その2
彼が都についたのは、ちょうど人々が朝の食事も終わり、町全体が活気づいてくる時間帯だった。
首都である王の都は、4つの大きな街道により各地とつながっている。その4か所すべて、王都への入口となる場所には、境となる大きな関門がある。
石造りでできた櫓の中央に、金属で補強された分厚い木製の扉が鎧戸として備え付けられている、大きな関門である。
首都であり、王が座する都であるがゆえに、防衛のためこのような堅固な門がそびえたち、屈強な騎士たちが通るものすべてを検問するのだ。
その門の前にアルは立っていた。
アルの周りにいるのは、一日の仕事が始まり、やる気に満ちた者ばかりであった。そんな人々らとともに、王都の関所の前で、通過の順番が来るのをアルは待っていた。
王都より、はるか北のイーディアの丘に住まう彼が、普通にここまで歩いて来たとすれば、おそらく2月はかかるだろう。あるいは荷馬車や馬に乗って向かったとしても、軽く1月くらいはかかるだろう。その距離を、ごく短時間のうちに、彼はここまでやって来たのだ。
もちろん魔法を使って。
彼が使った魔法は、大地を蹴って飛ぶ力を増幅させた「走り飛んでいく」魔法ではなく、風の力を借りた「空を飛ぶ」魔法でもなく、もっと簡単で目立たない、水脈を使った魔法だ。
大地には張り巡らされた水脈がある。滔々と流れる水は、大地の下でうねり、静かに流れる。その地下水脈の流れを借りて移動するのが、「水脈の魔法」だ。
水脈自体はこの大陸にはいくつか大きなものが存在しており、その水脈の流れを知っていれば、流されるままに移動ができる魔法でもある。
空を翔けるよりも少ない魔法の力と体力で移動を行うことができ、もとより人の目のつかない大地の下の水脈の中を移動するために、ひっそりと移動ができるという利点がある。その半面、水の流れに身をまかせながらも、その流れを多少は微調節しなければならないことと、水脈の中にいる間は、水の中で呼吸ができるように水中の酸素を集めなければいけない、という難点があるのだ。
このように二つの力を同時に操らなければならない魔法であり、ある程度の鍛錬と習得が必要になってくるものであるため、魔法使いの中でも、好みが分かれる魔法ではある。
そのような魔法の力を借りて、アルは王都までやってきたのだ。
アルは王都の前で、その豪華で、堅固な門の前で、大きく溜息をついた。
この門を超えると、目的地でもある、この国の首都だ。
この首都は、中央に行くにつれて位の高いものが住まう場所となる。つまり、この街道から首都への門を通過すると、一般人の居住区であり、その次に専門職たちの居住区、そして特権階級たちの居住区から続き、貴族たちの城へとなる。そしてさらに中心の場所には、王の住まう城があり、この町の中央で、治世のための政治がなされているのだ。
そんな、王都への境となる門は、重厚で、巨大だ。
これ見よがしに門の上から大砲が睨みを利かせ、侵入者がいればただちに攻撃する、という姿勢を見せていた。また、武骨な感じの石造りの建物自体には、この国の王の紋章が掲げられているだけで装飾性はあまりない。しかし幾度ここで争いを防いだのか、ということを思い起こさせるかのように、ところどころ欠けた所が補修し、補強した跡がある。
そして中央に備えられた、分厚い扉。有事の際には、その扉が音をたてて閉められるのだろう。王都らしい洗練されたというような印象を受けないその関は、どこまでも簡素であるのに、実に堅固だ。
そして、王都も守るのはその門だけではない。
関所となる建物の前には、王国選りすぐりの屈強な騎士たちが門番として立っており、あらゆる方向に目を光らせ、王都に入ってくる人間たちを監視し、記録していた。
防御の力としては、重厚な門、高い能力を持つ門番たちという、最高のものでこの王都は守られているのだ。
それに付加するように、かけられた力がある。
魔法使いの目から見れば、薄いヴェールがかけられているかのように、王都全体に加護の魔法がかけられているのだ。門は特にその防御の魔法が強く認められる。これはギルトの歴代の魔法使いたちが幾重にもかけた、加護の祈りにも似た魔法だ。悪意ある魔法使いたちの侵入を察知して、拒むためのものだ。
とても強固な魔法によっても、この門は守られているのだ。
まさに、鉄壁の城門だ。
来たくなかった、そんな堅固な王都の門の前に立つアルの表情はそう物語っていた。
