって……男だけで割り勘ってことですよね……。「男割り」を「お断り」したいです」
「うまい! その調子でいこうぜ!」
野神先輩は、アフターの方がノリノリだ。背中を干した布団のようにバシバシ叩くのはやめて欲しい。
「おだてても無駄ですよ。僕は高卒で給料も少ないですし、それに前のコンパもその「男割り」で四千円が八千円になったじゃないですか」
……忘れもしない。先月、同じ工場の女子との飲み会で、なにも成果がなかったのに消えてしまった万札。欲しかったプレステのゲームソフトを買うか、スマホゲームに課金して、「十連ガチャ」をすればよかったと後悔してやまない。
「あれは女子が悪い。飲み放題じゃないのにカクテル頼み過ぎて、さらには、飲まずに次々頼んだせいだ。あいつらは工場に女子社員が少ないのを逆手にとっていやがる」
先輩も怒りの表情を見せるが、一瞬でパッと明るい笑顔へと変わった。
「だが、今回は違うぞ!」
「……なにが違うんですか」
笑顔が怪しく見えてしかたがない。
「相手はなんと、ミクスカスで働くご令嬢ばかりだ――!」
「ミクスカスの……ご令嬢?」
ミクスカスとは先日オープンセレモニーがあったばかりの大阪にそびえ立つ超高層ビルで、海岸沿いの会社からでも天気がいい時には薄っすらその姿が見える。
展望デッキからの眺めは東京スカイタワーに勝らずとも劣らないらしい。
……高さでは劣るらしい。
「先輩、ミクスカスに行ったことあるんですか?」
「ああ。彼女と一度だけ行った。展望デッキやレストランは高さも高いが料金もそれを凌ぐ高さでビックリしたさ」
……たしか、エレベーターに乗るだけで千五百円は掛かると聞いたことはある。
「じゃあ、どうやってそのミクスカス令嬢と知り合ったんですか?」
「ああ、彼女の友達がそのミクスカスで働いていて、どうやら向こうも社内以外の男と交流を深めたいらしいぞ――。これって滅多にない――いや二度とない――、いやいや、お前には千年に一度の大チャンスなのかもしれないぞ!」
――千年に一度の大チャンス――!
工場の作業着を着た女子とは違い、正装した受付嬢やエレベーターカールが、頭の中で僕のスイッチを押す。「屋上へまいりま~す」……ちょっと、行ってみたいかもしれない。
「人が足りないのなら……行ってもいいですよ……」
「そうこなくっちゃ! ハハハ、お前が単純な奴でよかったぜ! ハハハ!」
「ハハハ……?」
それって、褒められているのでしょうか?