第15話 ニノの部屋
受付の上に、家の図面が広げられていた。
ニノを迎えたいと申し込んだ家族が、事前に届けてくれたものだ。窓と扉、暖炉、家具の位置が描かれ、猫の食事、水、トイレを置く予定の場所には色の違う印がついている。
「訪問する前に、ここまで聞くんですね」
「訪ねてから初めて分かることもあります。でも、図面があれば先に相談できます」
紬は玄関の印を指した。
「人が扉を開けたとき、ニノが外へ出ないための仕切りが必要です。窓にも丈夫な柵をつけてもらいました」
「魔法の結界では駄目なんですか?」
「魔力が切れたり、道具が壊れたりすることがあります。結界は補助として使い、扉や柵でも防ぎます」
確認するのは脱走対策だけではない。暖炉の火へ近づけないか、猫に害のある薬草が置かれていないか、倒れやすい棚がないか。最初にニノが落ち着いて過ごせる、静かな一室があるか。
図面の隅には、少年の字で「ニノのかくれる箱」と書かれていた。
訪問の日、ニノは運搬籠へ入れられた。
「今日は家を見るだけじゃないんですか?」
「安全を確認できたら、そのまま一か月のトライアルを始めます」
ニノが不安そうに鳴くと、美帆は普段使っている毛布を籠へ入れた。店と自分の匂いが残っているものだ。
家までは馬車で向かった。
石畳を進む車内で、ニノは何度か短く鳴いた。美帆は籠を開けず、布越しに声をかける。移動中に抱いて安心させたくても、驚いて飛び出せば取り返しがつかない。
「運搬籠は、家へ着くまで開けない。これも脱走対策なんですね」
「ええ。到着しても、玄関では開けません。最初に過ごす部屋まで運んでからです」
到着すると、少年が玄関の外へ飛び出してきた。
「ニノ!」
「こんにちは。今日はよろしくね。まず、内側の扉を閉めましょう」
紬に言われ、少年は慌てて戻った。玄関の内側には、新しく木製の仕切り扉が設けられている。外扉と仕切り扉を同時に開けなければ、猫が一気に外へ出ることはできない。
「前はなかったんだ」
少年が少し誇らしそうに言った。
ニノの籠は、まだ開けない。
紬たちは図面と実際の室内を照らし合わせた。
窓の柵はしっかり固定されている。暖炉の前にも囲いがある。薬草は扉のついた棚へ移されていた。
けれど、ニノが過ごす部屋へ入った紬が足を止めた。
「この棚は、固定されていますか?」
壁際に、背の高い本棚がある。父親が手をかけると、棚はわずかに揺れた。
「固定をした方がいいですか?」
「高いところへ登る子は多いです。倒れないようにしておきましょう」
父親はすぐに固定具を持ってきた。セティも手伝い、棚を壁へ留める。
食器と水は、トイレから少し離した。隠れ箱は部屋の隅へ置き、中から入口と人の動きが見える向きにした。
窓の外には往来があり、角馬のひづめと荷車の音が聞こえる。店で聞き慣れた音とは違うため、最初の数日は窓の布を半分閉じ、ニノが隠れられる場所を増やすことにした。
「夜、鳴き続けたらどうすればいいですか?」
「はじめの二、三日は鳴くと思います。食事や水、トイレに問題がないかを確認してください。すぐ部屋を広げるより、ここが安全だと覚える時間を作りましょう。たくさん遊んであげるのも大事です。狩りをするということは自分の縄張りを作る意味でもとても大切な行動になります」
困ったことは、対になる通信札へ書けばオハナにも同じ文字が現れる。地球の連絡手段ほど速く長い文章には向かないが、食べた量や排泄、心配な行動を毎日伝えるには十分だった。
「これで完璧ですか?」
少年が尋ねた。
「暮らし始めれば、変えた方がよいところが出てくるかもしれません。そのときは一緒に考えます」
紬は、家族が用意したものだけで合否を決めようとはしなかった。足りないものがあれば理由を説明し、直せることはその場で直す。
すべての確認を終えてから、ようやく運搬籠を静かな部屋へ置いた。
扉を開けても、ニノは出てこない。
籠の奥で体を小さくし、家族と美帆たちを見ている。
「出してあげなくていいの?」
「自分で出るまで待ちましょう」
少年は床へ座った。店でニノと会ったときのように、呼ばず、手も伸ばさない。
「今日から一か月、ニノがここで暮らせる方法を一緒に探します」
紬は家族へ告げた。
美帆たちが部屋を出る直前、籠の中から白い前脚が一本だけ伸びた。
床を確かめるように触れ、すぐに引っ込む。
それでもニノは、自分で最初の一歩を選んだ。




