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16

「あ、そうだ、基己のこと頼むぜ」


「あのガキか」


「ああ。性格はあんなだが、なかなか見所はある。それは保障すっからよ」


「わかった。……話しておきたいことは、それだけか」


 龍壬は時計に視線を向けます。あと、一分。これで本当に最期の言葉となるだろう。最期に、これだけは話しておかなくてはなりませんでした。


「乾。俺、お前のこと恨んでねえからな」


 乾はこの龍壬の台詞に反応を示しました。


「お前、デートとか抜かしながら単独で桜月を殺した妖のこと探ってただろ。贖罪だかなんだか知らねえが。――もういい。もう、苦しむな。俺は、もう十分だ」


 たとえ、補佐として抜擢したことや琴音や静と出会わせたこと全てが乾の罪滅ぼしだったとしても、龍壬はもう十分満足でした。求めることなど、これ以上なにもありはしなかったのです。


 龍壬が笑顔でそう言いきると、黒いローブの者たちはローブの内側からベルを取り出し、そのベルを左手で振って鳴らし始めました。もう片方の右手には拳銃が構えられています。その複数の銃口は、静を狙っていました。


「……すまん、龍壬」


 ベルの音に紛れて、乾の涙に濡れた苦しそうな声が聞こえてきます。そして、乾はその銃を両手で構えました。龍壬は乾が狙いやすいよう、両手を広げて目を閉じます。


 と、龍壬の瞼の裏に浮かんできたのは、琴音の笑顔でした。最期に浮かんでくるのは桜月の顔だとばかり思っていたものの、どうやら琴音の存在は、いつの間にか桜月より特別になっていたようです。


しかし、それは恋慕ではなく、親としての感情でした。幼かった琴音の成長をこの目で見れたこと、それこそが我が子を見ずして亡くした龍壬のなによりの喜びでした。


 そんなことを龍壬が考えているとは知らない乾は、涙を袖で拭い、銃を持ち震える右手を左手で押さえつけ、しっかりと龍壬の心臓を狙いました。


 引き金に人差し指を乗せる――


 その瞬間、広間の扉は何者かによって勢いよく開かれるのでした。



          *



「この刑、輝夜様のご意思により取り止めと致します」


 広間の扉を勢いよく開いたその瞬間、深影の声はベルが鳴り響く空間を切り裂きました。部屋の隅に四人を囲うように並んでいた黒い人間たちは、深影の姿を確認するとそのベルと銃を床に置きます。


「龍壬さん!」


 琴音は龍壬を確認すると迷わず駆け出しました。龍壬は巫女装束姿の琴音を見ると、信じられないというような表情を浮かべながら琴音の方に身体を向けます。そして、その両手で琴音を迎えようと一歩足を踏み出しました。


「――龍壬!」



 ――ダンッ



 龍壬の動きは、短い轟音と同時に停止しました。かと思えば、身体は大きく傾き、そのまま床に倒れ込んでしまいます。


 一部始終を見ていた琴音は、なにが起きたのかわかりませんでした。


 乾の叫び声とほぼ同時に銃声が響き、龍壬は倒れました。


 龍壬の後ろには、拳銃を構えた黒い人間。


 その人間を見て、琴音はようやく理解しました。


 ――龍壬さんは、こいつに撃たれたんだ。


「きっさまあああああ!」


 乾の怒号で誰もが我に返りました。乾はテーブルを乗り越え、龍壬を撃った黒い人間に殴り掛かります。


「いや……いやああああああ! 龍壬さん!」


 琴音は、無我夢中で龍壬に駆け寄りました。そして、龍壬の頭を抱え込み、叫び続けます。


「龍壬さん! 龍壬さん! お願い、目を開けて!」


「こと……ね……」


 龍壬は焦点の合わない目で琴音を必死に捉え、そっと琴音の頬に触れました。背から流れる血は真紅の絨毯に染み込み、まるで真紅の絨毯が敷かれた広間全体が血の海と化したように思われました。


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