その13
二人が王宮に向かうために、サルディナの家を出たのは、あたりには少し暗闇が広がってくる時刻だった。
もうすぐ、日が沈みそうだ。
(厄介事など、直ちに終わらせて、イーディアの丘に帰ろう)
そう思いながら、アルはあたりを見渡していた。
もうすでに追手たちは姿を見えない。なかなか入れないことから、サルディナの家の魔法に気付き、怖くなって逃げたのか、あるいはアルたちが長い時間、サルディナの家に滞在していたことから、もう自分たちの役割は終わってしまったと思ったのか、どちらにしても追手はもうアルたちを邪魔することはないだろう。
そしてアルはジーナとともに、王宮に向かった。
一般人の居住区であるここから、まずは専門職の者たちの居住区へと進んだ。
その場所の印象は、一般人の居住区とはまったく違った。
人でにぎわっているのは一般居住区とはあまり変わらず、また開いている店も、一般居住区にも見かけたものも多い。
ここでにぎわうのは、医院であり、薬屋であり、鍛冶屋であり、飲食店であり、服飾店であった。一般居住区とは異なり、大衆向けというよりはむしろ、個人個人にあったものを提供することが、専門職の居住区では一般的なようだ。
きょろきょろとアルは周囲を見渡す。
周りの人々は、魔法使いの格好をしたアルの姿を見て、表情を強張らせたり、ひそひそとささやきあったりしていた。
そんな嫌な雰囲気や、蔑むような視線を、ジーナもアルも感じていた。
アルにしてみれば、予想通りのものであった。それでも、王都のような場所には長居するつもりはさらさらないし、仕事さえ済めばすぐにイーディアの丘に帰れることが分かっているので、あまり気にはならなかった。
(ちょっと、ここ興味あるかも)
アルが目にしたのは、書店だ。
イーディアの丘周囲には、書店というものはない。
イーディアの丘の塔の中には、たくさんの書物が置いてあるが、アルディーナが集めたその膨大な書籍を、アルはほとんどすべて読破してしまったのだ。新しい本がほしいな、とひそかにアルは思っていたところなのだ。
(国中の本が集まる王都の書店だ。さぞやたくさんの、おもしろそうな本が置いてあるのだろうなぁ)
ふらふらと、その店の前まで歩き、そこに掲げられている商品の背表紙を確認していく。
頭巾は邪魔なので、後ろに払った。
「もしもーし、アルさーん?」
突如、自分の後ろからどこかに行こうとしているアルに気付き、後ろから追いかけてきたジーナが呼びかける。しかし、アルは目の前にある本棚に夢中で、気付かなかった。
(おお!アルディーナの本棚にあった、『魔法の種、その花』の、二巻なんてあったんだ。―――それにこれ、『異なる深淵』なんて、その作者の、また別の本じゃないか。書いたのはあれ一冊だけだと思っていたのに………)
目の前にある書物は、アルにとっては宝の山のように見えた。
後ろから、ジーナがアルのローブを軽く引っ張って名前を呼んでいたのだが、夢中になっているアルは、それにも気付かなかった。
(これ全部持って帰ったら、イーディアの丘にもっと、閉じこもっていられるよなぁ。………本はいったん、魔法でイーディアの丘に先に運んで―――)
そんなことを思いながら、おもむろに書棚から本を引き抜いて、買いに行こうとしていたアルの肩を強く、ジーナが叩いた。
「っ、いた!」
「アル!早く仕事をしに、行くわよ」
そう言って、ジーナは怒ったようにアルを見る。
(アルをこんな、珍獣みたいに見るところ、早く出ないと)
ジーナは、周りの人々の視線を感じ、そう思っていたのだ。
今までアルが魔法使いであることは知らず、一般人だと思っていたからこそ、ジーナにとってアルはまだ一般人である印象の方が強く、そこまで畏怖すべき存在ではなかった。
もちろん、魔法使いと知って驚いたのは真実だ。けれど、まだ実感がわかないというもの、多少はあるのだろう。魔法使いの正装の姿をしているアルを見ても、そこまで恐るべき人物であるとは、思わなかったのだ。
それなのに、魔法使いの正装をしているアルを見て、人々は恐怖し、陰口をささやいている。
ともすれば、自分もそうであったかもしれないことを考えると、それが少し恥ずかしく、そんな人々の姿を、アルに見せたくないような気分になったのだ。
それなのに、アルは平然と、そんな視線を、声を気にすることなく、古書店で本を買おうとしていたのだ。
「乱暴だなぁ」
叩かれたところは、さほど痛くなかったが、ほかのことに気を取られていたので、びっくりした、というのがアルの本心だった。
そう言うと、ジーナが気まずそうな表情を浮かべて謝った。
「………ごめんなさい。でも、お願いします。早く王宮に行きましょう」
そう言って、名残惜しそうに本屋を見るアルを引っ張っていきながら、専門職の居住区を過ぎて行った。
「ねぇ、買いたい本があれば、私が代わりに集めておきましょうか?荷物になるだろうし―――」
そう言ってくれたジーナに、アルは首を振った。
「だめだよ、それじゃあ。ジーナ」
「だ、だめ?」
「そう、本は自分で見てから買いたいんだ。題名を見て、内容も見て、それから、じっくり読むに値するかを確認したいんだ」
そうい言うアルに、「そういうものなのね」とジーナは答え、前を向き直ってから、先に進んだ。
続いて訪れたのは、特権階級の者たちの居住区だ。この場所には、田舎の各地、またの名を辺境の地ともいうが、その領主たちや、あるいは、大きな商会の長や、大きなギルドの長などが住まう場所だ。ここは、一般居住区や専門職の居住区とは異なり、気軽に出歩くものはいない。家も豪華で、一つ一つが大きな敷地を持っている。
(ここはあんまり興味ないな)
そう思いながら、アルは通り過ぎる。
(それよりも気になるのは、さっきからジーナがローブを引っ張っているんだけど……)
アルが本屋に気を取られて脱線しかけた時から、ジーナはアルのローブの袖の部分を引っ張って歩いているのだ。
(魔法使い、怖いんじゃなかったのかな?)
先ほど、ジーナは自分に向かって、気軽に触れてきたり、怒ったりした。
しゃべっているときも、目をそらしたり、表情を強張らせたりしていない。臆することなく、変わらずにアルに接してくれているのだ。
前を歩く、ジーナの後ろ頭を見つめた。
(前みたいに、手を引いてくれればいいのに……)
そう思いながら、アルは知らず、微笑みを浮かべていた。




