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「お待たせしました。大量に作らなくちゃならなくて、こんなものしかないんだけれど」
と、涼香が盆に湯気が立つ大きなお椀を乗せて居間へ入って来ます。琴音と乾は席につき、自分の前に差し出されたお椀の中身を覗きました。白菜やネギ、椎茸にかぼちゃ、そして人参という色とりどりの野菜が入った味噌汁です。
「ごめんなさいね、外にいる隊員さんたちに配給するためにたくさん作らなくちゃならなくて、今はこれしか出せないのよ。配給し終えたら、もう一品作るわね」
涼香は、申し訳なさそうに眉を八の字にしていました。
「うちの隊員にまで作ってくれたのか?」
「ええ、もちろんです。守って頂きましたから」
乾は突然涼香の手を取ると、真剣な眼差しで涼香の目を見つめます。
「結婚してください」
「娘の前で口説くな、このアホ親父!」
「琴音、考えてみろ。お前だって涼香さんみてえな母親だったら嬉しいだろ?」
「そ、そりゃ嬉しいけど……だめ! 涼香はこんな親父に嫁がせません!」
琴音と乾がくだらない言い合いをしている最中、薙斗と静は味噌汁を食し始めていました。
「じゃあ、せめて連絡先だけでも教えて? おじさん、美味しい食事奢るから」
「……端末は?」
と、唐突に味噌汁を食している静の口から、背筋が凍るかと思うくらい低く冷たい声が発せられます。乾は一瞬固まると、名残惜しそうに大人しく涼香の手を放しました。涼香の連絡先を聞いたとしても、登録する端末がなければ意味がないということを理解したのです。
「薙斗くん、端末の予備は?」
「取り寄せに一週間はかかります」
うぅ、と泣き真似をする乾。と、手を握られていた間、常に愛想笑いを浮かべていた涼香は、意外なことに今度は自らその乾の手を握りました。
「乾さん」
慈愛に満ちたその目で見つめられた乾は、思わず胸を高鳴らせます。
「食後にお薬、ちゃんと飲んでくださいね」
と、涼香は乾の手に薬を握らせました。それは、薙斗が先ほど涼香に渡していたビニール袋の中の薬でした。涼香はぱっと乾の手を放すと、
「それじゃあ、わたしは配給に行って来ます」
そう言って、笑顔で居間を去って行くのでした。乾はいつまでも涼香が去って行った襖を見つめています。そして、心ここに非ずというような調子でこう呟きました。
「看護師の鑑だな」
「……うん、そうだね」
琴音は哀れな父親の哀れな呟きに、そう応えることしかできませんでした。
食事を終えると、乾は配給を手伝うといって配給が行われている玄関へと早々に向かって行きました。
「やっぱり涼香ちゃん一人じゃ大変だろうし、隊員たちも俺の顔見てえだろうからな」
琴音はそんなあからさまな言い訳を残し去って行った父親の器を台所で洗いながら、ため息をつきます。しかし、乾が向かってからすぐ、玄関からはそんなため息など吹っ飛ばすかのような歓声がわきました。琴音と静は、何事かと台所から玄関の方へ聞き耳を立てます。
「隊長! 戻ってらしたんですね!」
「カーテンから覗いてたの、やっぱり隊長だったんだ! お身体はもう大丈夫なんですか!?」
「乾隊長、他の部隊の奴らも隊長が病院に運ばれたって聞いて心配してたんですよ!」
聞こえてくるのは、どれも乾が戻って来たことへの歓喜と乾への気遣いの言葉でした。
「パパって、本当に隊長なんだね」
「わたしも、同じこと思ったわ」
乾が青年の頃から一緒にいる静でさえ、仕事をしている乾の顔を知らないようでした。
「まあ、どうせあの隊員たちの信頼を餌にして、涼香さんの信頼も得ようって魂胆なんでしょうけどね」
「ああ、なるほど」
琴音は乾の人間性をよく知っている静に感心しながら、洗い物を続けました。その隣で、薙斗は洗い終わったお椀を布巾で拭いています。
「わかってると思うが、お前たちは玄関には近寄るなよ」
「うん」
「自分の部屋に行くなら、北側を通って行け」
北側とは、玄関から中庭を挟んだ書斎などがある通りのことでした。洗い物を終えた琴音と静は、薙斗に言われたとおり書斎の前を通って西側へと向かいます。西側の縁側も、カーテンが閉め切られていて、外からこちらは見えないようになっていました。




