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琴音は愁いを帯びた表情で、香炉から出る煙に息を吹き掛けます。時雨はそんな琴音の様子を、にやにやと笑いながら机に肘をつき眺めていました。
「そう口にしつつ、ここで僕に手を貸すことを辞めないということは、君は今なにが一番重要なのか、きちんと理解しているんですね」
「わかってます。今、あたしがすべきことは、清才様のことを考えて嘆くことじゃない。でも、あたしは陰陽隊ができるずっと前から、清才様のおそばでお弟子様たちを見てきたんです。清才様がどんなお気持ちでお弟子様に接していたかも知ってます。なのに、こんなことになるなんて――」
「僕は前世の記憶があるわけではないので、君の気持ちはわかりません。けれど、時間は絶え間なく流れ続け、世は移ろう。それがこの世の理です。この時間に生まれた者は、たとえ慕っていた人間が遠い過去にいたとしても、今を生きるしかありません。だからこそ、この時間をどう生きるかということが重要なんです。君はこの現状を見て、どうしたいと思いましたか」
琴音はとっくにその答えを見つけていました。しかし、その答えに従い動けば、もう元に戻ることはできません。琴音の頭には家族の顔が思い浮かびます。
「今すぐに答えろとは言いません。ただ、決断の時が迫っているということは頭に入れて置いてください」
「時雨さんは、あたしにどうしてほしいですか」
卑怯な質問をしているという自覚はありました。しかし琴音は答えが欲しいわけじゃなく、ただ、時雨の本心が知りたかったのです。とは言うものの、少なからず「これからも力を貸して欲しい」と言われることを期待していたのも事実でした。
琴音は固唾を飲んで時雨の返答を待ちます。が、時雨は一向に返事をしようとはしません。意味深に、まるで逆に問い掛けている立場であるかのような表情で琴音を見つめていました。
琴音は時雨と見つめ合ってから数秒後、ようやく自分の浅はかさに気づきました。もし、清才の容姿をした時雨に「これからも力を貸して欲しい」と言われたら、どうするかということを考えていなかったのです。
乾や龍壬、静とも一緒にいたい琴音は時雨にそう言われたとしてもその答えを出すことはできません。聞いたところでどんどん深みにはまるだけだと気づいた琴音は、顔を歪めると額に手を当てて、
「ごめんなさい、忘れてください」
と、呻き声をあげるようにこう言いました。時雨はその様子を見て、笑い声をあげます。琴音は自分の馬鹿さを露呈させてしまったことの恥ずかしさを隠すために、ひたすら香炉に息を吹き掛けました。
「君の好きなようにしなさい。今だって、嫌なら逃げ出しても構いませんよ」
「……あたしは、パパや時雨さんの役に立ちたいんです。途中で投げ出したりなんてしません」
「そうですか。頼もしいですね」
「時雨さんは、どうしてあたしに選択をさせてくれるんですか。あたしがもし、陰陽隊に入らないことを選んだら、時雨さんは処罰されますよね」
共存陰陽隊は妖捕獲令を発令するほどに妖を欲しています。にも関わらず、時雨が自分を拘束したりせずにこれからのことを選択させてくれる理由がわかりませんでした。
「妖捕獲令自体にはまだ大した強制力はないので、妖を本部に無断で保護していたことが知れたところで、始末書を提出すれば済む話です。君を逃してもさほど大きなリスクはありません。――僕が君に選択をさせているのは、龍壬さんのような無償の愛からではないということだけは言っておきます。それから、僕は乾とも違うので、直ぐに答えを与えるようなこともしません。後は、自分で考えてくださいね」
時雨はにこにこと笑みを浮かべ、琴音の反応を窺います。琴音は、「時雨さん、意地悪です」と呟き、むにゅうと唇突き出して見せました。
と、現状維持に徹していた北部隊から連絡が入ります。
『こちら北部隊。敵部隊は北西へと移動を開始しました』
『――こちら、西本部隊! 敵の南西部隊と北西部隊に動きあり! 本陣を包囲した西部隊が左右から包囲されます!』
琴音はイヤホンから聞こえてくる声に、慌てて窓の外に視線を戻しました。見ると、報告のとおり、敵の本陣を包囲しかけていた西部隊は、南西部隊と北西部隊から完全に包囲され、動けなくなっています。
琴音の側に移動して西の戦況を確認した時雨は至って冷静に、そして端的に指示を出します。
「西本部隊、突撃を開始せよ」




