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 天眼神社から車で約十分。それほどの所要時間で辿り着けるほど、龍壬の家は神社にほど近い場所に立地していました。一人暮らしとは思えないほどの立派な庭付き一軒家は、前に来た時となんら変わらぬ姿でそこに建っていました。時雨は、龍壬の家の前に駐車します。


「もう、龍壬さん着いてるかな」


「ドアベル、鳴らしてみてくれますか」


「はい」


 琴音は車から降りて玄関のドアベルを鳴らしてみました。しかし、中からの応答はありません。


「来てないみたいです。――時雨さん?」


 琴音は後から来る時雨に振り返って声を掛けます。と、車から降りた時雨はドアではなく車を停めた通りを眺めていました。


「鍵は掛かってますか?」


 時雨はこちらを向かずに問い掛けます。琴音は試しにドアノブを引いてみました。すると、ドアはなんの抵抗もなく開きます。


「空いてました!」


 再び振り返ると、時雨はいつの間にか琴音の真後ろにいました。その近さに、思わず身を引きます。


「入って待ちましょうか」


「は、はい」


 時雨は琴音の後ろから腕を伸ばし、ドアをそっと開けました。床が大理石の玄関も、いつもどおり靴が一足も置かれておらず、広々としています。


 下駄箱の上には、ブリザーブドフラワーが飾られていました。赤い薔薇に、赤のチューリップで彩られた美しいブリザーブドフラワーです。もう随分と昔から飾られているにも関わらず、その色は褪せることなく鮮やかでした。


「赤い薔薇に赤いチューリップですか。随分と龍壬さんは情熱的な方のようですね」


「へ? 龍壬さんが?」


 靴を脱ぎながら龍壬とは縁遠い言葉を聞いた琴音は、思わず間抜けな声を出してしまいました。


「花言葉は聞いたことがあるでしょう。赤い薔薇は、死ぬほどあなたを愛していますという意味があり、チューリップは永遠の愛を表します」


「贈ったんじゃなくて誰かからもらったんじゃないですか? 自分の家に飾られてるくらいですし」


「そうとも考えられますが、こういう物を龍壬さんに贈る女性に心当たりはありますか」


 琴音は三秒ほど真剣に考えて、首を横に振りました。そもそも、現代の現世では乾と龍壬と静しか知り合いがいなかったのですから、龍壬にこのような物を贈る女など知っているはずがなかったのです。


また、龍壬はデート後にワイシャツに口紅をつけて帰ってくるような乾とは違って、女の影すら見たことがありませんでした。琴音はそんな龍壬が、情熱的とはとても思えなかったのです。


 一先ず居間へ行こうと、琴音は先頭に立って廊下を歩きます。が、少し歩くと、居間の手前の部屋の前で立ち止まってしまいました。


「どうかしましたか」


「ここ、開かずの間なんです」


 開かずの間――そこは、内側から鍵が掛けられていて普段全く開くことのない部屋でした。琴音はこの家に遊びに行くと、必ずその部屋の扉の鍵が掛かっているか確認していたのです。


好奇心からの行動に間違いないのですが、ここを開けなくてはいけない義務感のようなものがいつしか琴音の中に芽生えていました。


 琴音が龍壬と出会って間もない頃、この扉の向こうの部屋について聞いたことがありましたが、龍壬はこの家に越した時からこの部屋は鍵が掛かっていて使えなかったと言い、それ以上この部屋について話すことはありませんでした。


「いつもいつも、凄く気になるんです。でも、ここに近づくと必ず龍壬さんに頼み事とかされちゃって、鍵を壊すこともできなくて」


「琴ちゃん、少し退いてください」


 と、時雨は琴音の前に出たかと思うと、ジャケットの下に隠していたホルスターから消音機を取りつけた銃を取り出し、少しの躊躇も見せず開かずの間の扉に発砲しました。


「開きましたよ」


 琴音は爽やかな笑顔で振り返る時雨を、青い顔で見つめていました。そして、時雨はそのままずかずかとその開かずの間だった部屋に入り込みます。


「ちょ、ちょっと、龍壬さんが帰ってきたらどうするんですか!?」


 そんなことを言いつつ、琴音自身七年間気になり続けていた部屋に興味津々で時雨に続いて入り込みます。


「おやおや」


 開かずの間は、十畳ほどの寝室でした。部屋の中は窓縁に木板が打ち付けられているために日は差し込まず、不気味なほど薄暗くなっています。部屋の中央にはダブルベッドが置かれ、その右隣にはベビーベッドが置かれていました。


他にも女が使うようなドレッサーに、洋服ダンスまで置かれています。もう随分と手入れがされていないようで、家具や部屋のあちこちには綿ぼこりが雪のように積っていました。


「なに、これ……」


 琴音はこの部屋に入った途端、全身に鳥肌が立つのを感じました。寒いわけではありません。琴音は、この部屋に恐怖していたのです。七年もの間、この部屋は誰かに使われることもなくここにいた。なにやら、家主の強い執着のようなものを感じました。


「琴音」


 と、後ろから聞いたことのある声が琴音を呼びました。会いたくて仕方がなかった人。ずっと、兄のように慕ってきた人の声でした。琴音は、ゆっくりと振り返ります。開かずの間だった部屋の入口。そこに、龍壬は立っていました。


「龍壬さん……」


 龍壬の表情からは、感情が読み取れませんでした。怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。必死に読み取ろうとしても、どうしてもわからないのです。


 龍壬は琴音にゆっくり近づくと、その腕で琴音をしっかりと抱きしめました。


「よくやった」


 龍壬の温もりも、耳元で囁いている声も、間違いなく龍壬のものでした。けれど、なにかが違う。この部屋のせいなのか、それともそばに時雨がいるからなのか。


 そんなことを考えあぐねていると、途端に琴音は両肩を龍壬に掴まれました。かと思えば、突然くるりと後ろを向かされ、時雨と向かい合う形となります。


 首には息をするのが苦しいくらいの圧迫感がありました。


 右のこめかみ辺りにはひんやりとした感触が当たります。


 琴音は曇ったドレッサーの鏡に映る自分の姿を見て、龍壬に銃を突きつけられているということを知りました。


「たつ、み、さん?」


「銃を捨てて、両手を上げろ」


 龍壬の鋭い声が頭上から降ってきました。時雨は肩を竦めて、龍壬に言われたとおり持っていた銃を床に放り投げ、両手を上げます。


「拘束しろ」


 龍壬のこの言葉を聞くと、部屋にはどこにいたのかというくらいの拳銃を持った男たちがどっと押し寄せ、あっという間に時雨を囲ってしまいました。そして、一人の男が時雨の手首をガムテープでぐるぐる巻きにしていきます。


「龍壬さん、どうしてこんなことするの!?」


 琴音の抗議の声も、龍壬には届いていないようでした。


 琴音は龍壬に、時雨は男たちに銃口を向けられながら、そのまま居間へと連れて行かれます。居間に着くと、琴音は龍壬から屈強な男へと引き渡されました。男は琴音の手首に手錠を掛けて首へと太い腕を回して拘束します。


龍壬は、居間の中央に時雨を座らせました。周りには十人の男たちが拳銃を持って待機しています。その様子を、龍壬の趣味とは思えないほど可愛らしい壁掛けのからくり時計が見下ろしていました。


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