周りにいる旅装姿の人々は、“やっと王都に帰ってきた”という安堵の表情を浮かべている者もいれば、“ここが王都か”という到達の喜びをかみしめている者もいる。
その中で、彼の無感動とも感じられる表情は、周りの人々とは対照的なものだった。
もともとアルは王都には、あまりいい印象を持っていない。
田舎育ちの彼は、その大半をイーディアの丘という、よく言えば自然あふれる豊かな土壌、悪く言えば、“ど”が三つ位つく田舎に暮らしていた。山川木草に囲まれた、牧歌的な土地で暮らすアルにとっては、いろいろな雑多な人間の声、気配、思念のあふれる王都の空気は、騒がしすぎるものであり、ともすれば人酔いしかねないほど、気持ちが乱されるものであったのだ。
そして、もうひとつ。彼が王都に短い期間滞在したときの、記憶のせいだ。
魔法使いになるためには、王都での試験を受けなければならない。勝手に魔法使いと名乗ることはできないし、もし仮にそんな存在がいれば、魔法使いのギルドが、全力を持って、その“自称”魔法使いを捕え、罰を与えるだろう。
それというのも、『魔法』という一般の人には預かり知れない力を持つ魔法使いたちが、そこここにいるようなことがあれば、多くの国や権力を持つ者たちにとっては、不具合なこととなるだろう。というのも、魔法使いたちが権力を持つことになれば、国政は大いに乱され、人心が惑わされることが予想されるからだ。
そのために、ある程度の力を持った魔法使いたちはギルドに登録されることになる。そして、ギルドに記録された人物は、王国にその情報が伝えられるような仕組みとなっているのだ。
王国は、ギルドの記録を管理することで魔法使いの存在を認めることとなり、逆に魔法使いたちは、王国に一応黙認されることで、この国に居住し、生活できることとなるのだ。
アルも魔法使いの試験を受けるために、イーディアの丘を離れ王都へ行った経験があった。試験のために、ひと月ほどの間、魔法使い見習いたちと集団となって、王都で生活しなければならなかったのだ。
現在、魔法使いたちは、王都ではあまり好まれておらず、一部の人間には嫌悪されるくらいの存在である。
そんな魔法使いたちが王都でわざわざ試験を行うのは、不安定な魔法を使う魔法使い見習いたちに、力の暴走があった場合のことが考えられてのためだ。
暴走の力は、王国にかけられた防御の魔法が、ある程度抑えることができるのだ。そして集団で魔法使いたちが試験を行うのは、各個人たちの性格、魔法の使い方、その力の強さを見て、切磋琢磨するためであるが、同期の魔法使いたちと顔見知りなることも、目的の一つであると、いわれている。
もともと人里離れたところで生きていたアルにとっては、一回で王都の生活は十分だ、と思うほど、落ち着かない、居心地の悪い所だった。
なれない他者との人づきあい。
魔法使いとしての自負と誇りを踏みにじるような、王都の人間の態度。
王都の関所である門扉を見ていると、魔法使い見習いの時の王都の生活がふと頭の中に浮かびかけ、思い出すのも恐ろしいとばかりにアルは、ぶるり、と身を震わせ、目をそらした。
ゆっくりと、だが確実に列は前に進んでいた。
もうすぐ検問を通るという時に、アルは懐から魔法使いの証である杖を取り出した。
小さなただの指揮棒のようなものが、とたんに大きくなり、曲がりくねったような木の杖となった。その先端には、小さな赤い玉が埋め込まれていた。
その存在に、後続の人たちが、ざわりとなる。
そもそも、魔法使いの正装は、頭巾つきのすその長いローブだ。
身元を伏せるために顔を隠し、挙動を見せないように緩やかなローブをまとうのが、正式な装いとされているのだ。
その魔法使いの正装を、彼はしていなかった。もちろん、アルがローブを身につけることなど、この一年間、一度もなかった。一年間といわず、ローブを着たのは一体いつくらい前だろうか、と思い出すこともできないくらい、ずいぶん前のことだった。
彼がしている姿は、ただの町人の衣類でもある麻のボタンシャツに、綿の上着、生成りの長ズボンに、紐を締めた革靴に身を包んだものだ。
その姿のどこにも、魔法使いであることを示すものはない。
イーディアの丘で暮らす彼にとっては、この姿が普段着であり、慣れ親しんだ姿であった。
そんな、いわゆる一般人の服装をした彼がとりだした、魔法使いを示す杖。取り出す瞬間を見てしまった者は、ひそひそと彼が魔法使いであることを伝え合うように囁いた。しかし、それを見ていなかった者にしてみれば、普通の服装の男が、魔法使いの杖を持っているのだ。その姿は、なんとなく滑稽であるように感じられていた。
