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勘違いのプロポーズ

 

 その後、尾根伝いに山を進んだ後に昼食休憩を取ることにした。


 いつの間にかずいぶん行程は捗り、レンヌの町が一望できる場所まで着ている。


 ネビス山には切り立った崖や鬱蒼とした森は少なく、俺たちがいる場所の背後はチングルマやシャクナゲの花が一面に広がる草原だ。


 こんな雄大な景色の中で食事ができる機会にはなかなか恵まれないだろう。


 ロクスリーは近くを流れている小川に水を汲みに行き、料理番の仕事を始めた。


 彼女は弓矢やフライパンだけでなく、自分のバッグに色々な食材を詰め込んできていた。


 たくさんの小瓶にはたくさんの調味料。


 油紙で包んだバターのかけらと、割れないようにさらに厳重に包まれた卵。


 コメを炊く飯盒。


 そして生のコメ。


 ロクスリーは手際よく火を起こし、その火に飯盒をかけた。


 コメを炊いている間は、自生しているニラや紫蘇などのほか、食べられるキノコを

採って小さく刻んだ。


 「今アタシがうめーヤキメシを作ってやるからな、アーデルハイト」


 「そんな本格的なものじゃなくてもいいのに」


 「なら、あっちに行って自分の干し肉と乾パンを齧ってな」


 「それはお断り申し上げる」


 「へへ、ちっと待っとけよ」


 せっかく美味しいものが出来上がるというのに、そんな粗末なもので腹を満たすという選択肢はない。


 ロクスリーはフライパンにバターをしいて、その中に刻んだ野草とキノコを入れた。


 おまけとして水で戻した干し肉を入れているから、栄養バランスも完璧。


 具材を塩と胡椒で味を整え、片手で割った卵を投入。


 それが半熟になった頃、炊き上がったコメをフライパンに投下。


 炒められた具材がじゅうじゅうと良い音を立て、もちろん食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。


 最後に小瓶いっぱいの牡蠣のソースを加え、ヤキメシは完成した。


 「ほら、食えよ。ネビス山の幸風ヤキメシ、オイスター風味ってとこだ」


 「いただきまーす!」


 「慌てんなよ。火傷すんぞ」


 ロイス公爵家の誇るシェフであるロクスリーが作ったのだから、これで美味くないはずがない。


 皿に盛られたヤキメシをかき込むと、口の中で様々な具材のうまみが混然一体となり、恍惚となった。


 「ウメーか? アーデルハイト」


 「最高に美味い。さすがロクスリーだ」


 「ここには良い食材が自生してる。王都付近じゃ、こうはいかねえ。レンヌの自然の恵みに感謝しな」


 「もちろん自然に感謝する」


 「だが! 一番はアタシに感謝しろよ。アタシがついて来てよかっただろ?」


 「ロクスリーが居てよかった」


 「よーしよし、素直でいいじゃねーか」


 「これだけのシェフが王のところで働くと思うと、色々と惜しいな。晩餐会が成功しない方がいいんじゃないかと思ってきた」


 「誰が王のところで働くって言った」


 「違うのか?」


 「勝手に決めんじゃねーよ。アタシはアタシの行きたいとこに行く」


 ロクスリーはそう言ってヤキメシをガツガツとかき込んだ。


 良い折だから、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。


 「……んだよ。人が食ってるとこをじっと見んじゃねー」


 「ロクスリーは、宮廷料理人の話が来た時もあんまり嬉しそうじゃなかったな」


 「言ったろ。人の進む道を勝手に決められて面白いはずがねー」


 「でもここにいるよりはずっと待遇が良いはずだ」


 「料理人としちゃ、ここも決して悪くねーぜ。レンヌではいつだって新鮮な野菜が手に入るし、奇麗な水も豊富だ。畜産もしっかり管理されてて、卸される肉の肉質も群を抜いていい」


