表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/126

2


 とにかく、なにか食べてから考えよう。しかし、ひたすら歩き続けるも、それらしい店は見つかりません。住宅街から抜けたかと思うと、次に出てきたのは再び公園でした。


この公園は、さっきの城址公園ほどの広さではありませんが、多くの子どもたちが走り回り、四人組の主婦が井戸端会議をしていました。


また、公園の中には神社が建っているらしく、公園の入り口には(あまの)()(じん)(じゃ)と刻印された石碑が立っており、朱色の鳥居が公園の中の道なりに複数建てられています。


 琴音はこれからのことを祈願しようと考え、神社の方へ足を向けました。神社は公園に入り、更に右手にある入口の鳥居を潜った先の池の橋を渡った奥にあるようです。辺りは木々が生い茂り、昼だとは思えないくらい暗い空間でした。


あまり手入れはされていないらしく、下を見れば落ち葉や木の枝が散乱し、池も苔まみれで汚れています。ただ、隅には車が一台止めてあり、その車には落ち葉や枝が積っていませんでした。どうやら、誰かが頻繁にここを訪れているようです。


 橋を渡って目の前の長い石段を上ると、木製のこじんまりとした拝殿がありました。その背後には、祀っている神の本殿がひっそりと建てられています。


そこから左手の少し離れた所には、木造の小さな家が参拝客を遠くから眺めるかのように建っていました。しかし、その家には人の気配はありません。参拝客もなく、その場には十六歳の琴音だけがいました。


 琴音はハンドバッグの中から財布を取り出し、十円を賽銭箱にそっと落とします。


「どうか、家族が無事でありますように」


 琴音は、必死に家族の無事を願いました。しかし、願われているわたし(・・・)からすれば、今願っている相手が、自分の主だった男の妻であるとも知らず必死に願っている琴音の姿は、実に滑稽なものでした。


 十分に願った後、琴音の腹は盛大に鳴りました。ふと思い立ち、もう一度賽銭箱に十円玉を落とします。


十円玉一枚につき願い事が一つというわけではありませんが、その方が神様も気分がいいに違いないという勝手な考えからの行動でした。


この時の琴音は、わたしを守銭奴かなにかと勘違いしている時点で、わたしに対して無礼であるとは全く考えていなかったのです。


「今日中にご飯が食べられますように」


 願い終え、再び食事ができる所を探そうと神社を出ると、主婦たちの井戸端会議は未だ続いていました。琴音は僅かな勇気を振り絞って、主婦たちに声を掛けます。


「あの……」


 一言声を掛けると、見慣れない人間の目が一斉にこっちを向きました。少し怖気づきましたが、負けじと口を開きます。


「この近くに、食事処はございませんか。コンビニでも構わないのですが」


 パパと出会い、家族となってからはしばらく敬語など使っていなかったため、敬語が正しく使えているか不安でした。しかし、そんな不安とは裏腹に四人の主婦たちは明るく応対してくれます。


「そうねえ、ここらはカフェとかレストランはないからねえ」


「コンビニだったらどこが一番近いかしら」


「駅の方まで行くと結構かかるしね」


「それなら、(りょく)(おう)高校の向かいのコンビニがいいんじゃない?」


 聞き慣れない学校名が出てきました。琴音は先ほど見た箱のような建物を思い出します。


「その高校って、向こうにある学校ですか?」


 琴音は来た道を指差しました。田畑から見えていた学校は、既に琴音の背後にあったのです。


「ああ、それは小学校よ。ここらは、小中高って密集してるの」


 言われてみれば、来た道ではランドセルを背負った小学生しか見掛けませんでした。


「あそこに坂があるでしょ。あの坂を上ると、国道に出るの。その国道を横断歩道で渡ってひたすら真っ直ぐ行くと、また大きな通りに出るんだけど、その横断歩道を渡った先に先にコンビニがあるわ」


 主婦の一人は、左前方にある坂道を指差してこう言いました。


「あ、ありがとうございます!」


「いいえ、気をつけてね」


 琴音は一礼し、坂の方へと向かいました。道を教えてくれた主婦は、手を振って愛想よく笑顔で見送ってくれています。しかし、琴音が比較的離れると、


「……旅行かしら?」


「まさか、こんな田舎に?」


「もしかして、家出?」


「そんなふうには見えなかったけど」


 いつの間にやら井戸端会議の議題になっていました。琴音は気にせず坂を上り始めます。坂の脇の花壇では、パンジーやチューリップなど春の花々が綺麗に咲き乱れていました。


 坂を上ると、前方に擁壁が見えてきました。その擁壁の上にはガードレールが設置されています。擁壁の横を通り坂道を上り続けると、擁壁はだんだんと低くなり、国道が見え、やがて前方に国道を渡るための横断歩道が見えました。


