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その12

 「ジーナ、お待たせしました。………さあ行きましょうか」


 そう言ってジーナの前に立つアルは、先ほどまでしていた服装とは異なり、魔法使いの正装をしていた。


 頭巾つきの裾の長い、黒色のローブが、アルの体をすっぽり覆っていた。本来であれば頭をすっぽりと覆い隠す頭巾は、まだ首の後ろに置かれている状態だ。

 手に持っているのは、曲がりくねった木でできた杖であり、その先端には小さな赤い玉が埋め込まれている。

 柔らかい笑みを浮かべるその人物は、先ほどまで自分と同行してくれていた人物アルである。

 しかし。


 身を隠すローブに、杖。

 魔法使いの正式な衣装だ。


 自分をぽかんと見つめるジーナに向かってアルは、自分の着ているローブを広げて見せながら言った。


「これはサルディナに借りたんです」


 突然に変わった衣装にジーナは驚いているのかと思い、アルはそう言い訳した。


 身元の保証であれば、ジーナが、王国近衛騎士であるジーナが行ってくれるはずである。絶対的な保証があるので、アルが今までの普通の服装で王宮に訪れても、何ら問題はなかったかもしれない。

 しかし、これから王宮で、しかもこの国の王の目の前で魔法を行うのだ。

 いくらアルが、この国の権力や貴族と無関係に生きていようが、あまりに無頓着すぎても、逆に記憶に残ってしまうだろう。記録上にある通りの魔法使いの正装、つまり、魔法使いはこうだろうと思わせるような恰好をしていくことで、逆にアル個人の印象は、そこまで強く残らないのではないか、と考えたのだ。

 しかも魔法使いの正装は、頭まですっぽりと頭巾をかぶるのだ。必然的に顔を隠すことになるので、さらに好都合だ。そう思って、サルディナの衣装部屋から、ローブを引っ張り出して、拝借したのだ。


「国王は、私服姿の私よりも、正装の魔法使いに対面したいでしょうし」


 そう付け加えるアルの姿を、ジーナはぽかんと、口を開けて見ていた。

 そんなジーナにアルは首をかしげる。


(いったい、なぜジーナは呆然としているのだろうか?)


 そう思いながら、アルも自分を見つめるジーナを見返していた。


「…本当に、あなたは魔術師………魔法使いなの、ね」


 やっと、ジーナが口に出せたのは、そんな言葉だった。

 そうつぶやくジーナに、アルは困ったように微笑んだ。


 ジーナにしてみれば、魔法使いが身近にいることなど、とてつもない非日常の出来事なのだ。

 もちろん王都にも魔法使いはいる。だからこそ、ジーナは自分たちが抱える問題に対して魔法使いの、人知を超えた力を貸してもらおうとしていたのだ。

 しかし、魔法使いというものを知らないながらも、もっと威厳があって、人間離れしていて、恐ろしい存在だと思っていた。


 サルディナでさえ、ジーナにとっては予想外に人間じみた人なのだな、と感じていたのだ。

 それなのに、偶然出会った、ごくごく普通の一般人のようなアルもまた、魔法使いであるというのであれば、魔法使いとはいったいどんな存在なのだろうか。

 ジーナが、いや王都中で魔法使いに対して抱いてきた、畏怖であり、恐怖であり、差別の気持ちは、いったい何に向ければいいのだろうか。


 もちろんジーナはアルが魔法を使うところを見ていない。

 実際彼が魔法を使う姿を目の当たりにすれば、もっと違う印象を受けるかもしれない。それでも、魔法を使っていなくても、魔法使いと呼ばれる人々は、普通の人間とは、見分けがつくくらい、まったく異なるものだ、とジーナは思っていたのだ。


(それなのに、私たちとまったく変わらないのね、魔法使いというものは………)


 そのことに安堵すべきなのか、恐ろしいと感じるべきなのか、ジーナは分からなかった。



 呆然と自分を見るジーナに、アルは心の中でため息をついた。


(ジーナもまた、魔法使いのことを良く思っていない、王都の人間だった……)


 ジーナの瞳には、まだ恐れや軽蔑、恐怖などの気持ちは現れていない。それでも、その瞳にはやはり、依然魔法使い(自分たち)に与えられた、あの視線を浮かべるのだろうな、とアルは思っていた。


(案外、ジーナと一緒にいるのは、居心地がいいと思っていたのになぁ……)


 そう、若干寂しい気持ちを感じながらも、魔術師ではなく、魔法使いと、呆然と言い直したジーナに、アルは気付いた。


 実際は多くの人間が「魔術師」と呼ぶが、本当は正式名称が、「魔法使い」なのだ。

 そのことを、ジーナも知っていたらしい。


 ジーナが呼ぶ「魔術師」という言葉は、「魔法使い」のちょっとした別称である。

 もちろん言葉の意味は、どちらも同じようなことを指す。魔術を使うものであり、魔法を使うものである。 しかし、魔法使いたちからすると、実際はその意味は少し異なるのだ。


 魔術も魔法も、どちらも同じような意味を指すものではあるが、魔術とは、どちらかというと「不可思議なことを、わからないように合理的な手段で達成する」、いわゆる“手品”のような意味を言外にもち、魔法使いたちにとっては、“魔術師”と呼ばれることは“手品師”といった、いかさまをしているような人間であるかのような呼び方に、聞こえてしまう危険がある言葉なのだ。

 もちろんすべての魔法使いが、そこまで厳密に自分たちの名称を気にしているわけではないので、どちらの呼びかけに対しても、同じような反応をすることがほとんどだ。しかし、古参の魔法使いたちにとっては、その呼び名は重要な違いでもあるのだ。


「そうですよ、もう一度自己紹介しましょうか。………私は、イーディアの丘の魔法使い、アルです」


 改めてジーナに自己紹介した。

 そっと差し出された手に、ジーナは混乱しながらも、あわてて手を伸ばした。


「ど、どうも」


 ジーナは間抜けた挨拶を返した。

 アルは、差し出した手を当然のように握り返したジーナと、つなぎ合った手を見て、笑みをいっそう深くした。

 そして、アルは満面の笑みを浮かべながら、ジーナに言った。



「さあ、厄介事を済ませに行きましょう」



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