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「そこで、監視カメラ監視役の撃退は薙斗くんにやってもらおうと思っています。次に、時間稼ぎ役ですが……」
時雨の視線が、琴音へと向きました。察した乾は、いち早く反応を示します。
「反対だ!」
「琴ちゃん、君、逃げ隠れするのは得意ですか?」
乾の制止も聞かず、時雨は琴音に向き直って笑顔で問います。琴音は迷わず答えました。
「得意です!」
普段は人間の姿をしているものの、化け狸である琴音は化けることに関しては自信がありました。いざとなれば、鳥に化けて飛んで逃げることさえできます。
隠れることに関しては、妖気が隠せないために自信はないものの、そんなことは龍壬のことを思えば問題ではありませんでした。
「この馬鹿! 遊びじゃねえんだぞ!」
「では、琴ちゃんには時間稼ぎ役を任せます。することは簡単です。中に入ったら、地下一階から地下三階に隊員たちを引き連れて走り回ってください」
時雨はまるで乾は眼中にないかのように、見取り図を指差しながら説明を始めます。乾はそんな時雨に対して、ならば無理やりにでも眼中に入れてやろうという勢いで、鬼のような形相で胸倉に掴み掛りました。
「てめえ、うちの娘になにさせる気だ」
「娘想いなのはわかりますが、今は緊急事態です。もちろん、無理にとは言いません。ですが、この役がいなければ作戦が成立しないことはわかりますね。そして、この役に最も相応しいのは、様々な隊員に化けることができる琴ちゃんしかいません。それでも、この子を作戦に参加させたくないというのであれば、主戦力部隊は協力要請を辞退します」
「脅しのつもりか。どっちみち龍壬をどうにかしねえと、命を狙われてんのはお前なんだぞ」
「命を狙われることは、今に始まったことではありませんよ。――理由はどうあれこの騒ぎの発端は、特殊部隊総隊長補佐である龍壬さんの裏切りでしょう。部下の尻拭いをするのは上司の務め。本来なら、僕がその手助けをする道理はありません。しかし、可愛い狸さんに家族を助けてくださいと土下座をされてしまったら、話は別です。僕が今動いているのは、元師匠のためではなく、この狸さんのためであることを忘れないでください」
娘が自分たちを助けるために時雨に頭を下げたことを知った乾は、背後で不安げな表情を浮かべている琴音に視線を向けました。琴音はここぞとばかりに身を乗り出して訴えます。
「パパ、あたし龍壬さんのことを助けたい。龍壬さんの口から、本当のことが聞きたいの」
「龍壬がそんなこと望むはずがねえだろうが! お前が危険を冒すことで、龍壬が喜ぶとでも思ってんのか!」
乾は時雨の胸倉から手を放すと、琴音の肩に両手を乗せて諭します。
琴音は、龍壬がそんなことを望んでいないことくらい理解していました。しかし、気づいてしまったのです。どれだけ家族に守られ、愛されていたか。どれだけ自分の知らない所で家族が傷つき、苦しんでいたか。
それを知って、なにもせず、ただ見守っているだけでいることなど、琴音にはできませんでした。
「もう、守られるだけなんて嫌だよ! お願いします。龍壬さんを、助けに行かせてください!」
琴音は時雨に向けてしたように、額を畳に押し付けるようにして頭を下げました。その姿に、乾は思わず面食らいます。琴音がここまで真剣に、龍壬のことを考えているとは思わなかったのです。
乾は琴音を本当の娘のように思う反面、琴音が自分たちを本当の家族として見ているかという部分で自信はありませんでした。どんなに家族のような仲だったとしても、所詮は血縁関係のない赤の他人の集いです。
乾はそれでも、琴音がこれだけ大切に思ってくれていたことに驚きを隠せませんでした。
「琴音、頭を上げなさい」
乾の冷静な声を聞いた琴音は、乾の表情を窺うようにゆっくり顔と頭を上げます。すると、突然物凄い力で抱きしめられました。
「パパ?」
「琴音、お前がそこまで龍壬のことを想ってくれることは嬉しい。――だが、俺や龍壬にとっても、お前は大事な娘なんだ。わかってくれ」
琴音は乾の腕の中で、押し潰されながら乾の辛そうな声を聞きます。しかし、琴音は乾の腕から逃れると、
「わからない!」
無慈悲にも眉を潜めて乾を真正面から見つめ、こう言い放ちます。
本当は、乾の気持ちは痛いくらいに理解していました。しかし琴音は、親が窮地に立たされていて、それを助けることができる可能性があるのであれば、娘であれば助けたいと思うことはおかしなことではないと思うのです。




