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ロクスリー・アディ・クロウの壮絶な過去

 

 「いやあ、さすがネロ君。どこかへ行けば必ず何かが起きる!」


 「……どうも」


 ミア、そしてロクスリーと共に屋敷の主であるロイス公爵へこの度の騒ぎを報告。


 仕事に追われていた公爵は案の定喜んでしまい、それを隠そうともしなかった。


 雇い主の一服の清涼剤になったのなら何よりだ。


 「ロクスリーも驚いたんじゃないか? 僕もキジのスライス、見てみたかったなぁ〜」


 「ケッ……!」


 「……旦那様、笑い事では済まされません。ネロ様のこの怪我を見てください!」


 「顔が腫れて鼻血が出てるね」


 「そうでしょう。由緒正しいロイス家のシェフのなさりようではありません」


 「何だとぉ!? なんでテメーみてーなクソメイドにアタシがんなこと言われなくちゃなんねーんだ!」


 「あなたの行いに対しては甘すぎる言葉です」


 「まぁ待てよミア。こうなったのも、最初に俺がロクスリーに良くない事を言ってしまったせいなんだ」


 「良くない事?」


 「ロクスリーを女扱いして貶した」


 ドレスの件はともかくとして、だ。

 女だからできないだろうという発言はまずかった。


 「だから、結局のところ俺が悪かったんだ」


 「へっ。女のアタシにボコボコにされて凹んじまったのかぁ? やけに素直じゃねーか」


 「……あなたは本当に愚かです。ネロ様があえて無抵抗だったことすら気づかなかったのですか」


 「何ぃ」


 「ネロ様は女性に暴力を振るうような人ではありません。ですから、じっと耐えてくれていたのです。本気になればあなたを殺すことすらたやすかったはずです!」


 「なら、殺してみろってんだ!」


 「ほらほら、今度はミアが喧嘩を始める気かい? もうよすんだ」


 ロイス公爵が仲裁に入る。

 だけどミアは相当頭に来ているみたいで、厳しい態度を崩さない。


 「私はハウスキーパーとして、この方の希望に沿うように心がけていました。女性であることを触れ回らず、特別扱いしないこと。望む時にキッチンに人手を回すこと。その返礼が今日という日ですか?」


