冒険者の食卓
夕食が済んだ後、俺たちはキッチンに集合することになった。
集まったのはシェフのロクスリー、ダニエラをはじめとするキッチンメイドたちと、俺とミア。
約束通りにハンバーグとグラタンを作ってもらったアイリーンたちが、幸せそうにまかない飯を頬張っている。
その全員で大きな調理台をぐるりと囲み、晩餐会に向けた作戦会議が始まった。
「早く仕切れよ、アーデルハイト」
「俺でいいのか?」
「アタシは構わねーよ。そもそもオメーが言い出しっぺだろ」
キッチンの中でロクスリーを差し置いて話を進めるのは気が引けるが、他のみんなも特に異論はないようだ。
とりあえず俺は現状の説明を始めた。
「状況はみんな知っての通り、晩餐会まであと3日。それに備えて仕込んでいたロクスリーの食材がダメになった」
「犯人を捕らえ、はりつけにしましょう!」
「万死に値しますねー。もぐもぐ」
「そんな時間はない。そんなことに労力を使うより、晩餐会の成功の方を優先させたい。少なくともロイス公爵はそうお望みだ」
「ロクスリー。わずか3日で前と同じクオリティのメニューを考案することは可能ですか?」
「残念だが、そいつは難しい。とてもじゃねーが時間が足りねえ」
「さっきまで色々と考えてたんじゃないのか?」
「考えてたが、やっぱり無理だ。どうあっても以前のメニューは超えられねー。アタシは今回、それだけのモノを用意してたつもりだ」
「そうか……」
「つまり、質の下がったものをそれと分かって提供するということになりますね……」
「……ケッ」
「何か良い方法を見つけよう。それをみんなで考えるための集まりだ」
「このままじゃ、辞めたキッチンメイドのせいでロクスリーの名声に傷つけるようなことになっちまうよ! さ、みんな考えるんだ!」
ダニエラがハッパをかけ、みんながうーんと唸り、頭をひねる。
だけどそんな起死回生のアイディアが簡単にぽんぽん生まれるはずもない。
そもそもロクスリーが考えつかない、難しいと言っているのに素人の俺たちが考えつくものだろうか?
落ち着いて考えてみると、それはやっぱり無謀な気がした。
「はいはい! 私、名案が思い付きましたー!」
「アイリーン!? あなたが?」
「ミア様はどうしてそんなに驚くのですかー?」
自信満々に手を上げるアイリーン。
まさかこのアホの子が! と会議の場がいた一同がどよめいた。
しかし、名案とは得てしてこういう意外性のある人物から生まれるものだ。
「発表していいですかー? もぐもぐ」
「アイリーン。飲み込んだら言ってみてくれ」
「このハンバーグが美味しいので、これをそのまま出せばよいと思いますー!」
「よし分かった。あとは静かに食べてていいぞ」
「バカヤローが。いや、一瞬でもこんな奴に期待したアタシがバカだったよ!」
「うちの子が迷惑をおかけしました。どうもすみません……」
「何故ですか? 何故なのですかー!?」
怒るロクスリーに、全員に頭を下げて謝るミア。
その場にいるメイドはみんな「このアホのアイリーンがやっぱり自分よりアホでほっとした」という優越感をにじませた。
その様子を見て涙目になるアイリーンだったが、優しいダニエラはすかさずフォローに回る。
「はっはっは! とってもアイリーンらしいけどねぇ。貴族の人間はこのくらいのものは食べ飽きてるんだ。もちろんこれは美味しいけど、晩餐会に出すとなるとちょっとねぇ……」
「えー! じゃあ貴族が食べなれない物を出せばいいんです! マーガリンとか、ニシンとかー!」
「バーロー。そんなみすぼらしいものを出せっか!」
「はいはいはい! 次は私! 私こそ名案が思い付きました!」
「ドロシー。言ってみてくれ」
撃沈したアイリーンに続くドロシー。
彼女は意外と抜け目なく、賢いところがある。
つまりは今度こそ名案が聞けるかもしれない……。
「アイリーンの発案は悪くないですが、私から言わせればこのグラタンの方が美味です。ですから、アッツアツの出来立てグラタンを出せばいいんです!」
「頼むから発想の方向性を変えてくれ!」
「えー。あとは私なら、まかないのチキンライスが好きですケドー」
「変わんねーよ! ただのテメーの好みの問題じゃねーか!」
アイリーンに続き、ドロシーの案も惨敗した。
不服そうな顔をしているので、根本的に何が悪いか分かってない可能性がある。
次は、エヴァが自信満々に手を上げた。
