春、洋室にて。桜姫と桜形代
「その、桜姫って言うのは、私の名前を略したもの……じゃないんですよね、ツガネ様?」
「その通りだ。だが、名前が全く無関係というわけでは無いだろうな。偶然の出来事だが、其方を巻き込む運命になった理由の一つ、と言えるだろう。」
「……?」
「昔話をしよう。それが其方を巻き込む運命の始まりだ。しっかりと聞くと良い。」
「わ、わかりました……。」
姫華は、しっかりと座ってツガネ様と向かい合う。
ソファの両サイドにはピシッと宮部従姉妹が立っている。
ツガネ様と向き合う時は姿勢を正すべきなのだろうと思って姫華は背筋をピン、と伸ばした。
それを見ると、ツガネ様は口を開いた。
かつて、江戸時代に桜姫という大層美しい女性が居た。
それを聞いたある長者は、桜姫を嫁に迎えたいと思って使いを出したが、桜姫を手放したくない親はそれを断る。
そんな日々が続いたある日、桜姫の親はツナシという魚を焚けば死臭がする、という話を聞いた。
そこで桜姫の親は、ツナシを焚いて桜姫の葬式を行い、「桜姫は急死した」と嘘をついて使いを帰らせたのだ。
偽の葬式を行う事で求婚される事が無くなった桜姫は、その後仏門に入り尼として過ごした。
後にその出来事からツナシは子の代、と呼ばれるようになったそうな。
「……これが、この沖牟中の地に伝わる桜姫の逸話だ。」
「……偽の葬式に、尼さんになった桜姫……。」
「何か、思い当たる節がある、という顔だな。」
「はい……さっき寝てる時に見た夢、多分、その夢と全く同じだったと思います。…でも、何でそんな人と私に縁が……?」
「名前が合致した、というより、桜姫と魂が縁あったからこそその運命を背負ってその名前になった、と考える方が正しいだろうな。この沖牟中の地では、よくある事だ。とはいえ、桜姫の魂と縁がある者が現れるのは珍しいが……。」
「この名前、お母さんがつけた名前ですけど……お母さんはこの事を知っていた、って事ですか?」
「いや、知らぬだろうな。偶然魂が惹かれあってその必然に巻き込まれた、と言っていいだろう。幸か不幸か、な。」
「つまり、私がこうなったのは、生まれる時にその桜姫の魂に縁が出来たから、って事なんですね……。」
「……理不尽、と考えても仕方ない話ではあるだろうな。だが、それ故に我ら里守は、全力をもって其方を守る。それは誓うと言わせてもらおう。」
「あ、ありがとうございます……。」
まだ姫華の中ではあまり飲み込めてはいない。
自分にそういう縁があった理由に、大きな理由や大事な理由が無いままそういう役目を背負う事になった事に少しは理不尽だな、と思うのも事実ではある。
だが、姫華の中で、「そういう物」、と何となく受け入れる事が出来る物もあった。
御木千代に言われた、御木が、離界が自分を呼んだ理由。
それが、この桜姫の伝説の縁による物だったのなら、自分もこの沖牟中の地の伝説に基づいた縁があったのだと納得する事にした。
それはそれとして、気になる事もある。
だから、姫華は聞いてみる事にした。
「あの、なら私はそういう縁で、離界に呼ばれて……里守になる、って事ですか?」
「……いや、確かに里守と同じように鍛えれば戦う事もできるが……【姫】という立場には特別な役目がある。」
「特別な、役目……?」
「御木千代から報告で聞いたが……御木千代が攻撃を受けた時に不思議な事が起きた、という事だったな。」
「あ……。」
そう言われて、姫華は思い出す。
刺された筈の御木千代。
自分の胸を襲った鋭い痛み。
そして桜色の光。
気絶するまでの間に起きたあの出来事を。
「えっと……あれって、私の何か特別な力……ってこと何ですか?」
「ああ、そうだ。先程の話から、恐らく其方の能力は名付けるならば『桜形代』……誰かの負傷やそれに伴う痛みを、其方が痛みとして肩代わりして受ける能力だろう。」
