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「では、作戦の方に移りたいと思います。作戦開始時刻は本日午後八時から――」
再び、時雨の説明開始と共に辺りは静まり返りました。プロジェクタにホテルの地下の見取り図が置かれ、背後のスクリーンに映し出されます。前に出ていた琴音たちは、スクリーンが隊員たちに見えるよう横へと寄りました。
まず、侵入経路の説明をし、それからロックの説明。これらの説明は、軍議で話した時と同じでした。そして、役目も変わらず、薙斗が監視カメラ監視役を撃破する担当で、琴音が地下一階で走り回り、ロック周辺の隊員たちを地下三階におびき寄せる担当となります。
北と南の侵入経路には、主戦力部隊と特殊部隊がそれぞれ二分割して配置されることになりました。時雨は侵入するまでの間の見張り役も、事細かに指示を出していきます。
「侵入に成功したら、第五部隊と第六部隊は速やかに地下一階を制圧。三、四部隊は地下二階の制圧を。一、二部隊は一気に地下三階へ移動。なお、確保した敵の隊員たちは後方支援のバスへ監禁しておくように。重傷者は速やかにその場から離脱させ、後方支援のワゴン車へ移送してください」
作戦説明をする時雨の表情に、いつもの笑顔はありません。眼鏡の奥の鋭い眼光は、現代の軍師と言うに相応しい輝きでした。声音さえも琴音と話す時のような軽いものではなく、昨夜の戦いで指揮を執っていた時の厳しいものです。
静かでありながら厳かな雰囲気で、これから戦いが始まるということを実感させられます。その戦いに自分も参加をするのかと思うと、琴音は一層気合いが入りました。
「龍壬は、見つけ次第各部隊長か薙斗に連絡を入れると共に、確保にあたりなさい。その際、生きて捕らえることを絶対条件とします。――以上」
「礼! ――解散!」
隊員たちは、薙斗の掛け声で規則正しく敬礼を行うと、解散の一声で一部は体育館の出入り口へ、もう一部は機器の片づけへとそれぞれ動き出します。
体育館の出入り口へ向かう隊員たちの後ろ姿を見送っていると、その押し寄せる隊員たちの流れに逆らって、こちらへと向かって来ている私服の男の姿が目に入りました。
「おや、あれは開発部の人間ですね」
時雨の呟きに首を傾げていると、後ろから薙斗がずいと顔を出して説明してきます。
「開発部は、共存陰陽隊の部署の一つだ。開発部は更に戦闘系開発、情報系開発、医療系開発と三つに分かれている。あれは戦闘系開発の人間だ」
「薙斗の知り合い?」
「まあな。開発部の戦闘系は、俺たち戦闘部に武器や道具を提供するのが仕事だ。だから顔は自然と覚えちまう」
琴音が薙斗の説明に納得していると、乾がその琴音の後ろ首を掴んで自分の後ろへと隠しました。
「不必要に他部署の人間と絡むんじゃない」
「過保護だなあ」
琴音が不満げに唇を突き出します。開発部の男はようやく人の波から抜け出し、走ってやって来ると、時雨の前に立つなり人懐っこい笑みを浮かべました。まるで小動物のような愛嬌があります。
「どうも、みなさんお揃いで。――ああ、乾さんも。お身体はもうよろしいんですか」
「ああ。精神面では氷月にだいぶ痛めつけられたがな」
「ところで、今日はどういった用件ですか」
時雨は未だ氷月に端末を破壊されたことを根に持っている乾の愚痴を遮り、男の言葉を促しました。しかし開発部の男は時雨のそんな態度を自分のせいだと思い込んだのか、突然恐縮し出してしまいます。
「前もって連絡もせず、突然押しかけてしまい申し訳ありません。本日は、先日納品したイヤホンマイクのご感想を伺いに参りました」
琴音は昨夜、自分も使ったイヤホンマイクのことを思い出します。わざわざ使用後の感想を聞きに来るような仕事熱心な人たちの手によって作られたものだったと知った琴音は、思わず投げつけてしまったことを今更になって酷く申し訳なく思いました。
「わざわざご苦労様です。とても役に立ったので、今回の制圧作戦にも使わせて頂きます。でも、それだけであればメールでもよかったのでは」
「私も時雨さんが多忙を極めているのは重々承知していたので、そう申し上げたんですが、どうしても今すぐに知りたいと上司に言われてしまって。普段滅多に納品依頼が来ない時雨さんから納品依頼が来て、とてもはしゃいでしまっているようです。それで、今日に合わせてこんなものまで持たされました」
と、男は持っていた革のバッグから細長い物を取り出しました。それは、なめらかな艶めきを放つ漆塗りの鞘に収まった短刀でした。乾はその短刀に目を見張ります。
「お前、それ本部から持って来たのか」
「ええ、ここに来る途中、職務質問されないかとひやひやしながら持って来ましたよ。――これはまだ試作品なんですけど、今回の制圧作戦にぜひ活用して頂きたいと言っていました」
時雨は男から差し出された短刀を、苦笑を浮かべながら受け取ります。
「上司に振り回されているのはどこの部署も同じようですね、薙斗くん」
「わかってるなら振り回すな」
そんな時雨と薙斗のやり取りを見ていた乾の背は、どことなく寂し気に見えました。龍壬のことを考えていると見透かした琴音は、すかさず乾の手を握ります。
「パパは龍壬さんの上司じゃないでしょ」
小声でこう言う琴音に乾は笑みを浮かべ、「そうだな」と同じく小声で返事をします。琴音の目に映っていた乾と龍壬は、上司と部下なんていう事務的な関係ではありませんでした。
乾と龍壬も琴音や静の保護者という家族になっていたのです。今更、龍壬の上司としての責任を感じる必要なんてない。琴音は目で乾に訴えました。