「は〜い。次は私の思い付きを発表したいと思います!」
「エヴァ。……大丈夫か?」
「こういう時はどんな意見でも言ってみるものですよ? 良いかどうかは後で吟味するんです。みんなが黙ってたら空気が悪くなります!」
「……ホー。一丁前のことを言うじゃねーか」
「確かにそうだ。エヴァの言うとおり」
「フッフフ。では行きますよ?」
彼女は普段ふざけてばかりだが、ここ一番ではピシッと決める。
ピシッと決めたのをまだ見たことは無いが、それが今だと俺は信じている。
「ネロ様が冒険者時代、イノシシの丸焼きをしたって話を聞きました。なんでも、とても美味しかったとか」
「あれは味が無かったって言ったぞ。飢えて空腹だったから美味しく感じられただけで……」
「貴族の人たちにも同じ状況になってもらえばいいんです。晩餐会までの3日、飲まず食べずで来てもらいます。そうすれば空腹と言うスパイスで何でも美味しく食べられるはずです!」
「バカヤローーーー!!! んな事したら来る前に誰か死ぬかもしれねーじゃねーか!」
「なら、水と塩だけは許可します」
「エヴァ。そんなことをお願いしたらロクスリーどころか、我がロイス公爵家の名声が地に堕ちます……」
「えー」
「はぁ……吟味するまでもなかったねぇ……」
自信たっぷりだっただけに、ダニエラはガッカリしている。
キッチンメイドたちは、『やはり黒い三連敗』とかえって納得の顔をした。
ミアはもはや言葉も発せず、直属の上司として顔を赤くし俯いている。
多少は期待していたのにロクな案が出ないので、ロクスリーも少しイライラし始めた。
だけど俺は、ちょっと違った。
「ったく、どうなってんだアーデルハイト。オメーんとこのメイドはよー」
「……いや。よくよく考えると、三人ともいい案ばかりだ」
「はぁ!?」
「アイリーンたちの話を聞いて、俺も一つ思いついた。聞いてもらえないか」
「今度はオメーか。もーいーよ、後はキッチンの人間だけで考えっからよ!」
「いいえロクスリー。ネロ様の考え、とくと聞きましょう」
「チッ……ま、聞くだけ聞いてやってもいいけどよ」
ロクスリーは椅子にもたれかかり、天井を眺めた。
せっかく思いついたというのに聞き流す気満々であり、他のみんなも畑違いの俺にどんな案が出せるか、半信半疑の顔をしている。
まっすぐに俺を見つめ、無条件で信じてくれていそうなのはミアだけだった。
受け入れられるか分からないが、俺はゆっくりその場にいる全員に語り掛けた。
「……貴族が食べなれてない物を出すというのは良いと思う。メニューの方向性を完全に変えるんだ。高級コース料理という発想を、まず捨てる」
「ネロ様、つまりどういう事でしょう?」
「冒険者だった頃、仕事の時は食事はほとんど外で食った。みんなでたき火を囲んで食うアツアツのメシが美味かった」
「イノシシを食べた時みたいにですね!」
「そう。だから晩餐会の会場を屋外に設営する。今の時期、夜の屋外は過ごしやすい。この屋敷には立派な庭がある。調理場もそこに設営して、ロクスリーがお客さんの前で料理を作って振舞うんだ」
「はぁ? 外だぁ?」
「まさか、キッチンじゃなきゃ料理できないとは言わないよな?」
「ざけんな! アタシはどこだって料理できるけどよ……」
「だから、『冒険者の野営風ディナー』と銘打って、今回の晩餐会のひとつの趣向にする。メニューもそれに沿ったものを考える」
「……ホー。冒険者の野営風、か」
鼻で笑われるかと思ったが、ロクスリーは興味を示した。
それに勇気づけられ、俺は言葉を続けた。
「会場は簡素な木の椅子、簡素な木のテーブル。あちこちにかがり火をたく。その雰囲気に適した、野趣あふれる料理を中心に組み立てる」
「冒険者の野営風料理ってどんなのですかー?」
「例えば、『ゴブリン風シチュー』」
「ゴブリン? あの醜悪な姿のですかー?」
「ああ、そうだ。もとはゴブリン討伐の後、敵が残した鍋の中身を腹が減った冒険者が食ったら、とても美味かったって話らしい」
「へぇ、あんなモンスターに美味しい料理が作れるとはねぇ。意外だよ!」
「ゴブリンは何でも食う。肉でも魚でも野菜でもキノコでも草でも──毛虫も構わずすり潰し、鍋に入れてコトコト煮る」
「げーッ! やっぱりゴブリンはゴブリンです!」
「では、その時たまたま美味しいものしか入ってなかったんですね」
