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 龍壬の死から数時間後。総指揮官の盃は、龍壬の訃報を聞いてから静かに息を引き取りました。更に、龍壬を射殺した本部護衛は、牢獄に入れられてから舌を噛み切って自殺。


あの日、共存陰陽隊の人間が三人も死んだという事実を時雨から知らされても、琴音の瞼には龍壬の死に顔が焼き付き、それ以外なにも考えられませんでした。


 目を瞑れば龍壬との思い出が、濁流のように頭の中に押し寄せます。絵本を読んでくれた龍壬。料理を教えてくれた龍壬。乾と喧嘩をして泣いていた自分を慰めてくれた龍壬。もう、そんな龍壬はどこにもいません。


 ――清才様と同じだ。もう二度と会えない。龍壬の生まれ変わりと出会えたとしても、それはもうあたしの知っている龍壬さんじゃない。だって、その人はもう、あたしのことを覚えていないんだから。


 葬儀は一日目に盃、二日目に龍壬と分けて執り行われることとなりました。本来、罪人は葬儀を行わない決まりですが、龍壬の場合は直前で無罪となったために行うことが許可されたのです。


事件の翌日、盃の葬儀は早々に執り行われることとなりました。全隊員出席が義務となった盃の葬儀でしたが、その中で一部例外者もいました。その例外者とは、琴音と静、そして薙斗と朱里のことでした。


薙斗と朱里は、共存陰陽隊内の人間に暴力を振るったことが原因で、その日のうちに二週間の謹慎処分が命じられました。そのため、この二人は盃の葬儀のみならず龍壬の葬儀の出席も禁じられてしまいました。


そして琴音と静は、龍壬の無事を条件に入隊を申し出たにも関わらず、龍壬の無事が保障されなかったために入隊が保留となったため、葬儀出席の義務からは除外されたのでした。


 乾や静と共に時雨の屋敷に身を置いた琴音は、自室から一歩も出ることはありませんでした。涼香が運ぶ料理や飲み物さえも、手を付けようとしません。


 そんな琴音の様子を見た時雨は、琴音がこの屋敷に来る前に視た場面を思い出しました。布団の中で、上半身だけ起こして虚ろな目で空を眺める少女。その表情からは、生気がまるで感じられませんでした。


 ――やはり、妖といえども運命を変えることはできないようですね。


 時雨はゆっくりと琴音に近づきます。


「今は、全てを忘れて眠りなさい」


 時雨が琴音の目を隠すようにして手を当ててこう呟くと、琴音はゆっくりと目を閉じ、身体を布団に預けるのでした。



 ――あたしは一体、あとどれくらいこんな思いをするんだろう。あとどれだけ、人の死を見なければいけないんだろう。


 そんなことを考えていると、窓の外は明るくなり、そしていつの間にか暗くなる。部屋の外からは人の声や足音が忙しなく響く。時は止まらない。琴音にはそれが、なんだかとても、恐ろしいことのように思えました。


「琴音」


 ふと、乾の声が聞こえました。布団を被ったまま、一体どれくらいの時間こうしていたのでしょう。考え事をしていたのか、それとも眠っていたのか。屋敷に着いてからの記憶は曖昧にしか残っていませんでした。


 琴音は少しだけ布団を退かして乾の方を向きました。見ると、涼香が置いてくれたのか、机の上にはおむすびやお茶などが並べられています。


 久し振りに見た隊服姿の乾は、声に反応した琴音を見て少し安心したように笑いました。


「琴音、いつまで寝てんだ?」


 乾は努めて明るく振る舞おうとしているようでした。しかし、ちゃんと眠れていないのか、乾の目の下にはくっきりと隈ができています。少しやつれたようにも思えました。


「龍壬にちゃんとお別れ言わねえと、あいつ成仏しないで化けて出るぞ」


 乾は琴音の枕元に座り、琴音の頭を撫でました。化けて出て来てくれた方が嬉しい。琴音は一瞬だけそう思いました。しかし、それはエゴだと気づき、直ぐにその考えを打ち消そうとします。


龍壬さんは、きっと今頃、死んだ桜月さんとこの世に生を享けることのなかった子どもに会ってるはず。だからもう、現世での心配を掛けたらだめなんだ。そう自分に言い聞かせても、辛くて、胸が熱くて、涙は止まりませんでした。


「琴音……」


 乾は泣いている琴音を、その身体で包み込むようにして抱きしめました。


「琴音、龍壬にきちんと礼をしに行こう。たくさん、世話になっただろ」


 乾は琴音の頭を撫でながらこう言いました。琴音はとめどなく溢れる涙を拭いながら、ただ、ただ、頷きました。


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