ハンバーグとグラタン
ロクスリーは俺と同様に一人部屋を与えられていた。
本日の夕食の下ごしらえもせず、今やその中に引きこもってしまっている。
そんな彼女を部屋から引きずり出すこと。
これが晩餐会の成功への第一歩となる。
「ロクスリー。出てきてくれ。話をしよう」
扉をコンコンと軽くノックし、声を掛けた。
何度かそれを繰り返したが、中から返事はない。
「もしかして、いないのではないですか?」
「人の気配はちゃんとある。ロクスリー! ふてくされてる場合か! お前抜きで今日の晩メシはどうするつもりだ!」
「……ぞ」
「お?」
「……うるせー。コロスぞ」
ロクスリーの声だ。
やっぱり、ちゃんと部屋の中にいた。
だけど声の方は相当沈んでおり、言っていることも物騒だ。
「ロクスリー。食材に嫌がらせをされたのはショックだろうけど、今更取り返しがつかない。切り替えよう」
「……うるせー。コロスぞ」
「何ができるか分からないが、俺たちも協力する。一人で抱え込むんじゃない。一緒に晩餐会を成功させようじゃないか」
「……うるせー。コロスぞ」
「……取り付く島もありませんね」
ミアがあきれ顔をした。
全部同じ返事しか返ってこず、これでは全くお話にならない。
慰めて、励まして、手を取り合っての融和路線で行こうと思ったが、もう少し過激路線で奮い立たせる必要がありそうだ。
──となれば。
「ロクスリー。一流レストラン『コントワール・ランブロワ』の一人娘。女であることが理由で店を継げず、店はどこの誰とも分からない男に引き継がれることになった」
「……なんでテメーがそれを知ってんだ」
「そのせいで王都からこんな辺境の貴族の家に雇われて。悔しくないのか」
「……ネロ様。ロイス公爵が聞いたらいじけます」
「この際いいんだよ。……ロクスリー、その名を売って父親を見返したいんだろう? 3日後の晩餐会にはきっと王都からの貴族も大勢やって来る。ロクスリー・アディ・クロウの名前は王国中に知られることになる!」
「……」
「こんな事があって、成功するかどうかわからない。でもお前がこの部屋に閉じこもってる限り、負けが確定するだけじゃないか!」
「……」
「出てきてくれ、ロクスリー。成功への筋道をみんなで考えよう。一緒に勝負の場に立とう!」
「……うるせー。コロスぞ」
だめか。
俺なりに一生懸命伝えたつもりだけど、閉じた彼女の心には届かない。
触れて欲しくないであろう過去にもあえて触れたのに、部屋の扉は開くことはなかった。
やっぱりこういうことは時間が必要なのかもしれない。
だが俺たちに残された時間はほんのわずかだ。
どうしたものかとミアを見るが、ミアも困ったように俺を見つめるだけだ。
うーん……万事休すなのか?
「……二人とも、シェフの部屋の前で何をしてるんだい?」
「ダニエラ。……と、キッチンメイドのみんな」
「こんな大勢で、一体どうしたんですか?」
困り果てていたところ、ダニエラがたくさんのキッチンメイドと共にやってきた。
みんな揃いも揃って神妙な顔をしている。
中には明らかに野次馬で、物見遊山といった顔をした3人もいる。
それはこの件に何の関係もないアイリーンたちだったが、この際気にしないことにした。
「話は聞いたよ。辞めていったうちのメイドがとんでもない置き土産を残していってくれたってね!」
「あぁ、見事にやってくれたよ」
「それでうちのシェフが気落ちしてるって事もね。だから代わりに謝りに来たって訳さ」
「ダニエラが、ですか?」
「部下の不始末は長が責任取るものさ。……ロクスリー。アンタには本当に悪い事をしちまったねぇ」
「……」
「アンタの昔の話、たった今ネロ様に教えてもらった。盗み聞きして悪かったね」
「……」
「おかげでアンタが料理に厳しい理由が分かったよ。そんなアンタを、田舎メイドの私たちはさぞかしイライラさせた事だろうねぇ……」
「……」
「アンタには改めてキッチンの厳しさを教えてもらったと思ってる。そりゃ口汚く叱られるのは不愉快さ。だけど、アンタの言っていることにひとつも間違いはなかった」
「……」
「アタシたちはこの屋敷の勤めも長くなって、馴れあいがあったかもしれない。反省するところはしなくっちゃいけないって、みんなで話し合っていたんだよ」
「……」
「そう思わないメイドは辞めてった。今残っている人間は、アンタに従う気があるものばかりだよ!」
「……うるせー」
やっとロクスリーが喋った。
ダニエラの話を聞いて、ロクスリーの中で心境の変化が起きたかは分からない。
ただ、言葉からコロスぞは消えた。
「もちろん、わだかまりが全部なくなったとは思わない。けど、小なりとは言え私たちにもキッチンメイドの誇りってものがあるんだ。晩餐会を成功させたいって気持ちは同じだよ!」
「……うるせー」
「……ほら、アイリーンも何か言いな!」
「私、別にキッチンメイドじゃないですー!?」
ダニエラは、ただの野次馬であるアイリーンに話を振った。
おかげで明らかに彼女はキョドってしまったが、何か目算があるんだろうか?
