里親になりたい
ニノの紹介カードの前で、一組の家族が足を止めた。
ニノは白い胸と脚を持つキジ白の雄猫で、まだ若い。人の動きをよく見ているが、誰にでも近づくわけではなかった。
「この子を、うちの子にしたいです」
母親が言った。
隣にいる少年は、ニノの写真を見ながら目を輝かせている。父親も笑顔だった。
「ありがとうございます」
美帆はうれしくなった。
「では、紬さんを呼んできますね」
「美帆さん。ありがとう。オーナーの紬です。よろしくお願いいたします」
「今日、つれて帰れるの?」
少年が輝いた目のまま紬に声をかける。
「ごめんね。譲渡は今日決めて今日連れて帰るわけではないの」
家族は別室へ案内された。
紬は、家族全員が猫を迎えることへ同意しているかを確認した。住居の環境、窓や扉の脱走対策、食事とトイレの世話、病気や怪我をしたときの治療費。旅行や引っ越し、家族構成が変わったときにも飼い続けられるか。
質問は想像していたより多かった。
「僕が毎日ごはんをあげます」
少年が元気よく答えた。
「ありがとう。でも、忙しい日や病気の日もあります。大人の方が責任を持ってお世話できますか?」
紬は両親へ尋ねた。
「もちろんです」
母親が答えたが、父親は少し考えてから口を開いた。
「窓の脱走対策というのは、閉めておくだけでは駄目でしょうか」
「猫が自分で開ける場合や、網戸を破る場合があります。玄関も、人が出入りするときにすり抜ける可能性があります」
紬は実際の対策例を見せた。
窓の補助錠、丈夫な網、玄関前のもう一つの扉。魔法の結界だけに頼らず、故障しても猫が出られない仕組みにする。
「こんなに準備が必要なんですね」
「大切な家族を迎える準備ですから」
家族は真剣に説明を聞いた。
美帆は、質問の答えを紬が一枚の記録へ書き込んでいくのを見ていた。猫を迎えたいという気持ちを疑うためではない。家族の暮らしとニノの性格を、あとから皆で確かめられるようにするためだった。
「正しい答えを言わないと、譲ってもらえないの?」
少年が不安そうに尋ねた。
「分からないことは、分からないと教えてくださいね。不安なことも教えてね。その方が一緒に準備できます」
紬の言葉に、少年は少し考えたあと、「実は猫の目が少し苦手なんだ」と正直に答えた。
その後、猫部屋でニノと過ごすことになった。
少年はすぐニノを抱こうとしたが、ニノは棚の上へ逃げた。
「嫌われた?」
「今日は、近づきたくないだけかもしれません」
美帆は、初日に紬から教わったことを思い出した。
「床へ座って、待ってみましょう。来なかったら、今日は見ているだけです」
少年は残念そうだったが、両親の間へ座った。
ニノは棚から降りない。
十分待っても、近づいてこなかった。
「写真では、もっと人懐こそうだったのに」
母親が言った。
美帆は返事に迷った。
紬が静かに尋ねる。
「今日のニノを見ても、迎えたいと思いますか?」
「今日のニノ?」
「隠れる日も、遊ばない日も、触られたくない日もあります。病気になれば、吐いたり、トイレを失敗したりすることもあります。かわいい写真の姿だけが、その子ではありません」
母親は棚の上のニノを見た。
「少し、家族で考えさせてください」
「もちろんです」
美帆は、話がなくなってしまうのではと心配した。
けれど紬は、がっかりした様子を見せなかった。
「迎えないという結論も、悪いことではありません。暮らし始めてから無理だったと分かるより、猫のためになります」
一週間後、家族はもう一度来店した。
窓と玄関の対策を書いた図面を持っている。猫が落ち着ける部屋を一つ用意し、最初から家中を自由にさせない計画も考えていた。
少年は猫部屋へ入っても走らず、床へ座った。
ニノを呼ばない。手も伸ばさない。
しばらくすると、ニノが棚から降りた。
少年の周りを一周し、靴の匂いを嗅ぐ。それから少し離れた床へ座った。
「触っていい?」
「もう少しニノから近づくのを待ちましょう」
少年はうなずいた。
ニノはその場で前脚をたたみ、目を細めた。
その日のうちに譲渡は決まらなかった。
次は家の環境を確認し、問題がなければトライアルへ進む。トライアルは猫を試す期間ではなく、猫が新しい環境で安全に暮らせるよう調整する期間だという。
「すぐに一緒にはなれないんだ」
少年が言った。
「ニノの一生を決めることだから、ゆっくりでいいんです」
美帆が答えた。
棚の下では、ニノが少年の近くへ、さっきより少しだけ移動していた。