 「礼だと? こんな使えねー奴らを寄こしてきやがって、何を礼しろってんだ!」


 「旦那様。ミアはロクスリー・アディ・クロウの即時解雇を求めます。シェフ風情が英雄ネロ様に手を上げるなど言語道断です!」


 「な〜に〜ッッッ!!」


 「やめないかっっっ!!」


 いつまでも不穏なふたりをロイス公爵が一喝した。


 「ミアの言うことも理解できるけどね。確かにこんな話、聞いたことが無いよ!」


 「そうです。はっきり言ってあり得ません」


 「しかしシェフを失ってこの家はどうなる。この後、この屋敷でいくつも晩餐会の予定が組まれてる。代わりにミアが腕を振るってくれるのかい?」


 「それは……私にはできません」


 「ほーら見ろ。ここにゃー、アタシっていう腕のいいシェフが必要なんだよ!」


 「っ……!」


 反論できず、ミアは悔しそうに唇を噛んだ。


 シェフは従僕やメイドと違って替えが効かない。

 特に俺のような吹けば飛ぶような下僕と違い、決してむやみやたらとにクビにできない存在だ。


 「だけどロクスリー、暴力はいけない、ネロ君は頑丈だからいいけど、他のメイドからも苦情が来てると聞いてるよ」


 「頑丈でも痛いんですが」


 「……アタシはメイドなんかに暴力を振るった記憶はねー。そりゃ公爵様の勘違いだろ」


 「言葉の暴力もだよ。ネロ君は不感症だからいいけど、他のメイドにはもう少し気遣ってほしいんだ」


 良くねーよと言いたいが、話の腰を折るのも何なので言わなかった。

 俺だってちゃんと傷つくんだから、ちゃんと気遣いをして欲しい。


 「フン。仕事が出来てねー奴に出来てねーって指摘してるだけだ」


 「他人に完璧を求めだしたらキリがないよ」


 「アタシは妥協せず美味しいものを提供したいんだ。完璧を目指して何が悪い!」


 「それにはキッチンメイドとの連携が必要だ。今朝の朝食を見てそれがよく分かったよ」


 「何かアタシの作るメシに不満があったのかよ?」


 「そうだね。ベーコンが薄かった」


 「……? あれ以上厚けりゃ、味が強くなりすぎてバランスが悪くなる。アタシがそうメイドに指示して切らせたんだ」


 「僕の好みの問題だけど、ベーコンの厚さはあの倍欲しい。ダニエラは何も言わなかったかい?」


 「……そりゃ、言ってたかもしれねーけどよ」


 思い当たる節があるようだが、キッチンメイドも必要以上に口答えしなかったようだ。

 万事あの調子だから、助言なんて聞き入れないだろうと思われたに違いないな。


 「館主の希望をかなえることも、こうした屋敷では必要なスキルだ。僕にとって今朝の朝食は不満足なものだった」


 「くっ……」


 「10日後の晩餐会では、しっかり頼んだよ。政財界の友人を多数招いての大規模なものになる。君が成功させてくれることを祈ってるよ」


 「……分かったよ。昼食の仕込みがあるから、もう行くぜ?」


 「昼食では、僕をがっかりさせないでくれ。期待してるよ」


 公爵に返事をせず、ロクスリーはキッチンへと戻っていった。


 残されたのは肩をすくめる公爵と、怒りに燃えるミア。


 そして絆創膏だらけの俺だ。


 「〜〜〜っ! 旦那様っっっっっ!!」


 「な、何かなミアっ!?」


 「あれで良いのですか? 本当にあの人を当家のシェフとして認めるのですかっっっ!?」


 「思ったよりもずっとクセのある子だったねぇ。いや、参った参った」


 「クセどころの話ではありません! 見てくださいこのネロ様の有様を!」


 「使用人同士の喧嘩だからねぇ。とはいえ、ネロ君が処罰を望むならそうするよ」


 「俺は別に」


 「ネロ様っ!!!」


 「言っただろ、俺が女だって蔑んだのが悪かったって」


 見た目ほどにはダメージはないんだけどな。

 鼻血はすぐ止まるだろうし、明日には腫れも引けるだろう。

 俺はこういう事には慣れてるので、そこまで気にすることでもないと思っているのだが……。


 「珍しいがゆえに、女性であることに触れられたくないのは分かります。しかし、これではあまりに度が過ぎます!」


 「色々と彼女にも背負ってるものがあるんだ。事情を鑑みて、もう少しだけ様子を見させてはもらえないか?」


 「事情?」


 「どんな事情があるとしても、ミアは納得できません」


 「やれやれ、ミアはネロ君のことになると冷静じゃいられないようだ」


 「そ、そういう訳じゃないです。でも……」


 「……王都にある、『コントワール・ランブロワ』は知っているかい? ネロ君なら、もしかしたら聞いたことがあるかもしれないね」


 「あぁ、知ってますよ。金がある時に何度か食べに行ったことがある」


 コントワール・ランブロワは王都の一等地にある超高級料理店だ。