列が進み、王都の関門の審査の順番が来たとき、門番たちもそう思ったのか、アルの姿を目にして、どことなくニヤリ、と門番同士で目配せした。
「さあ、お兄さん。次はお兄さんの番だ」
そう言って、門番の一人が彼に向かった。
門番の瞳は、まるで彼が魔法使いのニセモノであるかのではないか、そうであればどう対応してやろう、と待ち構えているようであった。
「身分証明書は、その杖かい?」
門番の男がそう問いかける。
関所を通るには身分証明書が必要となる。
町人であれば国の戸籍を証明する身元証明書がある。商人であれば、それに加えて商会の身分証がある。兵士や騎士であれば、仕える主人からの身元証明書を持つ。そうした証明書は、このように関所を越えたり、あるいは公的な補助や仕事を受けたり、身近なところでは転居や就職にもかかわってくる重要なものなのだ。
魔法使いは、いわゆる身分証明書となる手形を持たない。
その身元はギルドに登録された時点で、国からの戸籍が抹消され、一般人ではなくなってしまうためだ。証明書を持たない魔法使いが、その身分を証明するものは、自らの杖であるのだ。
これは、魔法使いがあらゆる権力を持つことがないようにするための措置だ。
人知を超える力をもつ魔法使いが、国を興そうと野望を持った場合、それは厄介なことになるだろう。それを危惧したはるか昔の国王が、魔法使いの身分証明書を破ることを定めたのだ。
魔法使いは戸籍が抹消され、人としての生活が、その時点でできなくなってしまう。
しかし、それでは魔法使いは、関所を越えることも、新居を構えることも、新たな魔法使いの店を開くこともできない。そのために身分証明証の代わりとなるのが、魔法使いのもつ杖なのだ。
魔法使いにとって、杖は魔法を使うためにはとくに必要ではない。なくても魔法は使えるが、あっても魔法に差し障りがあるわけでない、という魔法使いが大半である。王都での試験に合格した者だけが、逆に言うと魔法使いとしてギルドに登録され戸籍を失ったものだけが、魔法使いの杖を持つこととなるのだ。
その杖は個人個人で確保する。どんな素材を使っても、もちろん木である必要はなく、金属の杖であってもかまわない。形もどんなものであっても良いのだ。まっすぐなものでも、曲がりくねったものでも、石が埋め込まれようが、精巧な彫刻がなされようが、それは魔法使いの趣味であり、個性であるので構わないとされる。
杖を持つことが、魔法使いの証明となるが、それだけ統一性のない杖だからこそ、杖を持っているというだけで、魔法使いと詐称することがあってはならない。そのような、ならず者が城門を超えることがあってはならない。不正をされてはならない。
そのために魔法使いのギルドは、本当に魔法使いであることをしめす杖であるかどうかを照合するための、敷布を作ったのだ。公的な大きな所ではその敷布を使って、魔法使いの身分を確認するのだ。
使い方は簡単だ。
その敷布に魔法使いの持つ杖を掲げることで、敷布は杖の持ち主の魔力を感知し、掲げられた魔力と、ギルドが登録している魔法使いの魔力が合致すれば、魔法使いの名前が敷布に描かれるといったものだ。もしまったくのニセモノの魔法使いであった場合には、敷布はまったく反応しない。
にやにやと、門番はその敷布を取り出し彼に差し出す。その眼は、アルの主張をまったく信じていないようだ。
そんなことにはお構いなしといったように、アルは無表情のまま、敷布に杖を掲げる。
「っ!!」
予想外のことに、門番はびっくりしたように、飛び上がりかける。だが、かろうじてそれをとどめたようであった。
アルの持つ杖がかざされた敷布は、たちまちに反応したのだ。
敷布が突然に淡い光を放つ。
アルの後ろで順番を待っていた人たちも、目の前で起こっていることに、ざわめく。
淡い光はやがて、敷布に彼の名前を描き出す。
敷布に現れた文字を見た門番は、信じられないように目を見開き、彼と、敷布を見やる。
そして、どことなく、申し訳なさそうな表情を浮かべて、告げる。
「‥‥‥スタンディッシュ王国の、首都にようこそ、魔法使いアル殿」
門番の歓迎の言葉に、アルは無表情に門をすり抜けていった。
2/20 内容はおおむね変わっていませんが、文章を訂正しました。




