十一月九日 Another
具体的にいつ頃からだったかはハッキリと覚えていないが、アウトドア・キャンプブームと共にアウトドアショップは全国のあちこちで見かけるようになった。当時はキャンプに興味の無い自分と、アウトドアグッズに漠然とした憧れのある自分の二人が心に同居していた。
今はそのどちらもおらず、代わりに素直に有り難がる第三の自分が住んでいる。
「よしよし、結構あるじゃないか……」
きっとあると思っていたのがサバイバルに重宝する飯盒や折りたたみフライパン等のサバイバルアイテムだ。ここ最近立て続けにガイストを失ったりして無茶をしたためか、道具のいくつかに傷みが出ていた。嘗てこの店を切り盛りしていた店主には申し訳ないが、拘りの品を拝借させてもらう。
この二年の間に恐らく数名程度がこの店に押し入ったようだが、幾ら終末世界でも無数にあるテントや装具を10も20も持ち出す訳がない。何故ならばどれも持ち出すにはひとつふたつで充分だし、シンプルに重くて嵩張るからだ。みな必要かつ運び出すのに無理のない数を持っていったため、使える品はまだまだ残っている。
流石に食料品は優先して持ち出されているが、調味料は多少あったのでこれも頂く。
賞味期限を過ぎて全盛期の風味を失ったとて、それなりに美味しく使えるものだ。
「……にしても、なんかワクワクするよなぁこういうの」
周囲を見渡せば、アウトドアのこういう場面で使ってみたいと思わせるアイテムが満載で、物欲をかき立てられる。サバイバル生活ともなれば実用性も十分ではないか? そんなことを思わせてくるので困る。
「これは? へ~……組み立て式の暖炉! そういうのもあるんだ。炭もあるし、普通に使えそう」
足のついた鉄の箱の中身は空洞になっており、バラバラの筒を必要な長さまで突き刺して煙突になるようだ。暖炉上部は暖炉の熱で料理も可能なようで、サンプルに置かれたフライパンの上には紙で出来たステーキの切れ目から除く赤身が存在感を主張している。
木材を燃やして料理に使う簡易組み立てコンロは今までもお世話になってきたが、ミニ暖炉はそもそもお目にかかったことがない。たまたま置いていない場所にあったのか、それともこの店の店主が物好きだったのかは分からないが、このサイズ感なら両手で抱えて店の外に出すのもさほど手間ではないだろう。
とはいえ、メリットとデメリットを天秤にかけると持ち出す気にはならない。
「煙が出るから実用性は微妙か? 薪なんて安定して手に入るとも限らないし。襲撃の心配の無い拠点でもありゃ話は別だけどなぁ」
そういえば、夏の秘密基地も明りと煙でバレたのを思い出す。
「秘密基地、か……」
ふと思い出したように店を引き返し、カウンターの近くに行く。店員の趣味か売り物か、カウンター内には海外のアウトドア雑誌があった。表紙にあるのは最低限の道具と山にある素材で作成された横穴式の仮の住処、サバイバルシェルターがあった。かなり本格的に男の子の憧れるタイプの秘密基地だが――。
「出来なくはない、な。いや、むしろ明りの漏れるリスクも最小限だ。元々ある家を使う事ばっかり考えてたけど。ガイストで掘削して、この雑誌みたいに壁や床を固めて……」
例えばガイストで山の側面に穴を空け、中に冬を乗り切るだけの生活空間を形成する。
防寒、睡眠は例によってコクピットだけになったガイストを使えば良い。
永遠の命題であるトイレ問題はあるが、それは生きている限り発生するので今更だ。
あとは近くに小川でも流れて魚や貝が住んでいれば大分よい。蓄えた食料だけでどれだけ続くか分からない冬を乗り切るのは無理がある。
ターミネイターへの備え、ガイストとキーグローブの準備、適切な場所の発見までに敵となりうる存在に見つからないこと――考えるべき事は多く、見通せない部分は多々ある。
また秘密基地に傾倒して大失敗するくらいなら、カバンの中に眠るS級キーグローブを握りしめて強行軍し、S級ガイストを手に入れた方が良いのではないだろうか? そうすれば『嘆きの塔』の主となり、安定した拠点も手に入って万々歳で終えられる可能性はある。
抗いがたい誘惑が心を擽るが、それでも抗いきらなければ生き残れない。
「やるか、サバイバルシェルター計画」
まず強行軍でS級ガイストのいた位置まで辿り着ける決め手がない。
次に、誰か別の人間が偶然SランクキーグローブでS級ガイストを入手している可能性も低いながらある。
また、仮にS級ガイストを手に入れたとしても水も食料も必要なことは変わりない。
最後に――恐らく未解放の『嘆きの塔』はヤエヤマ解放戦線、シャングリア、ターミネイターの三勢力が激突する最前線のどこかに存在する可能性が高い。いま迂闊にそこに飛び込めば、最悪の場合は三勢力全てに総攻撃を受けて殺されるかもしれない。
だったら、地道にこつこつ生きていくしかない。
冬さえ乗り越せば自然界は新芽に溢れ、気候も安定する。
気長にやった方が装備が充実して、マサトに再会できるかもしれない。
俺がインディー・ジョーンズになるのは必要に駆られたときだけでいい。
「色々、持っていくか」
拠点に必要になりそうなものを次々に見繕っては外に運び出し、集め終わったら近くに隠したホルニッセを操縦して量子格納する。食料がいよいよ尽きたときのことを考えて海から離れすぎないようにしつつ、敵に見つかりづらい大凡のポイントを地図から決める。地理のプロならぬ者が直感で決めただけの場所だが、決断は早い方が良い。もう本格的な冬は目前だ。
既に夕暮れの茜色が過ぎ去ろうとする中、食事の準備をしつつ、歯形つきの日記に何を書こうかと今日一日を頭の中で整理する。シェルター計画のことも書こうかと思ったが、少し考えて店から拝借したメモ紙に纏めることにした。
いきなり全て書いてしまっては日記のネタが尽きる。
せっかくの秘密基地リベンジ、成功するにせよ失敗するにせよ長く楽しむことが大事だ。
なお、晩に食べたのは水戻しパスタだった。
味付けは賞味期限切れのミートソースと食べられる野草類、そして……いまいち正体の分からない白い幼虫。たぶんクワガタムシだ。カブトムシならもっとでかい。糞を出させる時間が勿体なかったので取り除いたことで可食部位は減ったが、二年以上前の自分に「未来のお前は芋虫の美味しい食べ方実践出来てるぞ」なんて言ってもきっと信じないことだろう。
最近バトルが少ないけど、たまたま時期じゃないだけで戦いはなくならないです