「……なるほど、桜姫の名前と、自分の代わりに魚を焚いた逸話から形代……って、何か私がひたすら耐えるだけの能力じゃないですか?」
「そうだな、里守がそうそう負傷するという事は無いが、それでも誰かが負傷した時の保険の負債を受ける……というのは、まだ離界に関わったばかりの一般人同然の其方に背負わせるのは、あまりに危険な能力だ。」
「ですよね……。」
「だから、能力を更に鍛えるように私は考えているが……。」
その言葉を聞いた時、姫華の表情が変わった。
「……鍛えれば、御木千代君や光ちゃん、玉姫お姉ちゃんの役に立てますか?」
その言葉と表情に、ツガネ様も表情が真剣みを増す。
「……逆に問おう。この姫としての役割を放棄する事も出来るだろう。鍛えた所で、それでも危険がある事に変わりは無い、御木千代や光、玉姫の役に立つという確証も無い。それでも、姫の役割を背負うだけの理由があるか?」
少しの間の後、姫華は言葉を紡ぐ。
「……正直、それだけの理由があるかって言われたら、多分無いのかもしれません。御木千代君とも、光ちゃんとも、玉姫お姉ちゃんとも、まだ出会ったばっかりで、もしかしたら死ぬかもしれないような事に私が首を突っ込む事もおかしい事かもしれません。」
でも、と言葉を続けて一呼吸。
「私の事を御木千代君は、離界で守ってくれました。光ちゃんも、離界で戦ってるのを見ました。それに玉姫お姉ちゃんも離界に関わってるって聞きました。……私の新しい友達三人が、三人共この沖牟中って町を守る為に戦っている。私は、この沖牟中の為に戦うって程強い郷土愛が強いってわけでは無いですけど、でもそういう風にこの町を守って危険な目に友達があっているなら……私は、その友達を守る力になりたいです。」
「……そうか。」
ツガネ様は一言そう言うと、少しの逡巡の後……頷いた。
「友の為を想う事、そしてそれが戦いに身を投じる理由に、覚悟を背負う理由になるというのなら、それでいいだろう。分かった。ならば、我ら里守は、櫻井姫華、其方が姫として戦いに参加する事を承諾し、全力をもって守るという事を誓おう。」
「……はいっ!」
これにより、櫻井姫華は里守達の姫として、里守達の戦いに参加するのであった。
「……ぷは~!姫華お姉さんとツガネ様のお話やっと終わったぁ!」
「旭、落ち着き、無さすぎ……ずっとそわそわ、してました……。」
「だって、こういう堅苦しいの苦手だもん!よろしくね~、姫華お姉さんっ!」
「あはは……うん、よろしくね、旭ちゃん、日出ちゃん。」
「よろしく、です……。」
握手してくる旭とぺこり、とお辞儀する日出に苦笑する姫華。
かくいう姫華も、固く真面目な話に疲れたのか少し肩の力が抜けたらしい。
そんな中でツガネ様は見つめながら「ごほん。」と小さく咳払いする。
「そういえば、姫として行動を共にするならば、我らが今守っているもう一人の姫とも顔を合わせる必要があるな。」
「もう一人の姫、ですか……?」
「ああ。入ってくれ。」
そうツガネ様が部屋の扉の方に向かって声を掛けると、恐らく話が一段落するのを待っていたのであろう、誰かが扉を開いた。
その扉の先に居たのは……
「た、玉姫お姉ちゃん……!?」
「ふふ、学校ぶりね、姫華ちゃん。ようこそ、里守の姫へ。」
玉姫が、華々しい和装に身を包んで、姫華に微笑む姿であった。
この沖牟中奇譚という作品は、作者である私なりの郷土への愛によって紡いでいる作品です。私よりもずっと郷土への知識も愛も強い方は、きっと居るでしょう。ですが、それでも、私なりに郷土への愛を作品として書いていきたいと思った、思ってしまったのです。この私なりの愛が、何かしらの形に繋がれば良いなと思いながらこの作品を書いていきたいなと思います。