 「でも……金も、それに、欲しかった料理人としての名声も手に入るぞ」


 「んだぁ? そんなにアタシに出ていってほしーのか!」


 「まさか」


 初めはちょっとアレだったけど、今は決してロクスリーに出て行って欲しいだなんて思わない。


 食事の質が上がって使用人も喜んでいるし、ロイス公爵も喜んでいる。


 何でもリュクシーヌやカタリナさんまでロクスリーをすっかり認めているらしい。


 最初はうさん臭いものを見るような目で見ていたが、毎日出てくる美味しい食事にすっかり感服してしまったそうだ。


 「分かったぞ。まだアタシに殴られたのをアーデルハイトは根に持ってやがるな!」


 「持ってねーよ。俺だってロクスリーにいて欲しいと思ってる」


 「本当か?」


 「本当だ。毎日、ロクスリーの作るメシが食べたい」


 「へっ、大げさなヤローだな……」


 「これからもずっと食べたい。本音を言えば、どこにもいかないで欲しい。ずっとロクスリーには一緒にいて欲しいな」


 「ッ……! ……オマエがそこまでアタシを欲しがってるとは思わなかったな……」


 「自分をあまり見くびるなよ。ロクスリーを欲しがらない人間なんていない」


 「そ……そうか……?」


 王だって腕の確かな宮廷料理人を欲しがるに決まっている。


 今回の晩餐会が成功すれば、たぶん王からの猛アタックが始まるだろう。


 だが、ロクスリーがここを気に入っているのだとすれば無理強いもできない。


 「意外だな。オメーはミアの事を気に入ってると思ってたんだけどよ」


 「ミアじゃ比べ物にならない。確かに彼女は良い子だけど、それとこれとは話が別だろ?」


 「……まーな、アタシの方が大人だし。やっぱり、大人の女としての魅力が勝ったってことか」


 「歳はともかく、経験の差が違いすぎる。ミアには経験が無い」


 「け、経験か。それはアタシも自信がねー……。なんせアタシ、この年までわき目もふらず料理ばっかだろ?」


 「それがいいんじゃないか!」


 「……オマエがそれでいいならいーけどよ。アーデルハイトは経験済みか?」


 「いや、俺もない」


 「ホー。英雄ならよりどりみどりだったんじゃねーのか?」


 「そういうことにはあまり興味を持たなかったんだ」


 「……硬派なんだな。オマエらしーっちゃ、らしーのか」


 「そうとも言えるかもしれないけど……どうだろうな」


 男子厨房に入らずという訳でもないが、料理は作るものじゃなく常に食べるものだった。


 カネのある時はいいところでメシを食い、カネが無い時は何も食べなかった。


 あの借金じゃ、自炊したところで焼け石に水だっただろうし。


 「そういう訳で、俺はずっとロクスリーにいて欲しい」


 「……オマエの気持ちは分かった。そこまで言うなら、ちっとは考えてやらぁ」


 「ああ。ロクスリー次第だけど、考えてみてくれ」


 最終的にはロクスリーが判断することで、俺は俺の希望を伝える事しかできない。


 だけど、俺の希望を聞いたロクスリーは嬉しそうにしている。


 これなら王が何と言おうと少しは脈ありかもしれない。


 「しかしよー。こんな真昼間の山の中でプロポーズなんて、いくら何でもムードが無さすぎるぜ!」


 「はい?」


 「へへッ。ま、それもアタシらしーっちゃアタシらしーのかもな」


 「プロポーズ……って?」


 「もう何も言うな。オマエの気持ちは充分伝わったよ」


 一体お前は何を言っているんだ。


 詳しく問い詰めたいところだったが、ロクスリーはスッと立ち上がった。


 「おいロクスリー、どこへ行く」


 「小便。アタシが好きだからって、絶対に覗くなよ」


 「あ、あぁ……あぁ?」


 「裸を見たいなら、アタシを嫁にしてからだ。アタシは結婚まで絶対に体を許さねーからな!」


 「えぇ!?」


 本当にロクスリーは何を言っているんだ。


 肩を掴んで立ち止まらせたかったが、さっさとその辺の藪に消えてしまった。


 1人になった俺はロクスリーとのさっきまでの会話を反芻した。


 …………。


 ………。


 ……。


 ……もしかして。


 ロクスリーには、とんでもない勘違いをさせてしまったんじゃないか。


 どうしよう。


 俺は料理人としてここにいて欲しいと伝えただけなのだが。


 訂正するのなら早い方が良い。


 しかし、ちょっとその気になってたような気がするし。


 その気になったロクスリーの思い違いを訂正したら、それはそれですごく怖い事になりそうだった。


 だからと言ってこのままだと──。


 「おぅわああああああああああああああああああああああッッ!!」


 「な、なんだぁッ!?」


 「アーデルハイトッ! 出た出たッ、出た〜〜〜ッッッ!!」


 「ロクスリーッッッ!?」


 どれだけオシッコが勢いよく出たのか。


 ロクスリーはズボンすら上げきらず、パンツ丸見えでこちらに駆けて来た。


 ……案外、純朴そうな白のパンツを履いている。


 ああ見えて猫好きなのか、パンツのフロントには可愛らしい猫のイラストが描かれていて──。


 「ロクスリー、伏せろッッ!!!」


 「っく……!!」


 パンツに見とれている場合じゃなかった。


 ロクスリーの背後の藪から、すさまじい勢いで巨大な怪鳥が飛び出してきた。








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