その1
新しいお話ができましたので投稿いたします。
誤字脱字などありましたら、ご報告よろしくおねがいします。
「本当に、ごめんなさい、あなたを巻き込むつもりはなかったの」
ジーナは深く腰を折って、アルに謝る。表情を硬くして、真面目に謝るジーナの姿に、アルは困ったように微笑んだ。
「あなたが悪いわけではありません。あちらが勝手に誤解したのですから‥‥‥」
ジーナに責がないことは分かっていると言ってみるが、ジーナの表情は硬いままだった。アルは、そんな彼女に向けて、一層なだめるような柔らかい笑みを浮かべた。
「まあ。これも、運ってやつですよ」
そう言ってジーナに微笑みかけながらも、アルは内心、深いため息をついていた。
彼は魔法使いだ。
ここよりはるか北の国の、豊かな自然に囲まれたイーディアの丘と呼ばれる場所にある古い塔に住まう魔法使いだ。
いままでは、ほとんどその土地から離れることはなく生活してきた。
しかし、今日はどうしても断れないギルドの命令で、いやいやながらも、久方ぶりに王都に足を運んだところだったのだ。
彼にしてみれば、こんな問題に巻き込まれることは予想外であった。それでも、用事をさっさと済ませて、帰りたかった。王都で目立つ真似だけは、絶対にしたくなかった。そして、またずっとイーディアの丘でひきこもっていたかった。というのが、本音だ。
それなのに。
(まさか、こんなことになるなんて――――)
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話は、半日前に戻る。
今日は、雲ひとつない、素晴らしい晴天だった。
紺色の空が、次第に透明度のある青に変わりながら、明るくなっていった。そんな朝焼けの中を、鈍く赤く丸い太陽が東の山の裾に現れたかと思うと、徐々にその輝きをましていき、黄金の光を地上に降らすようになって、一日が始まった。
そんな一日の始まりに行う、魔法使いアルの日課は、イーディアの丘の塔のてっぺんから周りを見渡すことだ。
今日もまたいつものように、彼は日もまだ上がりきらぬうちから塔の頂上に立っていた。塔のてっぺんからは、イーディアの丘周囲が四方とも、遮るものなく見渡せるのだ。そこで彼は、イーディアの丘中を眺めるのだ。目で、耳で、頬で、鼻で、そして最後に遠視で、周りの変化をうかがった。
(今日は北の里のほうでは、雨が降りそうだ)
北の里のはるか遠くに、黒い雲が見えたのだ。今日の風の流れが続けば、この雲は北の里に来るだろう。そうなれば、この雲は確実に、天の恵みを地上にもたらすだろう。ここ最近は雨が少なかったので、久方ぶりの雨はこれからの豊穣の季節にとっては恵みのものとなるだろう。
そして視線をずらす。
西の村では、この夜に男の子が誕生したらしい。こんな早朝の時間であるのに、村中がお祭り騒ぎのように、浮だっている。その中心にいるのは、何重にも重ねられた白い絹の衣に身を包まれた、生まれたばかりの赤子だ。すやすやと眠る赤子を、宝物のように胸に大事に抱くのは、その父親であった。その表情は満ち足り、幸福そうな中にも、おそらく出産という男にとっては何もできない長い時間中、ずっと気をもんだのであろう、その心労が、彼の目の下にある隈という形でうかがい知ることができた。
(昨日の朝には、母親は元気に畑に出ていたのに)
そんなことを思い出しながら、彼はふふふ、と一人笑う。
(おそらくもうじき、西の森の民が、新しい民の誕生を知らせに来るだろう)
そのために、歓迎の言葉を準備していないといけないなぁ、とアルは思っていた。
魔法使いは、昔から人々の生活の中にごく自然に溶け込んだ存在であった。
