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 いつの間にか隣には、目隠しと手錠を外し、呆然と立ち尽くす静がいました。そして、向かい側には帯を解いた涼香がいます。涼香はその解いた濃紺の帯を龍壬の胴体に巻き付け、きつく縛りました。


「ぐうっ……!」


 縛られると、龍壬は苦悶な表情を浮かべ、歯と歯の間から呻き声を発しました。


「応急処置です。直ぐに人を呼んで来ます」


「ま、て」


 龍壬は、弱々しく涼香の着物の袖を掴みました。


「……聞いて欲しいことがある」


 涼香はそれを聞くと、一瞬戸惑いの色を見せるも、やがて目を伏せて琴音の向かい側に腰を下ろしました。龍壬は涼香が座ったことを確認すると、改めて琴音に視線を向けます。


「琴音……お前は、本当に成長したな。よく……ここまで来た」


 龍壬は、息を乱しながらこう言いました。


「龍壬さん、あたし、一人でここまで来たんじゃないの。時雨さんや薙斗、朱里さんに手伝って貰って来たの。あたしにも、仲間ができたんだよ。妖のあたしを、ちゃんと受け入れてくれる仲間が。涼香はね、すっごく料理が上手なの」


「そうか……よかったな」


 琴音の取り止めのない話を、龍壬は苦し気な笑顔で聞いていました。


「龍壬さんにも、いるでしょう? 特殊部隊のみんな、龍壬さんのこと待ってるよ。ね、早く帰ろうよ」


「琴音」


「そうだ、みんなの所に帰って、特殊部隊と主戦力部隊合同でお花見するの! きっと、もうすぐ桜も綺麗に咲くから……! だから……死なないでよ、龍壬さん……! ……あたしを、置いて行かないでよお!」


 ぽたぽたと、琴音の涙が龍壬の頬を濡らしました。龍壬は無言で琴音に手を伸ばし、琴音の涙を指で拭います。


「お前は……いつまでも泣き虫だな」


 龍壬の手は、温もりを失いかけていました。その温もりを逃がすまいと、琴音はその手を握りしめます。


「琴音、よく聞け。……お前は、これから自分で、自分の道を切り開くんだ。決めるのは乾でも、静でもない……お前、自身だ」


 龍壬は、ぽつりぽつりと話し始めました。その声は、注意して聞かなければならないほど弱々しいものでした。


「その道を決めたら……お前は真っ直ぐに進め。……だが……どんなに辛い道を選んだとしても……それは、自分が決めた道だ。……最後まで、突き通せ。――静」


 名前を呼ばれて、静はそっと涼香の隣に腰を下ろしました。


「琴音のことを、頼む。どんなことがあっても……お前は、こいつの味方になってやってくれ」


「わかったわ」


「それから……涼香さん、か。あんたも……こいつを、よろしく頼む。こいつは、本当に……泣き虫だから、な」


「ええ、心配しないで」


 龍壬は、静と涼香の返事を聞くと、安心したように目を閉じました。琴音は咄嗟に叫びます。


「目を閉じちゃだめ!」


「琴音、静……お前たちは……俺の、かけがえのない……家族だ。お前たちの、おかげで……俺は幸せ、だった……」


「龍壬さん! 目を開けて!」




「ありが、とう……」




 龍壬の瞼の隙間から涙がこぼれ落ちるのが早いか、琴音の頬を撫でていた龍壬の手が床に落ちるのが早いか。


 龍壬は、それっきり口を開くことはありませんでした。


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