デュナミスとアルス
部屋から窓の外を眺める事が、日課に加わって二週間ほどが経った。
その度に使用人に抱えられ移動するので、毎回お礼を言っていたらビリアナに注意をされた。
何でも、貴族の令嬢というのは庶民と直接やり取りをしてはいけないそうだ。体裁上相応しくないと言っていた。『どんな体裁だよ』とほくそ笑みそうになる。
とはいえ、それが常識というなら頭の隅に一応は入れて置くが、今は無視だ。何を言っているのか分かりません、とあどけなさを全開にして首を傾げ、構ってくれて嬉しいとばかりに満面の笑みを浮かべる。そしてまた「ありとう……ます!」と言っておいた。無表情ながらも体がピクッと動くビリアナの反応が面白い。戸惑っているのがよく分かる。
私はこれを機に「ありとう……ます」がブームとばかりに誰彼構わず使いまくることにした。
—— 純真無垢の五歳児ですからね。好感度アップは大切ですからね。
嫌な顔を、特にフラウィアという侍女はよくするが、気付かぬフリだ。
この二週間で“好感度アップ作戦”の効果が出たのはビリアナだ。表情が同じ無表情でも柔らかくなってきている。根は優しいのだろう。
もちろん、朝夕の回診に訪れるソフィアノス先生にも無意味にお礼を言いまくっている。先生は愛玩動物を見つめるような目で「恐縮です」などと、どっかの誰かとは違い優しく返答してくれた。私はそんな先生に偽りのない笑顔を返えす。
それよりも、やはり私は先生の行う治療に興味がある。患部の状態を確認した後、先生はそこに触れるか触れないかの距離で、そっと手を添える。そして何やらブツブツと呟くと、優しい温もりが患部を包み込むのだ。
何度見ても不思議だ、と思い食い入るように見ていたら先生に苦笑されてしまった。「▫︎▫︎▫︎ですか?」と何やら質問をされたが、何を言われたのか分からなかったので首を傾げておいた。続いて「他に痛いところはございますか?」と聞かれたので、それには頭を横に振る。先生はゆっくりと一つ頷き、包帯を巻き直してくれた。その動作も優しい。
私は、先生が包帯を巻き終えた瞬間を見計らって、彼の手を取り凝視してみた。
—— タネも仕掛けもないんだよなぁ、やっぱ。
戸惑っている先生はひとまず無視だ。私は先生の手を子供らしく頭に乗せてみる。先生の手の重み以外何も感じない。もう一度、先生の掌を見る。
—— どうなってるんだ? 磁気とか持ってるわけじゃないんだよな。
私は自分の掌と先生の掌を重ねてみた。やはり何も起こらない。先生は私の一連の動作を温かい目で見守った後、微笑みながら話しを始めた。
「今はアルスを▫︎▫︎▫︎▫︎起こりませんよ。 アルスを▫︎▫︎▫︎痛いのがなくなりますよね。他にも怪我が▫︎▫︎なるアルスも▫︎▫︎▫︎のですよ」
分からない単語が多かったため理解できなかった。けれど“アルス”という言葉を何度も使用していたのは分かる。初めて聞く単語だ。
「分からない」という表情を浮かべ、私は自分の左手で患部を触ってみた。先生の治療に興味があるのを示すためだ。
私は子供らしく必死にアピールをする。何度も自分の手、先生の手、ビリアナの手、果ては壁際に控える侍女達を手招きで呼び寄せ、みんなの手に自分の手を重ね合わせた。
ぶっちゃけ、侍女たちにしたのは単なる好感度アップと、無害な少女という印象をつけるためだ。フラウィアは先生の手前悪態は吐かないが、眉間には皺が寄っていた。何だかフラウィアの反応が逆に面白くなってきている。
私の必死のアピールは先生に伝わったようで「明日、私が▫︎▫︎▫︎書き▫︎▫︎デュナミスやアルスに▫︎▫︎▫︎をお持ちしますね」と言いながら、あちらこちら触っていた私の手を取り甲をポンポンと柔らかく叩いた。
“デュナミス”という新たな単語が出てきた、と思いながら、一週間ほど前から行うようになったリハビリを始める。ベッドの端に座り、怪我をしていない左半身を中心に動かす。そして怪我をしている右半身も、掌を開いては閉じてといった具合に無理のない範囲で動かしていくのだ。正直、大した運動でもないのに、筋力と体力の衰えを感じずにはいられなかった。
リハビリの時間は言葉の練習時間でもある。先生は体の部位を指差しながら、動作に合わせて「肘、伸ばす、肘、曲げる」などと言葉を教えてくれるのだ。そして運動を終えると必ず褒め言葉と共に水飴のようなものをくれる。
蜂蜜がベースで、ハーブだったり生姜だったりと、毎回少し違う味がする。甘くて美味しいのだが、本当の子供になったようで酸っぱい気持ちにもなる。