昔は、さまざまな場面で重宝され、なくてはならない存在として敬われていた魔法使いではあるが、最近では都心部を中心に、徐々に機械や学問、あるいは教育などの行き届いた生活を送っている人々から、“魔法使いは、人としてあらざる力をつかうもの”として、奇異な、恐るべき存在として認識されるようになってきていたのだ。次第に魔法使いは、人々の生活から切り離されていき、畏怖の存在、あるいは忌み嫌われる存在となりつつあるのだ。
しかし、このイーディアの丘のあたりの民は、純朴で、素直だ。いまだに昔ながらの風習あるいは慣例などを守り、まだまだ、魔法使いがいる生活を、その恩恵を享受する昔ながらの生活を、続けているのだ。
そんな居心地のいい場所だからこそ、彼はこの場を離れることを嫌った。
ふと、彼は南の空を見る。
(嫌な感じがする)
何もない、いつもと変わらない南の町が見える。特別、変わったことはなにもなさそうだが。
遠視を、強める。
そこには。
大空を羽ばたく。
黒い鳥。
見えたものを、頭の中で確認し、はあぁ、と盛大なため息をついた。
見なれたその鳥は、アルの師匠のものだ。
そのくちばしには、書簡を携えている。
書簡の色は、紫。
ギルドからの公式の伝達だ。
(朝から今日はついてないなぁ)
そう思いながら、伝書鳥が到着するのを待った。
伝書鳥は、大きな黒い羽根を羽ばたかせながら、彼のもとへとたどり着いた。一度大きくアルの頭上ではばたいたのちに、くわえた書簡を彼の手に落とした。羽ばたいてみせるのに、巻き起こされる風はなく、書簡を落とすと伝書鳥は煙のように消えた。ギルドから届いた書簡には、こう記されていた。
『イーディアの丘の塔に住まう 魔法使い アル
王都に住まう、魔法使いサルディナが、貴殿を呼んでいる。
のっぴきならない状態のために、サルディナは対応できず。
早急に、王都へ旅立つように。
繰り返す、早急に、だ。
魔法使い連盟 アルディーナ』
(なんだ、これは?)
最初見たときに、アルはそう思った。
彼には、この手紙の意味がまったくもって分からなかった。
魔法使いサルディナ、と呼ばれる人物に、彼は会ったこともなければ、見たことすらもなかった。
それなのに、自分を呼んでいるという。その理由もまったく分からないし、彼には思い当たる節もなかったのだ。
(“のっぴきならない理由”とはなんだ?、そんなものに出向かなければ、いけないのか?)
至極当然の疑問である。
知らない相手。
理由もまったく明示されていない。
もともとイーディアの丘に引きこもっているアルにとっては、そこから出てこい、と言うこの手紙に、強い抵抗を覚えた。
しかし差出人は、ギルドの最高権力者のひとり、魔法使い中の魔法使い、アルディーナだ。
その名前に、アルは眉をひそめた。
歴代の魔法使いの中で、有名なものといえば、多くがその力の強さで、だろう。しかしアルディーナは違った。彼はそこまで強力な魔法使いではない。しかし、「魔法」という特殊な力を系統立てて考えることを行い、その法則を今までのような口伝や経験での教育ではなく、膨大な書物に書き記した功績を持つのだ。アルディーナの記した書物は、いままであった抽象的で、回りくどい教本とは全く異なり、単純明快、簡潔なものであったことも、その功績の一つであるとされる。もちろん魔法に対する秘匿性がなくなった、との悪評もあったが、現時点でアルディーナは、魔法使いのギルドの中で権力のある人物の一人なのだ。
そして彼は、アルの師匠でもあり、その名前の一部を与えられたほど、アルにとっては重要な人物であったのだ。
(いったい、これは何の真似だろうか?)