「でもアイリーン、あんたは最近のまかないご飯が美味しいと思うだろう?」
「それは確かに! おかげでメイド服がちょっときつくなりました!」
「ロクスリーはね、最初にここの使用人の食事を見た時に呆れてこう言った。『こんなメシで大の大人がまともに働けるか! 今日からアタシが作ってやらぁ!』ってね」
「そうだったんですかー!?」
「しかも、質が上がった割りに経費が嵩む様子がないんだよ! 安い食材を上手に調理して、私たちにまで美味しい食事を食べさせてくれているんだ」
「ただの神じゃないですかー」
「だから私は思ったんだよ。この若いシェフは、口が悪いだけで根はとても優しい人なんじゃないかってね。それがなかったら、こうして一緒に説得なんかしやしない」
その場にいる者はみんなウンウンと頷いた。
あれほど激しく嫌っていたミアですら反論しなかった。
思えばミアも、最近は食事を以前よりずっと幸せそうに食べている。
その幸せな時間はロクスリーの提供してくれたものだ。
「そんなロクスリーがやる気をなくして、ここからいなくなったら困るだろう? またマーガリンとパンとニシンだけの食事に逆戻りになっちまうよ!」
「それは絶対に困りますー! ロクスリーさーん!」
「あなたは神でーす! 今すぐ我々のもとに降臨してくださーい!」
黒い三連敗が口々に叫び、ドアをドカドカドンドンと叩いた。
その勢いに俺も続く。
俺だけじゃなく、ミアも、ダニエラも、そのほかのキッチンメイドたちもロクスリーの名を呼んだ。
「ロクスリー! 晩餐会、一緒に頑張ろう!」
「出てきてください。みんな、あなたを認めてくれています」
「アンタに嫌がらせするような人間はもうここには残っちゃいないよ!」
「今日の晩のまかない飯は何ですかー! 私はきのこハンバーグが食べたいでーす!」
「私にはチーズグラタンをー!」
「私は両方くださーい! むしろハンバーググラタンで!」
「……うるせー。コロスぞ」
「お?」
「うるっせーーーーーーんだよテメーら!!! 人の部屋のドアを壊す気か!!!」
あまりの騒々しさに耐えかねたのか、バァンと扉を開けてロクスリーが飛び出してきた。
その姿はいつもと全く変わりがない。
「……ったく、この屋敷は休憩ももらえねーのか」
「落ち込みタイムは終わったか?」
「あぁ!? 誰が落ち込んでるってんだ?」
「いや、ロクスリーが」
「これからアタシは晩餐会のメニューを作り直さなくっちゃなんねーんだ。落ち込んでる暇なんかあるもんか」
「……ロクスリー。本当に、うちのメイドがすまない事をしたねぇ。あらためて謝罪させてもらうよ」
「ケッ、くだらねーことをしやがって。言っとくが、かえってアタシのやる気に火をつけちまったぜ」
「本当かい?」
「おーよ。今だって新しいメニューを考えてた」
「なんだ……」
俺が思っているほど、ロクスリーは凹んではいなかったみたいだ。
じゃあ、俺たちが必死に説得する必要もなかったな……。
何だか拍子抜けだ。
「おー、そうだ。アイリーン、ドロシー、エヴァ!」
「ななな、なんですかー!」
「オマエらの食いたがってたきのこハンバーグとチーズグラタン、作ってやるよ」
「本当ですかー!?」
「その前に役立たずのご主人さまたちのメシの支度があるからな。ちっとばかり待っとけ!」
「は、はいー!」
ロクスリーはそう言って、颯爽とキッチンへと向かった。
それにダニエラたちキッチンメイドたちが続いていく。
晩餐会はともかく、今日の夕食の支度はこれで問題なさそうだ。
「ネロ様、大丈夫です。ロクスリーにはきっと伝わっています」
「……そうだな」
ハンバーグやグラタンの事も、きっとひとつの答えなんだ。
あれが俺たち全員の気持ちが届いてくれた証だと思った。