その後は本の読み聞かせの時間だ。この日も例の如く宗教関連の本で、神様の絵を見ては「テルス」などと名前を当てていく。この世界には一体何人の神様がいるんだ、というほど神様が本当に多い。
遠くから聞こえてくる鐘が十一回なると、お勉強の時間は終了だ。帰り支度をする先生に、あからさまな残念顔で「いく?」と聞くと、あなたこそが神! という慈悲深い微笑みで「また明日の朝、来ますよ。」と目線を合わせながら優しく返してくれた。
先生の背中を見送ると、侍女達は口を開き始める。私にだけ聞こえるように「はぁ〜、手を洗わないと」というフラウィアに『ざまぁみろ』と思ってしまうのは性格が悪いのだろうか。
—— しかし、体力つかないなぁ。
体力と筋力のなさはリハビリ初日に痛感した。そのため夜中密かに起きて筋トレをしているのだが、成果が見られない。まだ始めて一週間も経っていないのでしょうがないのかもしれないが、落胆の気持ちは大きい。
それに引き換え、粉砕骨折だったにしては治りがかなり早いように感じた。患部を見たが、完治まで一年近くかかっても納得する傷跡だったのだ。それが今は衝撃さえ与えなければ痛くないし、最初に患部を見た時と今では傷跡もほんの少しだが薄れているように見えた。何をやっているのか分からないが、改めて先生は凄いと思った。
—— この調子なら、完治まで四ヶ月かからないかもしれない。
それはできすぎか、と思い直すも淡い期待は消えない。それほど治療が素晴らしいのだ。
その翌日、ソフィアノス先生は「今日はディナミスとアルスの本ですよ」と言いながら、いつもの装飾でゴテゴテした本ではなく、十数枚の紙を中央で折り糸で閉じた冊子を持ってきてくれた。開かれた冊子には、びっしりと文字や図、絵が書かれている。
私はいつもの宗教本を読み聞かせしてくれている時と同様、目についた絵を指差し「アポロ?」と聞いた。宗教本に登場する神様の名前で、何となく聞いたことがある気がしたのですぐに覚えた名前だ。補足するとアポロは太陽の神様らしい。
冊子には簡易的な人間の全身像が描かれており、その外周を幅広の二重線が囲っていた。今まで習った神様の中では、アポロがこの絵に一番近いと思い言ってみたのだ。もちろん、デュナミスやアルスに関する冊子なのだから、この絵の人物がアポロではないことは分かっている。単なる“言葉は分かりませんよ”というアピールだ。
「違いますよ。これは人間です。人間の体の▫︎▫︎▫︎や、体の中には、デュナミスという力があるのです。」
先生は“デュナミス”というものの説明を始める。言葉を完璧に理解できていないというのもあるが、演技の必要がないくらいに話す内容もわからなかった。
その後も先生の言葉は続く。分からない単語は予測して話をまとめると、人間はデュナミスという力を持っていて、それは二種類で構成されていると言っていたと思う。一つはディヴィノダイン、もう一つはゾォダイン。ディヴィノダインは神より与えられし力で、ゾォダインは生命の力、生きているモノ全てが持つ力らしい。
—— えー……っと、何やら奇想天外な話をしていらっしゃる……。
戸惑いを隠しきれない。それが“何を言っているのか分かりません”と周囲に映ってくれることを願う。いや実際、本当に何を言っているのだろう。
混乱している頭で、数多ある疑問を一旦は封じ、私は先生の説明を聞き続けた。先生はこの力を使いアルス、正式名称はおそらく“デュナミス・メディカ・アルス”と言うようだが、それを発動させ治療をしているのだと言う。
目が点どころの話ではない。真面目で論理的思考を持ち合わせていそうな先生から発せられた言葉とは到底思えなかった。
私は理解できず石化したように固まった。先生は、私の様子を理解できていないと悟ってくれたようだ。
「▫︎▫︎にアルスを見て▫︎▫︎▫︎ましょうか。」
どうやら実践をしてくれるようだ。少し右手の袖をまくり、その手を私の視線の高さに持ってくる。
「今、私の右手に火属性のデュナミスを▫︎▫︎させています。そしてアルスをかけます。よく見ていて下さいね。火の神、ヴォルカヌスよ。▫︎▫︎を与えたまえ」
次の瞬間、一本だけ天井に伸ばされた先生の右手人差し指の先から、小さな火がたった。
おそらく十数秒、息をするのも瞬きをするのも忘れていたと思う。理解が追いつかない。
—— ……こうゆうのなんて言うんだっけ? ほら……そうっ、マジックだ!
