第拾捌話 肆
その日の夜は、雨が続いていた。数年に一度の珍しい気象に、少し不安になったりもする。
『華鈴。雨、止まないね。明日も降り続くのかな?』
「まだまだ降り続きそうだね」
『テーブルに置いてあるお菓子食べていい?』
「白牙の口に合うか分からないよ?」
『大抵の物は美味しいから、大丈夫』
自室のテーブルに置いている、少し苦めなチョコレートに、私の式神である、白い妖犬の白牙。
ヒョイっと口に運ぶと、顔をしかめている。
『苦いね。これ、西洋のお菓子だよね。甘い香りがしてたのに、甘くないね』
「白牙には苦かったかな」
『うん。甘いお菓子が好き』
「そうだよね。今度、甘いお菓子買ってくるね」
『やったー!』
ピョンピョンと、部屋中を跳ね回る白牙を見ていると、何故だか微笑ましい。
だけど、私には気になることがある。
「白牙はさ、人間に恋したことある?」
昨年出会った妖の中には、人間に恋をしていた妖がいた。
キョウカ様がそうだし、初めて霞ヶ森に入った後、すぐに出会った妖も恐らく。
人間は人間に恋をするけれど、人間と妖の恋はどうなんだろう。
『ボクは無いけど。斑牙姐さんが昔、式神になる前なんだけどね。人間に恋をしていたらしいよ』
「斑牙が?」
『そうだよ。昔の話だからね。ボクが斑牙姐さんと出会う前だよ。明日も行くんでしょ? 僚も来るなら、聞けるかもよ』
「聞いてみるね。ありがとう、白牙」
苦いチョコレートを食べながら、人間と妖の恋について考えてみるけれど、私には分からないこと。
人間同士の恋も複雑だから、お互い様なのかもしれない。
『どうして、そんなこと聞くの?』
「えっ、えっと。出会った妖たちの中には、人間に恋をしていた妖もいたでしょ。だから、妖にも恋愛感情があるんだなぁって思ったの」
『よくあることじゃないかな。人間の昔話だっけ? そういう話があるでしょ』
「深く考え過ぎなのかな。チョコレート、食べちゃうね」
あの女妖も、人間の男性に恋をしていたんだと思う。何らかの事情で会えなくなり、霞ヶ森に来たんだ。
勝手にそう思ってしまって、当事者の了承もなしに、会いに行って良いのだろうか。
『華鈴? かーりーん!』
「えっ、何?」
『四角い板から、音がするよ』
「ありがとう、白牙」
チョコレートの隣に置いていた、スマホの着信音が鳴っていた。
考え事をしていて聞こえていなかったけれど、白牙が教えてくれて、すぐに確認する。
画面には、須崎さんの名前が。
「もしもし。雪村です」
『夜遅くにすみません。雪村さんにも、直接お話ししたくて』
「何ですか?」
『あの家、取り壊し日時が変わったんです』
「元々、四月初めでしたよね。早まったんですか?」
『はい。今月末に変わりました。もうすぐなんです。ですが、取り壊しが決まってから、敷地内に入れなくて』
「妖たちは知らないことになりますね。明日、色々考えてみます。ありがとうございます。須崎さん」
電話を切り、少し苦めのチョコレートを口にする。