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「随分とさっきから上機嫌じゃねえか」
台所から涼香が淹れた人数分のお茶を盆に乗せて現れた琴音に、乾は不審そうに声を掛けます。
「そお?」
乾にはその真意を明かすわけにはいかない琴音は、笑顔で誤魔化しながら湯呑を配りました。
「俺に会えてそんなに嬉しいか?」
「はいはい」
「可愛くねえな」
「薙斗、ビールじゃなくてよかったの?」
乾の相手もそこそこに、いつも家に帰ると決まって薙斗が缶ビールを飲んでいることを知っていた琴音は、無意識のうちに薙斗の妻のような言葉を口にしていました。
それを聞いた乾は、親心から少々薙斗を睨むような素振りを見せましたが、娘を助けて貰ったということもあり、突っかかるようなことはしません。薙斗はそれを軽く流して会話を続けます。
「まだ仕事中だからな」
「仕事中?」
「屋敷の外、覗いてみろ」
琴音は薙斗に示された縁側へと出て、屋敷の外の様子を隠すように閉めきられているカーテンをめくりました。
琴音は驚愕しました。数時間前には池と草原しかなかったその庭に、緑色をした妖精の帽子のような三角のテントが池を避けるようにして、そこかしこに建てられていたのです。
その様子はまるで、一つの村のようでした。そのテントの周りで、緑色の軍服を身に纏った男たちが談笑をしています。どうやら、軍服は陰陽隊員の証のようでした。
「うちの精鋭部隊か」
乾は琴音の後ろから顔を出し、外の様子を眺めていました。
「こちらの東側には特殊部隊を配置し、時雨の部屋がある西側には主戦力部隊を配置しています」
「それにしても自分の住居に要請を出すなんて、時雨の奴どうしちまったんだ? 共存陰陽隊内部でもこの場所は極秘だったはずだろ」
「わかりません」
涼香を守るためだったのか、それともこれから起こるなにかを危惧しての行動なのか。どちらにせよ、わかりたくもない。薙斗の口調からそんな思いが読み取れました。そんな薙斗の向かいに座っている静は、窓の外を見向きもせずに問います。
「で? どうして主戦力部隊と特殊部隊の各精鋭部隊を配置してるのよ?」
「龍壬がこちらに寄越した別働隊が帰って来ないことで、もう一度部隊を寄越して来るかも知れないからだ」
「でも、結界は? 寄越したとしても、結界で入って来られないんじゃないの?」
結界を破ってここまで来るには、札が必要だと時雨は言っていました。龍壬はその札の存在を知っていて、乾が所持していた札を盗んだのです。しかし、その札を使って侵入したであろう別働隊は捕獲され、本部へと連行されました。もう侵入される心配はないはずです。
「別働隊が持っていた札は、時雨が乾さんに渡したものじゃなかったらしい」
「どういうこと?」
「札が何者かによって、量産された可能性があるということだ。あれだけ巨大な結界を破るくらいの札を作れるのは、あいつぐらいだと思ってたが……」
「龍壬には時雨が作った札の複製はまず無理だろう」
「だとしたら、龍壬さんの後ろには、時雨と同等かそれ以上の術者がいるということになります」
「だが、共存陰陽隊でそんな奴に心当たりねえからな。まず他主義陰陽隊の仕業と考えていいだろう」
乾と薙斗の深刻そうな会話を聞いていた琴音の顔は、自然と険しいものになっていました。
「時雨さんの能力って、そんなに高いの?」
「先天性の能力は、俺とそう変わらない。重要なのは、その能力に耐えきれる身体かどうかだ。時代を経るにつれ、術者の身体は能力に適応できなくなっていった。だから、身体に負担が大きい術を使い続けりゃ、当然死んじまう。時雨の身体は、他の術者と比べて能力に適応できるってだけの話だ」
身体が能力に適応できなくなってきているのは、術者の血筋が失われつつあるということでした。術者の血が薄くなるにつれ、身体に起こる退化。琴音は術を用いて未来を占い、時に人に仇なす妖を退治していた清才のことを思いました。
「そういえば、清才様も術をたくさん使った次の日にはよく体調を崩されてたな」
術者が能力を得ると共に負った代償。それが現代にとっては命に関わるものとなるまでに至ったと知り、琴音は約千年という長い時間を痛感するのでした。
一方、乾は琴音の口から出た名前に対し、複雑な心境を抱いていました。今まで、共存陰陽隊に近付かせないよう、名前を口にすることも許さなかったものの、もう知られてしまった以上はそれを咎める必要はありません。
しかし、それは同時に琴音を共存陰陽隊から守る手段を失ったということでした。