「そう。でも、それが冒険者の間で流行した。だから野営の時はだいたいソレだ」
「美味しかったのですか?」
「いろんな素材をぶち込むからな。うまく調整すれば美味いが、失敗するとまずくなるバクチみたいな料理なんだ」
ゴブリン風シチューを作れて冒険者は一人前。
他国では知らないが、フォート・リア王国の冒険者ギルドではそう言われている。
「ごった煮みたいな料理だけど、ロクスリーが素材を厳選して仕上げれば、そりゃ美味いゴブリンシチューができると思う」
「……続けろ、アーデルハイト。少しイメージができて来た」
「コントワール・ランブロワには無かっただろ。ゴブリンシチュー」
「んな下品な料理、ある訳ねー。が、面白そーだ」
ロクスリーは何やら思いついたことがあるようで、メモを取り出して走り書きを始めた。
ゴブリンシチューは彼女の創作意欲を多少なりとも刺激したみたいだ。
「他には? 他にはどんな料理があるんですー?」
「そうだな……あとは、『魔法使いによる魔法使いのための季節の炊き込みご飯』」
「名前だけは美味しそうだねぇ」
「コメ以外に食うものがなかったから、魔力を回復するためのハーブをご飯に混ぜて炊いたら不思議と美味かったらしい」
「栄養補給と魔力補充が一度にできて、お得ですね」
「まぁ、一種の時短メシだな」
「……ハーブなら味の良いものを厳選して……使えるな。リゾット風にすりゃ、見た目も良くてもっと美味くなるか……おい、続けろ! アーデルハイト」
「あ、あぁ。こんなんでいいのか?」
「高級料理として出すにゃ粗野だが、悪くねー。貴族どももかえって喜ぶかもしれねー」
「いっそ冒険者に身をやつしてもらうのも良いねぇ! 冒険者に仮装してもらえる衣装を用意しておこうか!」
「私たちは森の妖精の衣装でお願いしまーす!」
「おいミア。なんか変な方向で盛り上がってるぞ……」
「ロイス公爵様の友人は何かと趣向を凝らすのがお好きです。突飛ですが、良いかもしれません」
「……なるほど」
貴族には仮面舞踏会という訳の分からない催しもあるし、仮装くらいなら案外ノッてきてくれるかもしれない。
それに今回の趣向からして、会場の雰囲気作りも大切だ。
「おいアーデルハイト、早く次のメニューを言え! まだたったの二品だぞ!」
「後は……そうだな。『吟遊詩人の炙り野兎』」
「それは……ウサギを焼くだけですか?」
「歌で惑わせて捕まえるんだ。死ぬ寸前までリラックスしてるから肉がとても柔らかい。臭みさえ消せればすごく美味い」
「なら、明日アーデルハイトが歌って捕まえてこい」
「俺は吟遊詩人じゃねーよ!」
「じゃあ使えねーじゃねーか!」
「……吟遊詩人くらいレンヌの町に滞在してるだろうから、聞いてみるよ。お金を払えばきっと引き受けてくれる」
「よし。だが野菜ものが足んねーな。何かねーのか?」
「『老剣士ギドの焼きじゃが』。彼の出身地である北国じゃ、じゃがいもにはピリ辛スパイスを和えて食べるのが普通らしい。そのスパイスがあまりに美味いから、冒険者の間で広まった」
「じゃがいもか。悪くねーが、緑黄色野菜の彩りが足んねー」
「なら……『貧しい神官の奇跡のアスパラサラダ』」
「ホー、奇跡と来たか」
「それはどの辺が神官なんですかー?」
「日々神に祈りを捧げている泉に漬けてからアスパラを食べたら、瑞々しくなったらしい」
「ふえぇ? すごいです! それはまさか神の奇跡ですかー!?」
「アホか! 野菜を水に漬けたら瑞々しくなるに決まってんだろーが!」
「火も起こせないほど貧しかったから、仕方なく生で食べたそうだ。でもお腹を壊さなかった」
「そりゃ、単に新鮮だったんだろ」
「でも、名前はありがたみがありそうで悪くありません。それにこの時期、新鮮なアスパラガスはとても美味しいはずです」
「アスパラガスはレンヌの町の名産だよ。メニューに入れないって手はないねぇ」
「そんだけじゃ足んねー。でも、アスパラチキンにすりゃーちっとは映えるか……となると、ドレッシングは……」
「なんだか、めっちゃおなかのすく会議ですねー……」
「私も〜……」
どこからか愚痴っぽい声が聞こえた気がした。
メニュー会議は盛り上がり、俺は俺の知っている独特な冒険者料理を伝えた。
それをロクスリーが中心となり、みんなで少しずつアイディアを出し合い、洗練させていく。
そうしてひとつずつメニューを完成させていった。
その作業は深夜にまで及んだ──。




