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「おやおや、一時休戦ですね」
そう言うと、時雨はトランシーバーを手に取りました。琴音は不服に思いながらも、口を噤みます。
『こちら西監視役。聞こえますか』
と、トランシーバーから緊迫した男の声が聞こえてきました。監視役と聞いて、琴音と静は顔を見合わせます。
「どうしましたか」
『大葉城址公園付近に人影あり。数はおよそ三十人程度』
「他方角の監視役は?」
『北、四十人程度の少数部隊を発見』
『東は今のところ発見できません』
『南も今のところ異常なし』
「了解。西と北は部隊が結界の中へ入り込んだらもう一度連絡するように。東と南は発見し次第連絡をしなさい」
『『『『はっ』』』』
「全軍に告ぐ。これより迎撃準備を開始する。各自四部隊に分かれ、西と北の持ち場につけ。特殊部隊は後方よりバリケードを作り主戦力部隊の援護へ。乾隊長と薙斗補佐はただちに部屋まで来るように。以上」
淡々と指示を出す時雨は、いつも笑顔を浮かべている時雨と本当に同一人物かと疑うほどに真剣でした。
「時雨さんも出撃するんですか」
「いいえ、今回は指揮官です。表役は乾と薙斗くんに任せましょう」
そう言いつつ、時雨は文机の引き出しから人の形をした紙を数枚取り出します。
静は騒がしくなり始めた庭へと視線を向けました。カーテンに映る人影は、忙しなく動き続けています。しばらくすると、地震かと思うような揺れを感じ始めました。
「なっ、なに?」
ゴゴゴゴゴと地の底から響くような音に、琴音は思わず立ち上がり縁側へ出てカーテンの隙間から外を覗いてみました。
と、驚いたことに、いつもなら見えるはずの屋敷の周りの木々が全く見えなくなっています。成人男性二人分ほどの高さの土壁が、屋敷とテントを覆っているのです。まるで、城壁のようでした。
「時雨、入るぞ」
琴音が土壁に感嘆していると、襖から乾と薙斗が時雨の部屋へやってきます。二人も今まで見たことないほど神妙な面持ちでした。
「来ましたか。まず、これを渡しておきます。開発部から提供してもらった通信機器なので大事に使ってくださいね」
時雨はワイヤレスイヤホンのようなものを乾と薙斗に渡します。乾は新しいおもちゃを与えられた子どものように表情を明るくしましたが、くるくると手の中で回すばかりでした。やがて、観念したかのように時雨に問います。
「……どう使うんだ?」
「あなたは機械音痴の中年ですか。――ここの電源を入れると、自然に周囲の隊員の連絡と僕からの指示は聞けます。そちらから伝えることがあれば、電源のオンとオフの間にスティックを合わせてください」
「へいへい、機械音痴の中年で悪かったな」
使い方を習った乾は、早速ワイヤレスイヤホンを耳へと掛けます。緊張感が台無しになったところで、時雨は仕切り直すように「さて」と声を掛けました。
「それで作戦ですが、薙斗補佐は東へ、そして乾隊長は南へ伏兵としてそれぞれ部隊を編成して指揮を執ってください。東と南から敵部隊は今のところ発見されていないそうですが、西と北が囮の場合がありますからね。僕は二階から戦況を見守り、その都度指示を出します」
「ああ」
「では、よろしくお願いします」
薙斗は琴音の方を一瞥してから直ぐに部屋を出たものの、乾はやはり子どものことが心配なようで眉間に深い皺を寄せて琴音と静にこう言います。
「いいか二人とも、絶対に、この屋敷から出るなよ。いいな?」
「わかってるわよ」
「パパ、気をつけて」
「ああ。行ってくる」
静かに時雨の部屋を出て行った乾。琴音は乾を玄関まで見送ろうと思い立って、縁側から玄関へと足を踏み出します。が、
「琴ちゃん」
時雨の制止を命じるかのような呼び止めを聞くと、琴音は立ち止まりました。外からは既に、指示を出し合う隊員たちの声でひしめき合っていました。
これから戦いが始まる。その中に身を投じる人間に、後ろ髪を引かせるようなことをするなと言っているようでした。玄関からは、乾が出て行く音が聞こえてきます。
「僕はこれから二階に移動します。君たちはどうしますか」
「わたしは、この部屋に残るわよ。あの人はそれを望むだろうから」
「確かに、乾は戦いなど君たちには見せたくないでしょう。好きになさい」
時雨は人の形をした札を手にして、部屋を後にします。
一方、取り残された琴音は、心の中の葛藤と戦っていました。琴音はこれから起きることを知るべきだと考えていたのです。しかし、乾が望まないことをしてもいいのかという疑問が、時雨を追おうとする琴音の足を踏み留まらせていました。