仕掛けがあるはずだと、私は先生の指先に顔を近づけた。けれど何も無い。
「あぁ、危ないですよ、小さいけれど火は火ですから▫︎▫︎をします」
そう言って先生は火を消した。私は火の消えた指先を触り確認するも、やっぱり仕掛けがない。
「火は危ないので水にしましょうか」
今度は下に向けた右手人差し指から、私の手を受け皿に水滴を垂らした。
—— ……水だ。間違いなく水だ。
「これがアルスです。プレカンタティオを▫︎▫︎▫︎と▫︎▫︎を増したりできるのですよ」
混乱している。いや、もう本当に本当に何を言っているのか、起こっているのか分からない。この現象は当たり前のことなのだろうか。私以外に誰も顔色を変えている様子は見られない。
正直、これまで数え切れない程、常識に対する認識の違いがあった。しかしこれは次元が違う。
恐怖? それもある。不安? これもある。例え記憶が戻ったとしても、私は今の現象を、“あり得ない”と思うのではないだろうか。それくらい受け入れ難い。心臓が嫌な動きをし始めた。
その後もソフィアノス先生からデュナミスやアルスに関する説明をされたがほとんど頭に入ってこなかった。本能的にそれらに関する知識を拒んでいたのかもしれない。
「今日の話は少し難しかったみたいですね」
説明のしばらく後、先生は苦笑いを浮かべ私の手を取り「大丈夫です。ゆっくり思い出していきましょう」と言った。
—— あぁ、本当に当たり前なんだ。私にとっては不可思議現象なのに、ここでは当たり前の現象なんだ。
先生は帰り支度を整え始め、私はハッとした。鐘がなったことにも気づかなかった。混乱は収まっていないが、直感する。
あり得ないと現実を拒むことは簡単だ。けれど、全てを拒否した挙句、望まぬ将来になったとしたら……。私にとって最悪の未来を想像し背筋を冷たい汗が伝った。
—— これは武器だ。生きるための武器になるんだ。
先生の服を掴んだ。そして先生が持ってきてくれた冊子を指差し、取ってつけたような演技で貸して欲しいと伝える。先生は私が冊子を貸してと言うとは思っていなかったのか、目を丸くした。だがすぐに、いつもの穏やかな表情に戻り、それを快く貸してくれた。
その夜、みんなが寝静まった頃、私はベッドから起き上がった。音を立てないようにし、片足ジャンプで月明かりが照らされる窓辺へ向かう。身体に痛みが走ったが、我慢できる程度なのでどうでも良かった。
先生の冊子を開き読み返えした。文字自体はほとんど覚えていない。なので、先生の話した内容を覚えている限り、指で文字をなぞりながら反芻する。
信じられなくても、信じなくてはいけない。常識との乖離に驚き立ち止まっている猶予はない。早急に慣れなければ、そして武器を手にしなければならない。何もせずにただ運命を享受した結果、死んだとしたら後悔をする。生きるつもりならば学べ、そう言い聞かせ、繰り返し文字をなぞり、言葉をつぶやき続けた。
翌日から宗教本ではなく、デュナミスとアルスの本で言葉の練習が始まった。あくまでも言葉の練習なので、数冊の冊子を繰り返し先生に続いて音読をする。
それでも新たに分かった事はある。デュナミスは大きく分けると五つの属性に分かれてるらしい。それが地、熱、水、気、命。冊子には、正方形を四十五度に回転した菱形の角に地、熱、水、気、その中心に命の文字と記号が当てはめられている。
「この五属性、何か聞き覚えはありませんか?」
聞き覚えも見覚えもある。散々読んできた宗教本に書かれていた文字と記号で神々を表すものだ。
「テルス……ウェルトゥムヌス? ……ユピテル、ネプトゥヌス? ……プリアプス?」
「そうです、全てあっていますよ。すごいですね」
自信はあったが一応疑問形をつけて答えてみた。昨日は演技をする余裕がなかったが、今日はしっかりと五歳児を演じよう。
次に見せてもらったのは、先程の図形を斜め上から見下ろしたような、やや立体的になっている図だ。命の手前には生が、奥には死がある。
生の神にはプラスや陽、明、といった性質があるそうだ。そして死の神にはマイナスや陰、暗という性質があり、生の神と死の神は対極関係にあるという。
先生曰く、先程の五柱に生と死を加えた七柱は、訳するなら“原始の神”とか“最初の神”とかいうらしい。そして七柱は混ざり合い、別の属性ができるそうだ。
