幕間
エリザベータたちが合流する予定の第三騎士団の話。
我々の最優先事項は、遠征に参加している第二王子を無事母国へ連れ帰ることだった――
ソレイユ軍はスターリッヒ王国を無事脱出し、ロビニエ王国の中央部に到達した。現在、第二王子と護衛部隊は戦闘を避けて国境のハロスト砦を目指し、第一騎士団と第三騎士団で敵の進軍を抑えている。
橋を封鎖しての防衛戦。弓矢の飛び交う中、バリケードを死守しているのは第三騎士団だ。第一騎士団は橋を使わずに川を渡ろうとする敵を妨害している。
やがて陽が落ち、敵が引き上げるのを確認すると、ソレイユ軍は見張りを残して野営地へ向かった。
「ラディム、ちょいとこっちに来てくれ」
第三騎士団の団長に呼ばれたラディムは兜を脱いで付き従った。天幕に入ると、そこには第一騎士団のカレク・ディーチェ侯爵が陰鬱な顔をして座っていた。総指揮官であるディーチェ侯爵がどうして第三騎士団にいるのか。
嫌な予感がする。
ラディムは不安を覚えながらも深く頭を下げた。
「ご苦労。防衛戦で疲れているだろうが、二人とも聞いてくれ。レネー殿下が殺害されたと護衛部隊から知らせがあった」
「なっ……!」
「先を急ぐため軽装にしたのが仇となったようだ。クロスボウの矢を受けて落馬。治療も間に合わず――」
「護衛部隊は! 護衛部隊は何をしていたんですか!! 殿下を守るのが護衛の役目でしょう!!」
作戦会議の時のように冷静に話すディーチェ侯爵とは対照的に、団長は怒りを露わにした。ディーチェ侯爵が軽く手を挙げて制する。
「もちろん警戒はしていた。だが伏兵は1人、密猟者を装って森の草陰に潜んでいたようだ。他に仲間はおらず、足となる馬もなかった。すぐに捕えられたが、尋問中に自害したそうだ」
「そんな……」
我々は守れなかったのだ。今年17歳になったばかりの王子を死なせてしまった。
ラディムの心臓が破裂しそうなほど激しく脈打つ。その音と重なるように、耳の奥がドクドクと鳴っている。やりきれない思いが全身を巡っていく。
「殿下のご遺体は馬車で移送中だ。動揺が広がらぬよう、皆には時期を見て話す。それまでは他言無用だ。……顔色が悪いね。大丈夫かい?」
動揺が顔に出ていたらしい。ディーチェ侯爵だけでなく団長にも気遣われてしまった。ラディムは額に滲む冷や汗を拭い、気を引き締めた。
「問題ありません。続けてください」
「……わかった。では今後の――」
「失礼します!!」
ディーチェ侯爵の言葉を遮って、騎士見習いのフーゴが飛び込んできた。子爵家の長男でありながら第一騎士団ではなく第三騎士団に入団した少年だ。
彼はディーチェ侯爵がいることに気づいて目を大きく見開いた。
そんな彼を団長が叱りつける。
「勝手に入るな! 人払いをしていただろう!」
「はっ、申し訳ありません!」
フーゴは我に返ると、反射的に謝った。
「フーゴ!!」
今度は副団長がすごい剣幕で入ってきた。ラディムと目が合うと、一瞬だけ露骨に嫌な顔をされた。
「申し訳ありません、団長! 閣下! こいつはすぐ連れていきます!」
「うわっ」
副団長はフーゴの頭を掴んで強引に頭を下げさせ、自分自身も深々と腰を折った。
「まったく、お前ら……」
「私は構わない。顔を上げろ」
「はい! ありがとうございます!」
ディーチェ侯爵の許しを得て、フーゴは嬉しそうに背筋を伸ばした。副団長が一歩下がってフーゴが余計なことをしないかと見張る。
「団長、聞いてください! 先ほど父から手紙が届いたのですが、第三騎士団に新しいお医者様が来るらしいんですよ!」
「ああ、俺の方にも連絡が来ている。……何? お前はそれを言いに来たのか?」
「それだけじゃないですよ! その女性は凄い名医なんだそうです!」
団長の眉がぴくりと動いた。
「何? 女? お前知らないのか。女は医者になれないんだ。なんだよ……使えねぇのが来るのか。お荷物にしかならんな」
「滅多に人を褒めないボクの父が認めているんです。ちゃんとしたお医者様ですよ!」
「資格を持たないなら偽物だ」
「実力は本物です!」
「信用できん」
「ケガや病気の時は彼女に診てもらえと、あの父がわざわざ言うほどです。きっと王国一……いや大陸一の名医に違いありません!」
「そんなこと軍医の前で言ってみろ! 二度とまともな治療を受けられなくなるぞ!」
本当に女性で腕の良い医師がいるのなら、噂の一つや二つ流れていてもおかしくはない。フーゴの言うことを疑いたくはないが、ラディムにはそんな医師が実在しているとはとても思えなかった。
「団長がどう思われようとも、ボクは名医だと信じています! それこそ瀕死の患者を治してしまうくらいの――」
「もういい加減にしろ! これ以上団長に恥をかかせるな! さっさと出るぞ!」
フーゴはまだ言い足りない様子だったが、副団長にずるずると引きずられていった。竜巻のような二人が去ると、ディーチェ侯爵は何事もなかったかのように団長に指示を出した。
「夜明けと共に次の地点へ向かう。第三騎士団も準備してくれ」
「はっ、承知しました!」
団長はすぐさま天幕を出ていった。残ったラディムはディーチェ侯爵を第一騎士団の野営まで送ろうと声をかけた。しかしディーチェ侯爵は思案げな表情をして動こうとしない。
「閣下?」
「あの若者の言うような医者がついていれば……殿下を死なせずに済んだのだろうか?」
「それは……」
ラディムは言葉に詰まった。
常に冷静なディーチェ侯爵が後悔を口にするとは珍しい。総指揮官として殿下の死に責任を感じているのだろう。ラディム自身もその悲劇を回避できなかったのかと考えずにはいられなかった。
けれど設備のない野外では、いくら大陸一の名医だとしても重傷者を救うことは難しいだろう。それこそ夢物語に出てくるような秘薬や魔法でもなければ――
何も答えられずにいると、ディーチェ侯爵が頭を軽く振った。
「馬鹿げたことを言った。今のは、忘れてくれ……」
「……お送りします」
侯爵は穏やかな声で「ありがとう」と言って、ラディムの背中を優しく叩いた。
所属が違っても気遣ってくれる騎士の規範のようなこの人の前で、ひどく動揺した姿を見せてしまったことを、ラディムは恥じた。




