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「ところで、今日制圧作戦を行うことをよく知っていましたね。本部に連絡をしたのは数時間前ですよ」
「もちろん、今日この場で制圧作戦についての集会が行われることを知ったのは数時間前でした。それを知った途端、上司がこれを時雨さんに持って行くよう私に託したんです。きっと、随分と前からこれを開発していて、いつか時雨さんに使ってもらいたくてうずうずしていたんでしょうね」
「それはありがたいですね。で、この短刀はどうやって使うものなんですか」
「あ、説明してませんでしたね。これは、斬ることで術を無効化する短刀なんだそうです。将来的には、術が使えない主戦力部隊の方々への実用化を目指すと言ってました」
それを聞いた誰もが、術を放ってくる敵がいる中、それを防ぐ結界が使えない主戦力部隊には確かに誂え向きの武器のように思いました。
「なるほど。ですが、これをわざわざ術が使える僕に渡しているところからして、なにか裏がありそうですね。ただ単にはしゃいでいたわけではないでしょう」
時雨は短刀を鞘から少し引き抜いて、磨かれたその刀身に目をやりながら問います。それはまるで、名刀を品定めするかのような目でした。
「やっぱり見透かされていましたか。――実は、今回の制圧作戦の指揮官である時雨さんに、折り入ってお願いがありまして」
男は観念したかのようにそう言うと、バッグの中から一枚の写真を取り出して時雨に渡しました。乾も薙斗もその写真を両脇から覗き込み、琴音は時雨と乾の間からぴょんぴょんと飛び跳ねて写真を覗き込みます。
写真には、学生服に身を包んだ一人の青年が写っていました。その学生服に見覚えがあった琴音は、すぐにこの青年が緑旺高校の生徒であることに気づきます。
「こいつは、数か月前から行方がわからなくなってる脱走生の一人だな」
と、緑旺高校の教師をしている薙斗が真っ先に答えました。
「はい。数か月前、うちの研究室から開発中だった薬品が盗まれた事件があったと思うんですが、この生徒が行方不明になった時期とちょうど重なったことから、色々とこの生徒について情報部に調査を依頼していたんです」
「盗まれた薬品ってのは、どんな薬品なんだ?」
「成長剤です。一時的に身体を成長させることによって、能力を持つ子どもの身体の負担を軽減させることを狙って医療開発が作ったものらしいんです。なので、この青年の十年後の姿を予想したものを現像してきました」
男は更にもう一枚の写真を取り出し、時雨に手渡しました。琴音はさっきと同じように写真を覗き込みます。時雨が持った写真の顔が琴音の目に入り込んだ途端、琴音は乾の耳元で悲鳴のような叫び声をあげました。
「――あー! この人、あたし知ってる!」
乾は顔をしかめながら耳を押さえてしまいました。前方を見ると、困惑した表情を浮かべた男とばっちり目が合います。
「この人、基己さんでしょ! パパが倒れた後で家に侵入してきて、あと少しでこの人に狩られるところだったんだから」
琴音は龍壬から乾が瀕死状態だという知らせを受けた後、植物の術を使って家に侵入してきた術者のことを思い出しました。乾の部屋の押入れの中で見た、雑誌や空き缶を蹴散らしていた男の横顔が、この写真の男と重なったのです。
「あの、ところであなたは?」
「化け狸の琴音ですよ。今回の制圧作戦にはこの子も参加することになっているんです」
時雨が男に琴音を紹介すると、男は丸い目を更に大きく見開いて琴音を凝視します。あまりに真っ直ぐ見つめられるため、琴音は思わず顔を逸らして時雨の後ろに隠れました。
「恥ずかしがり屋なんです。可愛いでしょう」
「初めて見ました。本当に妖なんですか」
と、琴音に近づこうとする男と時雨の間に乾が割り込み、満面の笑みを浮かべて問います。
「で、その基己は確かうちの部隊に最近入隊した奴だが、お前はその青年と基己が同一人物だって言いてえんだな?」
「……あ、はい、そうなんです。で、情報部から聞いた話では、龍壬さんが率いている組織にそれらしい人がいるんだそうで。――できたら、その基己さんを拘束していただけたらなと思いまして」
乾の笑顔に圧倒された男は、数歩後ずさりをして再び恐縮してしまいました。恐縮した姿がうさぎのように見えます。
「では、その任務は乾が適任ですね。よろしく頼みます」
「結局俺かよ」
「あなたの部下でしょう。揃いも揃ってあなたの部下は、どうしてこうも面倒事を起こすんでしょうね。この短刀も、今のあなたに必要なものでしょう。預けておきますよ」
「へえへえ」
言い返すことができない乾は、肩を竦めて時雨から短刀を受け取りました。
「不祥事を起こしたのは医療開発とは言えど、同じ開発部には変わりませんので、みんなとても胸を痛めているんです。どうか、基己を捕らえてください」
「ああ、わかったよ」
男は乾にへこへこと頭を下げると、そのまま開発部の職場である本部へと帰って行きました。琴音たちがその背を見送る中、薙斗は腕時計で時刻を確認して口を開きます。
「俺たちもそろそろ行くか」
「そうですね。道が空いているといいんですが」
機器を片づけていた隊員たちに戸締りを任せ、琴音たちも体育館を出ました。
なにはともあれ、ようやく出陣です。




