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女だらけの職場に男が一人混じってみました


 ──使用人の朝は早い。


 しばらく早起きという習慣から遠ざかっていた俺には、それが最初の試練と言えた。


 ミアが俺を起こしに来てくれたのは、日が昇るか昇らないかという早朝だった。


 「おはようございます、ネロ様」


 「ふわぁ……?」


 「起きてください。仕事の時間に遅れます」


 「……仕事ぉ?」


 眠たい目をこすりながら上体を起こすと、昨日と全く変わらないミアがいた。

 彼女も俺と同じかそれ以上遅い時間に寝たはずなのに、眠そうなそぶりは全くない。


 すでにキチンとメイド服を着こなし、仕事をする身支度は整っていた。

 普段の俺ならグズッて二度寝をかますところだが、ここに来たからにはそうもいかない。


 「おはようミア。わざわざ起こしに来てくれたのか」


 「昨夜、ネロ様に起床時間を伝えるのをものの見事に忘れてしまいました。気になさらないでください」


 「つーか、使用人ってこんな朝早くからする仕事があるのか?」


 「山のようにございます。すでに1分と46秒、予定時刻よりも遅れそうです」


 「わ、分かった分かった。すぐに起きるって」


 懐中時計を取り出してまで確認しなくてもいいのに。

 

 だが、遅刻はいけない。

 なんたって今日は俺の初仕事。

 何事も初めが肝心だ。


 頭を振って眠気を飛ばし、温かく寝心地のいいベッドから跳ね起きた。


 「さ、いいぞ。なんでも命令してくれ」


 「では、まずはこれに着替えてください。ネロ様に合うと良いのですが」


 「使用人の服? ……何だか、普通の村人って感じだな」


 「機能性重視です。使用人がご主人様たちより華美なものを着る訳にはいきませんから」


 渡されたのは何の変哲もないただの地味な服であり、非常に感想が言いづらい。

 しいて褒めるなら、動きやすそうで脱ぎやすそうなところだけだった。


 「それを着た瞬間からネロ様はこの屋敷の一員となります。一緒に頑張りましょう」


 「せいぜい頑張らせてもらうよ。下僕として」


 「……」


 「何だよ」


 「ネロ様にとって、今後おつらいことも色々とあるかもしれません。ですがネロ様は決して下僕などではありません」


 「いや、下僕だぞ」


 「違います」


 「王の保証付きで下僕なんだが……」


 「誰が何と言おうとネロ様は英雄です。少なくとも、ミアはそう思っています。どんな状況であっても、それだけは忘れないようにしてください」


 「……」


 「……早く着替えましょう。もう3分34秒予定時刻を過ぎております」


 「わ、分かった。着替えるから外で待っててくれ」


 よく分からないけど、ミアなりに励ましてくれたんだろうか。

 もしかしたら俺は自分でも気付かないうちに少し卑屈になっていたのかもしれない。


 英雄ネロ。


 まだ俺をそう呼んでくれる少女のおかげで、久々に一日の始まりが明るいものに感じられた。

 これは多分、朝日だけのせいではないと思う。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 「……では、おはようございます。今日からネロ・アーデルハイト様が私たちの仲間に加わります」