 そこで一食食べるだけで庶民の一か月分の収入と並ぶ。

 高い値段に引けを取らず、味は当然、驚くほど美味い。


 ……リュクシーヌとも、一度行ったかもしれない。


 「彼女はその店のオーナーシェフの一人娘なんだ。小さい頃からそこの厨房で腕を磨いていたらしい」


 「ふーん……えっ」


 「小さな頃からですか?」


 「そう。だから、あれほどの若さで驚くほどの料理の腕を持っているって訳さ!」


 「いくつなんすか、ロクスリーって」


 「女性の年齢を言うのは憚られるなぁ。20は過ぎてるが、30には全く届かないとしか言えないよ」


 「ふぅん……」


 俺よりも年上だが、公爵家でひとつの責任ある役職を任されている訳だから大したものだ。

 感心している間にも、ロイス公爵の話は続く。


 「彼女の父親はね、店を継がせるための男児を望んでいた。気の早い父親は、生まれる前から男性名をすでに用意していたらしいよ」


 「……それが彼女の事情ですか? 男性名をつけられて、あのようにねじ曲がった破壊的な性格になったとでも?」


 「ははは、ミアも言うようになったねぇ!」


 「話の続きを聞こう、ミア」


 「……かしこまりました」


 「父親は、仕方がないから女の子のロクスリーに料理の技術を厳しく叩き込んでいった。ロクスリーもそれに応え、めきめきと料理の腕を上げた」


 「そうすると、ロクスリーはいずれ王都に戻るんですね。店を継がなくっちゃなんないんだから」


 「修行場としてここを選んだんでしょうが、迷惑な話です。早く帰しましょう」


 「話を最後まで聞いてくれ。ロクスリーは、ランブロワを継がないよ」


 「なぜ? 一人娘なんでしょう」


 「ロクスリーの父親は、最終的に女性であるロクスリーが継ぐことで店の格が落ちると考えたんだ。だから腕の良いシェフを婿に取り、ロクスリーは経営か、料理がしたいならコックの一人として店に関わらせることに決めたんだ」


 「……それ、けっこうひどい話じゃないですか? だってロクスリーは……」


 「当然、彼女はそれに強く反発したらしいよ。自分が店を継ぐことを夢見て、そのために生きてきたようなものだからね」


 「……それで?」


 「ロクスリーは父親と大喧嘩。店を継ぐこともできず、家も追い出された。頼りになるのは今まで磨いてきた料理の腕だけだ。とはいえ、やっぱり女性だからだいぶ苦労したみたいだけれどね……」


 「料理の世界は男性社会です。雇われるのもままならなかったと察します」


 「そう! 超高級料理店の跡取り娘が、なんとも言えない中途半端な店でメイド扱いされたり、さんざんだったらしい」


 「……」


 「だけど料理を作らせたら一人前か、それ以上だろう? 僕はそんなロクスリーを知人に紹介された」


 「……それで、旦那様がここへ呼んだのですか?」


 「レンヌの町に来れば良い気分転換になるし、ここで働けば料理人としての経験にもなる。一度王都を離れた方が彼女のためになるんじゃないかと思ってね……」


 さすがのミアも、なんと言葉を発していいか分からないみたいだった。


 話を聞いていくうちに何となく今のロクスリーと繋がってきた。

 メイド扱いや女扱いを嫌った理由も分かった。


 あのつっけんどんな態度からは分からなかったが、だいぶ失意の果てに此処へ来たみたいだ。


 「ロクスリーの父親はね、後継ぎのために男児の養子を取ることにしたそうだよ。これで僕が知っていることは全て話した」


 「それも……ひでぇ話だな。ロクスリーがいるじゃないか」


 「ちなみに、ロクスリーの父親はロクスリーよりもずっと怖いらしい」


 「それは話がこじれそうです……」


 「そういう訳だから、もう少しだけ様子を見てみたい。彼女は他に行くところもないし、他所では彼女の才能を活かしきれないかもしれない」


 「分かりました」


 「ミアも、良いかな? このことは、極めて他言無用で頼んだよ」


 「……承知しました。ですが、今後ネロ様を軽んじることは許しません」


 「あっはっは。それはそっちでうまく話をつけてくれ」


 なんとも壮絶なロクスリーの過去を聞いてしまった。


 俺もミアも、無言で公爵の部屋を出た。


 ミアのはからいにより、その後俺はキッチンに戻らなかった。


 だから、ロクスリーがあれからキッチンでどんな思いで働いたかは知らない。


 あそこにあるのは自分が割った大量の皿と、おそらくはキッチンメイドの冷たい目だ。

 どんな人間にとっても、それは決して居心地の良い場所ではなかったと思う。


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