冊子には、生の神側に、爆、火、雷、死の神側には氷、雪など別の神の記号と名前が記載されていた。
「混じり合ってできた属性は当初、ただの小さな魂の▫︎▫︎▫︎▫︎。それをアウラと言います。やがてアウラに対する人間の信仰が始まり、神々はアウラに▫︎▫︎▫︎を与えました。新たな神、属性の誕生です。」
先生の説明は自然と宗教の話へと繋がっていく。
私は、神というものを信じていない。なので今まで先生たちが読んでくれていた宗教本も、人間が創造した神話が物語化したのだと捉えていたし、それは正直今でも思っている。
けれど私は先日、先生が起こした不思議を見てしまった。先生の話を聞く限り、あの不思議現象と神々は密接に関わりを持っているらしい。
信じていなかったものの存在を認めるか否か、どうしても葛藤や逡巡は付きまとう。
—— 分かってる、まずは受け入れろ。
先生の講義はその後も毎日続く。基本は言葉を覚え、文字を覚える事を主な目的としているので、デュナミスとアルスの話は進みが遅い。途中で頭痛も起きたりするので尚更だ。
そうした中、先生は、私のデュナミス量は自分よりも多い、と言っていた。だが先生のその言葉にビリアナが考える素振りをした後に答えた。
「詳しい事は存じませんが、▫︎▫︎▫︎▫︎の方は、デュナミス量自体は侯爵家にしては少ないけれど▫︎▫︎だと。なので是非▫︎▫︎▫︎▫︎でアルス▫︎と▫︎▫︎を受けてはどうかとお誘いもいただいておりました」
「お嬢様はレガリス▫︎▫︎▫︎▫︎でしたよね? 先生方から直接お誘いを受けるなんてとても▫︎▫︎なのですね。あそこは▫︎▫︎▫︎▫︎ですから」
「ソフィアノス先生もレガリス▫︎▫︎▫︎▫︎が出身でしたよね?」
「えぇ、ですが私は▫︎▫︎から通いましたし、デュナミス量が伯爵家の人間にしては少ない方ですからね。誘われることはありませんでしたよ」
その後も先生とビリアナの会話に聞き耳を立て分かったことは、多い少ないはあれど人間は誰もがデュナミスを持っているそうだ。しかし傾向として平民よりも貴族、貴族よりも王族の方がデュナミスが多いとのことだった。
しかし、先生のように伯爵家の人間であっても平均的に少なかったり、逆に平民でも中級貴族並みにデュナミスを持っている人もいるらしい。
そしてディナミス量が一定以上ないと“アルティフェクス”という者ではないとされるそうだ。
話の前後とそれまでの会話から、私は、“デュナミス”をとりあえず気や魔力、オーラの類と解釈し、“アルス”を術、“アルティフェクス”を術師と訳した。
本当に私の考えている世界ではなく、異次元の世界のようだ。受け入れ難い話なので、何度も認識が揺らぐ。だが、その都度その葛藤を振り払うように頭を左右に振り、講義に集中した。そして無理矢理にでも前を向き直す。
—— そうだ、前向きに捉えれば良い。もしかしたら私も先生のような治療ができるかも知れないのだから。
自力で生きていく力をつけるまで、私はこの家にいなければならないのだ。その間、暴力集団からの被害は少なからずある事だろう。暴力の苦痛を和らげることがもし出来るのなら、きっと我慢も出来る。
暴力の度に先生を頼るのは、アリと言えばアリだが、他力本願だけではいけない。生きるための武器を増やし、自分で出来ることはする。この家を出るにしろ出ないにしろ、力と知識は必須だ。
焦燥感に押し潰されそうになる度に、私は自分に言い聞かせた。そして、日中はソフィアノス先生から借りた本で文字と言葉を学び、夜は体力アップのために筋トレをする。
一息つき、月明かりがカーテンの隙間から漏れていることに気づく。音を立てないように窓を開け、夜空を眺めた。満月に近付いているので、景色が何となく分かる。
—— そういえばビリアナが、私のデュナミス自体は少ない、と言っていたな。
ふと思い出した。散々、不思議現象に対して忌避感らしき文句を心の中で言いはしたが、いざ「少ない」と言われると「ちぇっ」と舌打ちしたくなった。そんな自分に失笑してしまう。
私の知っている月ではない、そんな違和感を覚えるが、それでも夜空に光る星々と月の美しさは私の心を落ち着かせた。夜風が秋の訪れを感じさせる。
—— さて。本当にいい加減、腹を括ろうか。
私は左の頬をバチっと叩き気合いを入れ、休憩は終わりと言わんばかりに再度筋トレを開始した。