 「おはようございまーすっっっ!!!」


 「おはようございます。よろしくお願いします」


 「使用人ではあってもネロ様は英雄です。然るべき敬意を払い、親切に接してください」


 「はぁーいっっっ!!!」


 まず初めに俺がやった仕事は、ハウスメイドたちの朝の打ち合わせに顔を出すこと。


 定刻となり、メイド控え室の一角でミアが数人のメイドたちを取り仕切る。

 若いミアの統括する部署なのが関係しているのか、ハウスメイドたちは若く、そして元気だった。


 みんな髪をお団子にまとめてメイドキャップをかぶっているが、それがとても良く似合っていた。


 その女子の中に混じる男一人の俺。


 同じ状況になったことがある人がいたら理解できると思うのだが(そんな奴いるのかな?)、その気まずさったらあったもんじゃない。


 どちらかというと男所帯で仕事をしてきた俺には未知の体験だった。


 「本日は私とネロ様が1階を担当します。午前中、アイリーンは2階西区画を。ドロシーは東区画を。エヴァはギャラリーを中心にお願いします。何か質問はありますか?」


 「はーい! 質問でーす!」


 「アイリーン。どうぞ」


 「えへへ……じゃあ、ネロ様の趣味は何ですか? 休みの日は何してますか?」


 「これという趣味はない。しいて言えば、体を鍛えるのが趣味と実益を兼ねた時間つぶしかな」


 「わぁ〜、さすが勇者様」


 「アイリーン。仕事に関係のない質問は控えてください」


 「ごめんなさーい」


 「はいはい! 次は私」


 「ドロシー。どうぞ」


 「ネロ様の好きな食べ物は何ですか?」


 「これという好物はない。しいて言えば野菜よりは肉。そして魚肉よりは獣肉。だがカニ肉は全てを上回ると思っている」


 「つまりカニが好きなんですね!」


 「だがしかし、殻をむくのが面倒すぎる。高くてコスパも悪いし、あれば食うって感じ」


 「言ってること分かります! 私、ネロ様と気が合うかもしれません!」


 「分かってくれるか」


 「ドロシー、私の話を聞いていましたか?」


 「だって、同じ職場の仲間なんだから好物くらい知っておいた方が良いと思います!」


 「関係が見えないです。ネロ様もいちいち詳細に答えないでください」


 「だって聞かれたし」


 「はいはいはい! 次、次は私が質問しまーす!」


 「エヴァ……分かってますね?」


 「はい。私には、ネロ様の好きな女性のタイプを教えて下さ〜〜い!」


 ミアの『はぁ』というため息が聞こえた気がした。


 ……なるほど。

 こんな女の子たちを毎日監督してたら、そりゃ無表情にもなるな。


 ここには俺の覚悟していた冷たい視線はなく、それどころかむしろ興味津々な視線ばかりだ。


 新聞の三面記事荒らしの異名を持つ有名人に、聞きたいことが山ほどあるらしい。


 「一緒に仕事するんだからぁ、好みの女子くらい知っておいた方がいいと思うんですけどぉ〜」


 「これという好みはないけど。その時好きになった女性がタイプだ」


 「でもぉ、髪が短いとか長いとかぁ」


 「そう言われると長い方が良いかもしれないなぁ」


 「私みたいなのはどうですかぁ?」


 「いいと思う」


 「私! 私くらいじゃ短いですか!? 髪、おろして見てみますか?」


 「ネロ様、この中では一番私の髪が長いんですー!」


 「……いい加減にしてください、ネロ様!」


 「俺が悪いのか!?」


 「ネロ様がバカみたいに素直に答えるからみんな調子に乗るんです。話はここまでです」


 えーっ! という抗議の声が上がるが、ミアはそれ以上相手にしなかった。


 テキパキとあそこへ行けこれを持てと命令し、あっという間に全員を控室から追い出した。


 「……ふぅ。私の教育が足りずにご迷惑をおかけしました」


 「あのメイドの子たち、元気だな」


 「それだけが取り柄と言っても過言ではありません」


 「働く人間に活気があるのは良いことじゃないか」


 ミアのもとで元気いっぱい働いているという事はよく分かった。

 上司のマジ切れ寸前をしっかり見極めギリギリまで攻めるところを見ると、なかなか根性もある。


 多少舐められてる感はあるが、最後にはちゃんと仕事に行った。


 「今日は特にです。男性のネロ様が来て浮かれているんです」


 「喜ばれてるなら何よりだけど、最初だけだろ」


 「……言っておきますが、最初から問題を起こしたら即座に配置換えですよ?」


 「起こさない起こさない」


 「いえ、今のうち旦那様に配置換えを進言した方が良いのかも……特にエヴァの行動が怪しい気がします。まさかドロシーやアイリーンも……?」


 「ブツブツ言ってないで早く仕事を教えてくれ」


 「そ、そうですね」


 何かと心配の絶えないミアだった。

 俺は王の命によりここで真面目に働き続けないといけないのだから、積極的に女にうつつを抜かそうとは思わない。


 ……消極的には、もしかしたらあるかもしれないけど。


 「コホン。では今日の仕事の説明を。すごく簡単に話すと、私たちは1階の掃除を担当します。掃除の後はベッドメイクですが、午前中に全て終わらせましょう。午後は執事の元で銀器や真鍮の器の手入れ、水の運搬容器とランプの掃除です」


 「分かった」


 「夜になったら暖炉の火を起こし、石炭と薪の補充を行います。その後、翌日の朝食のトレーをセットしに行きます」


 「昼と夜の食事休憩は?」


 「それはネロ様の頑張り次第でいかようにも伸びたり縮んだりします」


 「よし、分かった」


 1日の行動予定は把握したが、目の回りそうなスケジュールだ。


 おそらくこれはあくまで基本的にやるべきことであり、空き時間には(今の俺には作れそうもないが)他の仕事も手伝うことになるのだろう。


 できればリュクシーヌには会いたくないものだった。


 ……まぁ、ムリだろうなぁ。


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