そんなアルディーナが、アルが引きこもっていることを知っている彼が、こんな手紙を出すとは、いったい何を考えているのだろうか。そう思いながら、アルはその手紙を透視した。
頭の中に映像が浮かび上がる。
おそらくこれが、サルディナの姿なのだろう。その姿は、年齢は70代くらい、しわの多い、白髪の、ひげもじゃの男だ。頑固そうな、というのがぴったりくるような容貌をしている。
やはり、アルにとっては思い当たる人物ではなかった。
そして、その映像の次に、サルディナの家までの道筋が浮かんできた。
王都の門をくぐる。
まっすぐ行って王立図書館を右に曲がる。
そして次を左。
一区間で左。
薄汚い、魔法使いの看板。
そして、中に入ると水晶が、たくさんある部屋。
(………なんだ、この、神経を逆なでするような、ぎらぎらした小屋は)
水晶も、大小、色とりどり。赤、青、桃色、さまざまな色の、さまざまな大きさの水晶は、まるで無造作に、何の規則性もなく置かれていた。その水晶たちを乗せる台座である小さなクッションも、水晶とは異なる、金銀豪華な、あるいは目が覚めるような色彩のものであり、中にはその派手な色彩に合わせて、さらに精緻に刺繍されたようなものまである。
所狭しと並んだ色の洪水が、目に優しくない光景だ。
浮かび上がる映像に、アルはげんなりする。
これは魔法だ。
一般的に物語などで記される魔法は、あらゆる自然の法則を超越するまさに神のような業である。
しかし、この国の魔法はそうではない。この世界での魔法は、人間の、自然の力を増幅して用いるのが原則だ。人間の持つ五感や行動あるいは自然の力を最大限に用い、それ以上に引き出すことが魔法であり、それができるものが魔法使いであるのだ。
魔法使いには、もともと持つ先天的な素質や教育、経験により、使える魔法には差がある。しかし、絵物語のように、空想をその通りに現実のものにしたり、願望をそのまま具現化させるようなことは、この世界の魔法使いには誰もできないことである。
アルのもとに届いた伝書鳥の働きは、そんな魔法の一部だ。
普通の人間が手紙を出す場合には、刻印を押してそれが誰のものかを示し、郵便として配達人が宛先に届ける。しかし、魔法使いの場合には、それを魔法で行うことができるのだ。
書き記した、あるいは思い浮かべた文面を、“届け”と念じることで、その思念が鳥となるのだ。その伝書鳥の姿が、刻印代わりに差出人を表すこととなり、鳥は届けたい相手に向かって自ら羽ばたいていき、手紙として届けられるのだ。
この方法であれば、確実に、素早く手紙を届けることができるのだ。そして、その手紙にいろいろな魔法を忍ばせて送ることほど、大きな魔法の技術と能力を持つものであることを表すとして、最近のギルドでの流行なのだ。
今回のアルディーナからの手紙がそうだ。
黒く、大きな鷲のような伝書鳥は、アルディーナのものであり、その伝書鳥が運んだ書簡には、アルディーナから伝えたい内容として、文章だけでなく人物の映像あるいは地図などが盛り込まれていたのだ。受け取り手であるアルが、それを読み取ろうと遠視をして得られる情報として、書簡にひそめられていたのだ。
(王都など、久しく足を運んでいない。行きたくない。厄介だ。面倒くさい。無益だ‥‥‥)
そう思いながら、アルは手紙を無造作に机の上に置こうとした。その瞬間。
手紙が、びりっとした電気を発した!
「う、わっ!」
思わず声を上げて、手紙を離してしまった。それと同時に、アルの脳裏に、アルディーナの怒った顔が浮かぶ。その口が言っている。
『さっさと、出立しなさいっ!早急に、だっ!』
その言葉を言い終えると、すっとアルディーナの姿は消えた。
………これも魔法だ。
恐らく、“嫌だ”というような拒否の気持ちを感じ取ったときに伝えるものとして、書簡にひそませていたアルディーナの叱責なのだろう。
(感情に左右される二重魔法など、かけている暇があったら、自分がいけばいいのに)
アルはそう思いながらも、もう一度大きなため息をついた。
ここまでの魔法がかけられた手紙であるということは、よほどのことが王都で待っているのかもしれない。
それでも、関係のない人物の、よくわからない仕事は、彼によっては厄介ごとでしかない。
これが、アルディーナからではなかったら、無視してやるのに、などと思いながら、アルはのろのろと、旅支度を行った。
2/19 誤字訂正。文章も少し変更しました。




