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「わたしの顔になにか付いているかしら?」
乾があまりにじっくり観察していたせいか、輝夜は不思議そうにその大きな目をぱちぱちと瞬かせて小首を傾げました。
「ああ、いえ。ただ、あまりにも盃様には似ていらっしゃらなかったので」
「口を慎め」
と、輝夜の後ろで待機をしていた黒服の男が厳かな声でこう言い放ちました。さながら、この男も執事のような恰好をしています。
「いいのよ、深影。――よく言われるの。あなたはお父様のお友達なんですってね。先生が言っていたわ」
この執事の名前は深影と言うようでした。それに、先生というのは、過去に輝夜の家庭教師をしていた時雨のことを指しているようです。
「先生は元気かしら。最近はメールばかりで、あまり遊びに来てくれないからとても寂しいの。メールだってなかなか返してくれないのよ」
輝夜は今にも泣き出しそうなくらい悲しげにこう言いました。
「それはもう、元気ですよ。全くもう、元気すぎるくらい元気です。ただ、あいつも忙しい身ですから」
時雨と輝夜がメールをし合う仲だったということは知らなかったものの、幼気な少女を泣かせまいと、自然と台詞に力が入ってしまいます。その甲斐あってか、輝夜は花が咲くように顔を綻ばせました。
「そう、それならよかったわ。病気などしていないか心配だったの。あの人は、なにも言ってくださらないから」
輝夜はそう言って、再び紅茶を一口飲みました。と、なにかに気づいたかのように目を見開きます。
「あら、失礼。紅茶、飲まれるかしら?」
「え? いや、結構です。お構いなく」
輝夜はまるで乾を客人のようにもてなしていました。もしかして、自分は罪人じゃなかったんじゃなかろうか。身構えていた乾は、思わず拍子抜けしてしまいます。
「あら、そう? 龍壬さんにも勧めたんだけれど、あの人も飲まなかったわ。みんな、紅茶は苦手なのかしら」
「龍壬の刑は決まったんですか」
「ええ、さっきね。――それじゃあ、本題に入りましょう。乾さんの罰は、もうとっくに決まっているのよ」
にこにこと笑う輝夜は、鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌でした。とても、これから人に罰を下すような態度には見えません。
「わたし、今回のことを先生から聞いて、とても悲しくなったわ。だって、裏切られた乾さんも可哀相だし、龍壬さんも可哀相なんですもの。――でもね、冷静になって、よく考えてみたの。あなたたち二人はこうなる前に、妖をわたしたちに内緒で保護していた。それって、既にわたしたちに対する裏切りよね?」
「それは――!」
突然、輝夜の身に纏う雰囲気が激変し、乾は戸惑いを隠せません。
「……そして、龍壬さんはあなたを陥れて共存陰陽隊に反旗を翻した」
「贖罪のため、龍壬を補佐として琴音や静と出会わせたのはこの俺だ! 全ての責任は俺が取る! だから――!」
「あら、だめよ。理由はどうあれ、龍壬さんは二度裏切ったんだから、責任はあるわ。もちろん、その上司である、あなたにも」
龍壬にとっての一度目の裏切りは、琴音と静を無断で保護していたこと。そして、二度目の裏切りは、今回の謀反であると、輝夜は認識しているようでした。
また、乾にとっても一度目は同様であり、龍壬の二度目の裏切りは上司である乾の、監督不行届に原因があるとしているようです。
「そうね、でも、妖を無断で保護していたことは、大目に見てあげる。だって、あなた達が保護してくれていたおかげで、素敵な子に出会えそうなんですもの。あの子がわたしのものになってくれるなら、なんだってするわ。――だからね、わたし、考えたのよ。あの子がわたしのものになりたくなる方法を」
乾は生まれて初めて、少女に対し恐怖を抱きました。年相応の無邪気な笑みを浮かべているはずなのに、凄まじい威圧感を覚えます。
「さあ、判決を下しましょうか。――乾さん、あなたには今日の午後三時、裏切りを働いた部下である龍壬さんの死刑執行人となってもらいます。更に、位は二等陰陽補佐から三等陰陽補佐へと降格。もし、できなかった場合――その時はあの座敷童子がどうなるかしら」
刑を言い渡された乾は、輝夜へと詰め寄ります。が、いつの間にか後ろへ回っていた深影によって床に捻じ伏せられてしまいました。
「待ってくれ! 龍壬は結果的に裏切った形になったかも知れない! だが、それは俺の責任だ!」
「既に龍壬さんは了承しているわ」
「頼む、龍壬に会わせてくれ。あいつは悪くない! 頼む!」
乾は捻じ伏せられたまま、礼も非礼も忘れてひたすら頼み続けました。しかし、輝夜は穏やかな笑みを浮かべるだけです。
「お話は以上よ」
その笑みはあまりに残酷でした。乾は執務室へと一斉に入ってきた本部護衛の隊員四人に取り押さえられ、その場から連れ去られてしまいます。
「深影、先生に報告をして」
「かしこまりました」
名前のとおり、輝夜の影のような男は恭しく一礼すると、足を引きずって執務室と繋がっている隣の部屋へ向かいました。
「うふふ、あの子に会うのが楽しみ」
輝夜は不敵な笑みを浮かべ、机の上の茶色のマカロンを、指先でころころと弄ぶのでした。