横断歩道の背後には、田畑から見えた大きなマンションが建っています。随分遠くまで来たものだと、琴音はそっと息をつきました。


 横断歩道の信号が青に変わると、琴音は主婦に言われたとおりその道を渡ります。横断歩道の先はまた住宅密集地でした。家と家の間の道をひたすら真っ直ぐ進み、大通りを目指します。


 すると、車が横行する大通りに出ました。大通りの横断歩道の信号が青になるのを待っていると、向こう側からセーラー服を着込んだ女子高生三人が話しながらやって来ます。


「今日一日、寺井先生に会えなくて辛かったー」


「また寺井の話?」


「だって、マジで寺井先生かっこよくない?」


「えー、無口だし怒ったら凄い怖いって噂だよ。それにあの先生、私生活が謎すぎ」


「そこがいいんだって! ミステリアスな男、大好物!」


「まあ、寺井先生は一部の女子からは結構人気だよね。ルックスいいし声も低くてかっこいいし」


「わたしは誰がなにと言おうと神崎先生派でーす」


「ああ、ザ・優男ね」


 信号が青になり、女子高生集団が渡って来きます。琴音も慌てて横断歩道を渡り始めました。横断歩道上で女子高生とすれ違うと、なんだか花のようないい匂いがします。


「あ、あれが女子高生」


 横断歩道を渡り切った琴音はしばらく呆然と女子高生集団を見送っていました。生で初めて見た女子高生に感動していたのです。


 なんかいい匂いするし、髪もさらさらだし足もモデルさんみたいに綺麗だったんですけど。話題すらも恋する乙女というようで、羨ましく感じました。


「いいな、女子高生」


 もし、自分が人間だったらあの子たちと並んで歩いていただろうか。琴音はセーラー服を着た自分の姿を想像して思わず頬を緩ませました。


 しかし、直ぐにパパたちのことを思い出して、慌てて頭を振り余計な考えを追い出します。今はこんなこと考えてる場合じゃない。早く時雨を見つけなければ、家族が死刑になるんだから。


 目の前にはコンビニの看板が見えていました。その向かいには、緑旺高校が建っています。今がちょうど放課後らしく、校門からは続々と生徒たちが出て来ていました。


女子はセーラー服、男子は学ラン。今時珍しい古風な制服でした。琴音はそんな緑旺高校を横目に、コンビニへと足を運ばせます。


 こんな形でメロンパンを食べることになろうとは、夢にも思わなかった。


そんなことを思いながら、琴音はコンビニの棚からメロンパンを一つ手に取りました。他にも食べたいものはありましたが、極力節約をしなければお小遣いが無くなるので、今日の食事はメロンパンのみです。


 店内には、琴音の他に授業を終えた高校生たちが客として訪れていました。レジには既に高校生たちの行列ができています。どうやら混雑時に当たったようでした。琴音は長いレジの列に並びます。


「あ、そうそう。そういえば、出たらしいよ」


 琴音の背後に並んだ女子高生が、ふいに声を潜めてこんなことを言いました。


「出たってなにが?」


「大葉城址公園の幽霊」


 琴音は自然と耳に入った台詞の中の、大葉城址公園という単語から、自分が歩いて来た中で見た風景を思い出しました。そして、幽霊という単語から、血生臭いあの歴史を連想します。


「うっそ、ほんとに?」


「隣のクラスの男子たちがさ、心霊スポット巡りとかいって公園の山に行ったらしいんだよね。そしたら、長身の和服男が歩いてたのを全員が見たって」


「あの山に家なんかあんの?」


「それが、頂上まで行ったけど途中に怪しい鳥居があるだけで他はなにもなかったんだって」


「気持ちわる……」


 女子高生の話を聞いた琴音は、直ぐにその幽霊に興味を抱きました。はたして、その長身和服男は本当に幽霊なのか。もしかしたら、人間に化けた妖である可能性もあります。肉体のある妖なら、複数の人間に見えても不思議はありません。


もし、琴音と同じ変わり者の妖であったなら、時雨のことはともかく、龍壬が言っていた共存陰陽隊についてなにか知っているかも知れません。


 琴音は会計を済ませている間にそんな思考を巡らせていました。コンビニを出ると、日は既に傾き、アスファルトに映る影は細長く伸びていました。すっかり夕方です。


幽霊のことが気がかりではありましたが、これから大葉城址公園に戻るほどの体力が琴音にはありませんでした。仕方なしに、せめて神社まで戻ることにします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